第十四節 棒の勇者、ついに最終決戦(下)其の一
「ジジイ……」
カヨの呟きはまばゆい光にかき消される。老人は勇者達に全く目もくれず、一直線に祭壇を目指した。
「貴様ッ! 揺るさん!」
ナイトが悠々と歩く老人に刄を振るう。だが老人は軽く避ける。
様子がおかしい。ナイトの『剣』は並の老人に躱せるスピードではなかった。しかし見たところ、今のナイトの斬撃はカヨの目から見ても明らかに鈍かった。
そこでふと、カヨは右手の甲を見る。
「──!?」
「気付いたかの?」
老人はいつの間にか祭壇の上に立っていた。カヨは周りを見渡す。他の勇者も同じく右手の甲を見て戸惑っている。
「この光がわしの力……お前達の力もここに吸い寄せた。今のお前らはただの一般人だ。培った戦闘力は全て頂いたぞ」
老人は黄ばんだ醜い歯を見せて笑った。邪悪な笑みだ。光は小さくなって老人の右手周辺を廻っていたが、ついに老人の体内に入り込んでいった。
光が老人の体内に入ったその刹那、部屋全体の様子は急変した。
まるで未知の力を畏れるかのように部屋全体が振動しだす。カヨは思わずよろめき手を付いた。老人の体は浮き上がり、部屋の中央で停止した。
老人がカッと目を見開くと周囲に暴風が吹き荒れ壁にひびが入る。勇者達は為す術なく、壁が崩れてそのまま部屋の外へ放り出された。
カヨが目を開くと、瓦礫まみれの通路にいた。頭から血が流れている。打撲したのだろうか。
通路の壁にはどんどんひびが増えていき、遺跡全体からゴゴゴと轟音が響く。カヨは避難するため咄嗟に近くの上り階段へ走った。
他のみんなはどこに行ったのか気にはなったが、今はそれに気を取られると自分の命がない。後ろから通路が崩壊した音を聞いてカヨは一層歩みを速くした。
何分走ったか、はたまた何時間走ったかは分からない。だがどうにかカヨは遺跡からの脱出に成功した。
外は真っ暗な闇に包まれ、月すらない。新月だ。とにかく生き残りを探すため、カヨは見知らぬ島を探索しだした。
『我を敬え……』
どこからともしれず声が響く。
『我を崇めよ……』
カヨは必死に森を抜ける。幸運にも途中野生の魔物には遭遇しなかった。
今のカヨはただの一般女性だ。走りながら如意棒を擦ってみたが全く反応を示さなかった。
『今ここに魔王は復活した……。以前よりも更に強大な力を持って!』
ようやく森を抜け海岸に着く。そこには奇妙な光景があった。
島に棲んでいる野生の魔物も、シーサーペントの群れも、グリフォンの群れも皆ある一定の方角を見たまま動かない。カヨには気付く素振りがない。
そして生き残った勇者達や村人なども全員魔物同様に、呆然とした様子で一方向を眺めていた。
カヨは声を掛けるのを止め、全員が見やる空の上──ちょうど月があるであろう位置を見た。
『さあ、我の名を呼べ。我がしもべたちよ……!』
「……サタ……ン」
真っ先に知性が無いはずのシーサーペントが人語を話した。グリフォンも甲高い声で呼び掛ける。
やがて遺跡から生き延びたガーゴイルやオーガも海岸に辿り着きその名を呼んだ。
──魔王『サタン』の名を。
「あ、カヨさん……」
ようやくショウがこちらに気付いた。それに従って空からカヨへ、全員視点を移した。
カヨはゆっくり砂浜を踏みしめ合流した。魔物は未だ動く様子がない。
「あれを見たか……?」
「ああ」
ピーターの問いに改めてカヨは夜空を仰ぐ。本来月があるはずの位置に浮かぶ直視できないまばゆい光。それはどんどん輝きを増して空を白ませていき、思わずカヨは目を閉じた。
光はまるで世界中に行き渡ったかのようだった。輝きが放出され尽くし、目を開けた時に広がっていたのは新たな世界だった。
「どうなってるんだ……!?」
「空が……明るい!?」
空は先程までの夜空の黒色から金色の光を帯びた明るい色に変わっていた。まるで真昼のようだがまるで違う。
その光の真っ只中に佇むとても小さな、米粒程度の黒い影。
人の視力ではそれ以上捉える事は不可能なはずのその影の表情を、カヨははっきりと知覚した。
影は高笑いをあげている。力がみなぎり、空はどんどん白くなっていく。まるで空が裂けてしまうかのように。
やがて一筋の光が海岸の一箇所に差し込んだ。その光は影の元までまっすぐ続いている。
『もしまだ我に逆らわんとする愚か者がいるのならば…………、この光を辿って我が元へ来い。
我が直々に裁きを下そうではないか』
影は──魔王は明らかに勇者達を挑発していた。
ケヴィンが怪訝に光を見つめる。ミーシャはショウと抱擁を交わしている。レイヴンはただ闘志を浮かべている。アルカードは無言で空を睨む。ハクサイは刀の鞘に手を掛け構える。
ナイトはカヨをちらりと見た。
そしてカヨは……、
「行くか」
差し込む光を一番先に浴びた。身体が浮遊し、ゆったり光の筋になぞらい魔王の元へ進む。
後ろを振り返なくとも分かる。勇者達は全員光を浴びて天空へ浮かび上がった。
美しい、この世界の全容がカヨの目に写る。眼下のこの景色こそがイデカード大陸の全て。青い広大な区域は海なのだろうか。
「綺麗だあ……」
カヨはこんな場面であるにもかかわらず、思わず感嘆を漏らした。
天から差す光が地表や海面に当たり、照り返している。大地も海も金色に今は輝く。
あの城はヨトキ城か。ではこっちはイーロピア城……、今まで旅した箇所がミクロサイズになって目に届く。
遥か頭上には光源たる魔王が待ち構えている。下からでは逆光でその姿を拝む事はできない。
「カヨー! 終わったらママ、コボルトのハンバーグ作るからねー!」
「パパも応援してるからな!」
「カヨちゃんが魔王相手に苦戦する様子を思い浮べたら」「涎が」「ジュルリ」
「カヨさん! ミーシャさん! みんなガンバ~」
「俺は勝つって信じてるからな、みんな!」
「戦いに出向かれる勇者達に敬礼ィ!」「応!」「サー、イエスサー!」「了解ィ!」……。
真下から勇者達を、カヨを送り出す言葉が聞こえた。全員の声援のおかげで心なしか強くなった気がした。
もとより自分はどんな結末が待とうとも戦い抜くつもりだ。カヨだけでなくここにいる全員が。
やがて光の元に勇者達は近づく。
「行ってくるぜ! みんなァ!」
カヨは一声そういうと近づいてゆく影を睨み付けた。




