番外節 勇者のココロ(二)
「……で? カヨさん、あんた一体何者なの? さっきの技といい身のこなしといい只者じゃないよな」
一段落して、テータはカヨにそう尋ねた。母も興味深そうにカヨを見つめている。
「カヨでいいよ。
うーん……何者だなんて聞かれてもなー。ベテランの旅人ってくらいしか言えないな」
困ったようにポリポリ頭を掻きながらカヨは言う。
「そういえば“カヨ”って名前、何処かで聞いたことあるような……」
母は腕を組み眉間にシワを寄せ、ううんと唸る。テータも考える――“カヨ”。確かに何処かで聞いた名だ。それもとてつもなく大きな……、
「……ま、いっか!
カヨさんだっけ? わたしはテータの母のドルシー! さっきは息子を助けてくれてありがとね」
しかし母はすぐに考えることを放棄すると、屈託のない笑みと共にカヨに手を差し出した。カヨは微笑んでしっかり握手を交わす。テータは自分も、
「……俺はテータ。さっきは本当にありがとう」
そう手を差し出した。
「おう、助かってよかったな」
カヨはニッと笑ってテータの手を握った。女性とは思えないくらい大きくて、暖かい手だった。そこでテータは何故か父の存在が頭をよぎり、首を振って頭から放り出した。
「そういや……。私は今からこの山の山頂に向かうつもりなんだが、途中に村とかはあるのか?」
「山頂に!? あんた正気か!?」
カヨの発言に思わずテータは叫んだ。スアルプ山脈の山頂はいわば未開の地。何が起こるか分からない秘境だからだ。
「あんな危ない場所に何しにいくつもりなんだ?」
テータの質問に、
「スアルプ山脈の頂上に眠る遺跡に、時空の歪んだ異世界に通じるゲートがあるらしい……。私はその噂を聞いてここまで来たんだ」
カヨは真剣な表情で答えた。その様子からテータはカヨが何か深い理由を抱えていることを察した。
「カヨさんはそこに行って何をするつもりなの?」
母――ドルシーが首を傾げながらそう尋ねる。
「山頂付近は万年雪が積もって吹雪いてるとっても危ない場所なんだよ。それだからアル村の村人でも近づかないっていうのに――」
「――私には会いたい人がいるんだ」
ドルシーの言葉を遮るようにカヨが小さな声で言う。まっすぐな茶色い瞳は澄み渡る青空の遥か遠くへと向けられている。
カヨは空を見上げながら、
「そいつは急に姿を消した。勝手に自己完結して、私達のことなんて何も考えずにだ。
私はそいつを見つけ出して一発ぶん殴るために、ずっとさすらってるんだ」
そう語る声は怒気を含みつつも何処か優しい声だった。事情は詳しくは分からないが、きっとその人物はカヨにとって大事な人物なのだろう。
テータはしばし思考した。
まだ梺の街に着くまでは三日程掛かる。村まで引き返すのなら数時間だ。そして、目の前にいる命の恩人カヨは村までの案内を欲しがっている……。
「母ちゃん、俺達も一旦村に戻らないか? カヨも村に寄りたいみたいだし」
「そうねー。カヨさんにはテータを助けてもらった恩もあるし、それに食料も尽きちゃったしね」
「そうそう、食料も補充しないとな――って!」
テータはそこで荷物を入れていたカバンを漁り、
「……ない。三日分の食料が全部……」
「美味しかったー。特にコンビーフ」
「この…………バカ母ああああっ!!」
テータの怒号はスアルプ山脈の隅々に木霊となって響き渡ったという。
・
アル村に到着したテータとドルシー、そしてカヨは『WELCAME』と何故か過去形で書かれた汚い門を潜り村の内部へと入っていった。
「きったな……」
思わず呟いてしまったカヨをテータがきっと睨むと、「わりい」とカヨは短く謝った。しかし、テータにも気持ちは分かる。
雑草があちこちに生い茂る痩せた土地。アル村は標高が高い土地であるので育つ作物が少なく、かつ栽培できる土地も少ない。かつてはこの村名産のアル杉をメインとした林業で栄えていた。しかし魔王の消滅に伴う国家間の同盟締結によって貿易が盛んとなり外国産の安価な木材に市場を奪われ、労働力となる若者も出て行ってしまったためすっかり衰退した。
新たな土地を開墾しようにも村には栄養不足の痩せた老人か子供しかいない。
したがって限られた土地で採れた作物を食べたり売ったりして、ひもじく生活していくしかないのだ。
「お前ら、山を下ろうと思わないのか? 下の街は結構栄えてるだろ」
「そう簡単には行かないよ。
この村に留まるしかあてのない身寄りのない老人も多いし、俺や母さんみたいな残ってる数少ない若者が支えないと……。村の人たちにお世話になってきたのは事実だから見殺しにはできないよ……」
「……」
カヨは押し黙る。その様子を見てテータは少し喋り過ぎたかと後悔した。
テータはこの村が嫌いである。廃れたこの村の風景や、生気のなくなった老人たちや、村の維持に腐心する年齢より老け込んだ大人たちを見ているとなんとなく自分が世界から“捨てられた”かのように感じるからだ。
