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番外節 勇者のココロ(三)

 翌日。

 スアルプ山脈頂上にある古代の遺跡の情報を求めて、カヨはテータと共に村人(ほとんどが老人)に話を聞いて回っていた。


「古代遺跡? 知らんのお……」「そうですか……」

「え、山頂に古代遺跡? んなもんあるわけねえだろ! バカじゃねえの?(笑)」「(バキッ!)そうですか……」

「古代遺跡ねえ……うーん、スリーサイズ教えてくれたらなんか思い出せそうな気がするんだけどなあ……」「(ドゴッ!)そうですか……」

「そもそも誰も山頂なんて危ない場所に行ったことないのに古代遺跡があるなんてなんであるってわかるんじゃ? ソースどこ?」「確かにそうですね……(バキボコッ!)」「いてえ! なんで俺まで殴るんだよ!」


 村中の老人を当たってみたが、有益な情報は得られなかった。まだ聞いていないのはほとんどボケているという村の長老だけでほとんど望みは薄い。

 一応聞くだけ聞いておこうと、建付けの悪い戸を開いて「ごめんくださーい!」とカヨは中にいる長老に呼び掛けた。すると……、


「おっ! 若い女じゃーん! ドルシーちゃん以来の若い女じゃん! やべえやべえ興奮してきた、どうしよどうしよ、若い女マジ久しぶりだからさえっとあの――ぎゃあ!」


 突然口髭がボーボーでやたら背の低い老人が血走った目で鼻息荒くカヨに飛び掛かってきたので、咄嗟にグーで殴り飛ばした。老人は派手に吹っ飛び壁に激突する。その衝撃でミシミシミシ……と家全体に亀裂音が走った。


「おいおい、大丈夫かよこの家とこのジジイは……」


「長老!? 大丈夫ですか!?」


 テータは目を丸くしてぶん殴られたボケ老人、もとい長老の元に駆け寄った。

 長老は殴られた部分をさすりながらうずくまっていたが、やがてゆっくりと身体を起こし――


「男がわしに触るなっ!」「げふっ!」


 テータを思いっきりぶん殴った。完全な八つ当たりである。

 テータは思いっきり仰向けに倒れ込んだ。何だこの不毛な拳の連鎖は。


「ジジイ、あんた最低だな……」


「女! 名前は? スリーサイズは? 何カップ? てかラインやってる?」


「話を聞け!」


 しつこく食い下がってくる長老を押しのけながらカヨがそう叫ぶと同時に、再び家が揺れてミシミシと亀裂音が響いた。


「ん? 今度はジジイを殴ってないぞ……?」


「カヨっ! 外、外っっ!」


 長老にぶん殴られて床に転がっていたテータが、わなわなと震えながら窓を指差している。

 外の様子を見ようと、カヨが窓を覗き込んでみると――


 ――ズドォォォォォォオオオオン!!


 鼓膜が破けるかのような爆音、肌をピリピリと焼き付けるかのような衝撃、そして臓器を直接揺さぶるかのような振動。衝撃波を真っ向から喰らい、カヨは思いっきり吹き飛ばされて家の壁をぶち破って、硬い地面へと放り出された。

 起き上がり周囲を見渡すと、長老の家が謎の衝撃波によって屋根と壁を失って半壊状態になっていることを確認した。衝撃波が飛んできた方向を見ると、遠くに黒い翼の大きな鳥のようなシルエットが見えた。


「ま、魔物が何でこんなところにまで……」


 テータがガチガチと歯の根が合わないのか、震えながらそう絞り出すような声を出した。

 カヨはじっと目を凝らした。黒い鳥のような魔物は口から衝撃波のようなものを発射して、村の家屋や畑を荒らしている。十年以上旅しているが、あのような魔物は見たことがない。

 とりあえずこのまま見ているわけにはいかない。魔物を止めないと。カヨが如意棒を伸ばして臨戦態勢を取ろうとした時だった。



「こらあああああ! このバケモノ、わしの村でなにやってんだあああああ! 殺すっ!」



 長老が老人とは思えないダッシュで、カヨより先に魔物へと向かっていったのだ。

「おい、ジジイ!」カヨは慌てて後を追いかける。手練れの旅人であるカヨですら見たことのない魔物だ、戦闘経験がないに等しい老人が一人で挑むのは余りに無謀すぎる。

 長老は杖をぶんぶん振り回しながら「うおおおおー! 死ねえ!」と猛スピードで黒鳥に突っ込んで――あっけなく衝撃波を浴びて吹き飛ばされた。戦闘経験のない素人が受け身なんて取れるはずもなく、尻餅をつくとみじめに地面に転がった。


「うぐぐ、無念……」「長老!」「ジジイ!」


 テータとカヨが駆け寄り長老を抱き起こす。ダメージは受けたようだが、どうやら致命傷ではないようだ。

 カヨは目の前の黒い鳥――というより蝙蝠みたいなそれを見つめた。

 エメラルドグリーンの焦点の合わない瞳に大きく発達した耳、鋭い牙が生えそろった口元からは涎が垂れ、大きな翼は退化した腕と一体になっている。「きぃぃ……」と小さい声を漏らしながら辺りを見回すそれからは知性はあまり感じられないが、一方でとてつもない戦闘力を感じる。


「テータ、ジジイや村の人を頼む。私がアイツを引き付けるから」


「あ、ああ……」


 テータが頷いたのを確認すると、カヨは如意棒を伸ばしてそのままそれをやり投げの要領で、蝙蝠の化け物の死角となっている背後へと投げつけた。


「――きいい!」「なっ」


 しかし蝙蝠はカヨの攻撃を見通していたのか、後頭部に飛んできた如意棒を器用に払いのけた。カヨはダッシュしてジャンプしながら払われた如意棒をキャッチし、そのまま蝙蝠にとてつもないスピードで突っ込んでゆく。


「このスピードなら読めてもかわせねえだろお!?」

「――きい! きい……」


 しかし驚いたことに蝙蝠は、俊敏な動きでカヨの一突きを回避し強靭な足を振り上げると、ガラ空きの胴に蹴りを放った。

 体格にして二回り以上大きな相手からの蹴りだ。重たい衝撃がカヨの内臓に直に襲い掛かり、胃液を吐きながらカヨは空高く飛び上がった。蝙蝠はその様を見届けると自分も飛び上がり、カヨの背中に思いっきり翼と一体化した腕を振り下ろした。「がっ……」カヨは蝙蝠に腕ではたかれそのまま地面に頭から激突し、動かなくなった。



「なんだよ、あれ……」



 一連の様子を見ていたテータは、恐怖のあまり足がすくんで動けなくなっていた。

 長老はボコボコにされたカヨを見て、「わしの女に何するんや! いてもうたる!」とやる気満々だがテータにはとてもその気概は起きない。


 ――やつは、あの蝙蝠は、村人たちに終わりを告げに来た死神なんだ。


 そんなバカげた妄想が脳裏をよぎった。

 時の止まった、老人しかいないこの村を無に帰すための存在。それがアイツなんだ。自分も、長老も、村のみんなも、みんなここで粛清されるんだ……。

 蝙蝠はきょろきょろと次のターゲットを探し――村の入り口の門の近くにあるぼろい武器屋に見つめると、のしのしとそちらの方へ歩き始めた。


 ――母さんが危ない。


「母ちゃん! 母ちゃん!」


 気付いた時には、身体の震えは止まりテータは駆け出していた。あの武器屋には、恐らく母のドルシーがいる。呑気で自由気ままで手がかかるけど、たった一人の肉親でかけがえのない存在。村が滅びるのが運命だったとしても、母を死なせるのだけは嫌だ。

 もう、大事な人に犠牲になってほしくない。


「きぃぃぃぃぃぃ――――!」


 蝙蝠が吼えて、オンボロの武器屋に狙いを定めて口から衝撃波を吐き出す。「やめろ!」テータの声も虚しく、武器屋に衝撃波がぶつかる。

 武器屋は激しく振動すると柱が折れてしまったのか、屋根からガラガラと崩れていく。生まれ育った思い出の武器屋が、ここ数年客が入ったのを見たことのない武器屋が、なにより母のいる武器屋が、壊れてしまった。



「母ちゃああああああああ―――――――――ん!!」「なあに?」

「うわぁっ!」



 突如耳元で母の声がしたからテータは驚いて飛び上がってしまった。横を見るといつも通りのにこにことした、しかし服がいつにもましてドロドロに汚れたドルシーの姿があった。

 テータは恥ずかしさとそれを上回る安堵から涙を堪え切れず「よかった……」と小さくつぶやいた。


「父さんが、守ってくれたのよ」


 ドルシーがそう言ってテータに差し出したのは、あの盾だった。父の形見で、テータにとっては忌々しい思い出の断片。イージスの盾。ドルシーはいつもよりかは幾分真剣な顔で、テータを見つめている。

 テータはその盾を、なぜだか拒むことなく受け取った。受け取らねばならないと思ったからだ。

『今度はおれがやらなきゃいけない』、理屈じゃない直感がそう告げている。

 蝙蝠が、吼えて道端にへたれ込むお婆さんに目を付けた。二軒隣のタバコ農家のノム婆さんだ。

 蝙蝠が衝撃波を発しようとしている。いつもより視野が広く周りが良く見える。

 対策を乞おうとしているのか村長の家付近に村人たちが集まっている。遠くのカヨはボロボロの身体で立ち上がろうとしているがまだ動けない。長老は……何やら分厚い本を崩れた家から一心不乱に運んでいる。


 自分が今すべきことは――。


 考えるより先に、身体が動いた。

 ノム婆さんと蝙蝠の間に立ちはだかり、イチかバチかで父の形見の盾をかざす。蝙蝠の吐き出した衝撃波はテータに襲い掛かる。


「ぐっ……」


 今までの人生で経験したことのないような衝撃が両肩にのしかかり、バランスを崩しそうになる。しかし盾を構えたままテータは踏みとどまる。今自分がバランスを崩したら、後ろにいるノム婆さんが死んでしまう。そんなことは許されない。

 耐えろ。

 耐え忍べ。

 耐えて耐えて、隙を作るんだ。隙を作ればみんなが逃げられる。隙を作ればカヨが助けてくれる。父はきっとそうやって、みんなを逃がしたんだ。

 盾から軋むような音が聞こえてくる。蝙蝠の衝撃波をどれくらい長い間受けているんだろうか。随分長く堪えている気がするし、一瞬の気もする。腕が釣り始め、踏ん張るふくらはぎも千切れそうなくらい痛い。もう、無理かも……意識が遠のきそうになったその瞬間に、イージスの盾がまばゆい光を放った。



「えっ……わっ!」



 フッと身体が軽くなった気がした。今まで踏ん張っていた体勢のテータはバランスを崩して、そのまま前のめりに倒れ込む――刹那、光っていた盾からエネルギー波がビームのように放たれ、蝙蝠に直撃した。

 蝙蝠が思わず唸り声を上げる。どうやらダメージを与えることができたようだ。

 ノム婆さんはドルシーに連れられて村長らの待つ村の外へと避難している。どうやら時間稼ぎができたようだ。

 いま、闘えるのは自分しかいない。怖いけど、やるしかない……。テータは再び盾を構えた。

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