「カヨさん、あっちがわたし達の家なの! あんなボロボロだけど武器屋なんだよ! よかったら何か買ってってよー」
「あ、ああ……それは遠慮しとくよ」
「まあ見るだけでもいいからさ。さ、早く入ろ!」
あからさまに困惑するカヨの手を引き、満面の笑みでドルシーは自宅へ駆け出す。その様子を見てテータは少し笑みを取り戻した。
テータにはまだ母がいる。それがほぼ唯一の支えだった。
テータが続いて家に入ると、絶句するカヨの姿を拝むことができた。恐らくあまりにもの汚さとラインナップに愕然としているのだろう。
「カヨさん、この剣なんかオススメだよ――ってあれ? 折れちゃった……」
「ちょっと持っただけで刃が折れる剣を売るってどんな武器屋だよ……」
カヨのもっともすぎる言葉に、テータは何も言い返すことができなかった。
カヨはそのまましばらく部屋中に置かれた武器を見回していたが不意に、
「……これは……」
視線を壁に立て掛けられた盾に向けた。
テータが生まれる前から存在した盾。明らかに誰かが使っていた痕跡があるくすんだ盾。
「……その盾がどうかしたのか?」
テータが尋ねると、
「いや、やっぱ気のせいか……。少し“匂った”んだがな」
カヨはそう言いつつ、じっとその盾を眺めている。
テータが話題を変えようと口を開きかけた時、
「あ! カヨさんあのね、その盾はね――」
「――母ちゃん!」
テータは無意識の内にドルシーの言葉を遮っていた。
「カヨさん、ワイバーンとの戦いで疲れただろう? 助けてくれた恩もあるしよかったら泊まってってくれよ」
「ああ、すまないな……」
カヨはこちらの事情を察してくれたのか目線を盾からこちらに戻した。
テータは今一度壁に掛かった盾を睨む。もう使用者のいない盾。誰も守れない盾…………。
「カヨさん、部屋は奥にあるよ! 私と一緒の布団で寝よう!」
「いや、それはちょっと……」
「いいじゃん! ガールズトークとかしようよ」
「何で二十歳超えてる女二人でそんなことしなきゃならないんだよ!」
「ねえねえカヨさん好きな人とかいるのお? 私はね――」
「既婚女性が出す話題じゃないだろ!」
・
夜が更けて静まり返った武器屋内。テータはひとり寝付けずにじっと壁に立て掛けられている盾を睨んだ。
薄汚れた金属製の無機質な盾だが、この盾は勇者が使っていたらしい。『盾』の勇者バクラー……テータの父親であり、ドルシーの夫である。
「こんな盾……」
テータは盾をつかみ取り、乱暴に地面に叩きつけようとして……思い留まりまた壁に戻した。うっすらとした記憶の奥底にある、父の姿。楽天家で呑気だった父の最期の姿を、この盾を見ていると思い出してしまう。
「その盾、やっぱり『超絶勇者武器』だよな……?」
不意にかけられた声に驚き振り返ると、そこには水玉のパジャマを着たカヨが立っていた。どうやらドルシーから借りたらしいが、二十代半ばの女性が着たら物凄い絵面になっている。
「そのパジャマ、全然似合ってないね」
「うるせえ!
それで、その盾、やっぱり勇者が使っていたものなんだろ? この村には勇者がいたんだろ?」
カヨはパジャマ姿がヤバい自覚はあったのか、若干顔を赤らめ両腕を組みながらテータにそう尋ねた。
「ああ、俺の父親は勇者だったんだ。……でも、死んだ。村が魔物の大群に攻め込まれたときに村のみんなを救うために……」
テータは悲しげに顔を伏せ、拳を握り締める。カヨは黙ってそれを聞いていたが、
「いい親父さんじゃないか」
なるべく穏やかな声色で、率直な感想を伝えた。村の人々を救うために命を張るなんてことは、そうそう誰にでもできるものではない。
だがテータは苦い表情を浮かべたままだ。
「俺はさ、生きててほしかったんだよ父さんに。みっともなくても、ヤバくなったら俺と母ちゃんを連れて逃げ出してほしかったんだ、こんな何もない山奥の老人しかいない村から……。
俺たちはさ、村の爺さん婆さんからすごい感謝されてるんだ。『テータの父親は、バクラーは村の英雄だ』って、しわくちゃの笑顔を浮かべてさ。でも、俺は、そのたびにすごくイライラするんだ。ああ、こんな死にかけの爺さん婆さんのために俺の親父は死んだんだって……親父の命と引き換えに、この滅亡寸前の村は生き長らえてるんだって……」
テータは吐き出すようにそう告げてから、自分が涙をこぼしていることに気が付いた。最後に泣いたのはいつだっただろう? 胸の奥にずっと閉まっていた、やりきれない思いが涙と共に溢れ出したかの様な気持ちだった。
カヨは優しく笑って、ぽんとテータの肩に手を置いた。テータは何故だかカヨに父の面影を感じ、顔を上げた。歴戦を潜り抜けてきたとわかる精悍な顔つき。お気楽な父とは真逆のはずなのにどうして……。
「じゃあ、私はもう寝るから……。お前も早く寝ないと身長伸びないぞ?」
「余計なお世話だ! ……おやすみ、カヨさん」
「カヨでいいよ、おやすみ」
久しぶりに会う、遠い国から来た女性。
テータはその日彼女のことを気にしながら、布団の中で悶々とする羽目になった。




