第十三節 棒の勇者、ついに最終決戦(上)其の三
『海底通路付近で爆発事故発生! 次々侵入者が侵入してきています!』
魔王軍総司令室に焦る兵士からの通信が聞こえた。恐らくヴァンパイア部隊の一員だろう。いくつかのモニターには勢い猛々しく進む勇者達と苦戦する魔王軍の様子が映し出されている。
中枢部では特別司令官のドナンを筆頭にせわしなく知性の高い魔物達が必死で各部隊に司令を送っていた。
「焦らずじっくり、数で圧倒しなさい。奴らは所詮人間、体力の限界などすぐそこです」
お気に入りの白い軍服を着て、ドナンが指示を出す。自慢の口髭を整え、赤い眼が爛々と静かな輝きを灯す。
そして傍らに置いていたコーヒーに手を伸ばそうとした時だ。
「あ、すいませーん」
「熱っ!」
何者かによってコーヒーがこぼれ、自慢の白スーツがくすんだ茶色に染まった。
ドナンは思わず声を荒げる。
「ショウ! 貴様、何をやっている!」
「すみません……。あ、替えのスーツ持ってきます!」
「本当に無能だな貴様は……。なぜミーシャがこんなのを取ってきたのか……」
ドナンの苦言を無視してショウを無視した。
ドナンは諜報員としてのショウの情報収集能力を買っていたが、そのミスの多さを同時に嘆いていた。
「ミーシャを投入しなさい。彼女なら奴らを遠距離から食い止められる」
「それが……」
ドナンの指示に部下が言い辛そうに近づいてきた。
「先程から行方が分からなくなってまして……。只今出撃は不可能な状態です」
「いつも兵の状態は把握しておくよう言っているでしょう全く。
仕方ありません、代わりの兵を──」
そこで急にドナンの言葉が途絶えた。中枢のコンピュータシステムが急に全て電源が落ちてしまったからだ。
「一体これは何事ですか!?」
ドナンの声に答えるかのごとく司令部は必死で電源を操作している。しかし電源は全く付く様子はない。
「ダメですっ! 全く作動しません」
ドナンは突如の事態に舌打ちし、司令室を後にしようとした。
だが、動きだしたその頬に矢が擦ったのを見て動きを止める。
「うあっ!」「ぐわああ──」「うぷっ」
次々に部屋の中にいた者が倒れていく。その体にはいずれも矢が深々と刺さっている。ドナンは出入口に人影があるのを認めた。
「待てっ! 貴様どういう──」
最後までドナンは言葉を繋げなかった。身体が痺れて力が入らない。擦った矢には毒が塗られていたのだ。
ドナンが気を失う前に最後に見たのは赤毛を揺らしながら引き返していくよく見知った少女だった。
「やりましたね! ミーシャさん」
「当たり前でしょ」
司令室の外を出たミーシャにショウが笑いかけた。ミーシャはそれに得意げに答え返す。
「僕は人質の解放に向かいます。ミーシャさんはカヨさん達と合流して下さい」
「ええ。気を付けてね」
ショウは牢に向かって走り出し、ミーシャはその真逆……カヨ達のいる方に駆け出した。
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カヨ達は次々に湧いて出る魔物に苦戦していた。右から飛び掛かるガーゴイルを蹴り飛ばし、左から来たオーガの拳骨を躱し、闇にカヨを包もうとするシャドウを走って潜り抜ける。
唯一地図を持っているハクサイも魔物達に忙殺されているため、一行の進路は定まらない。
「どうにか突破しないと……」
しかし如意棒を巨大化させる暇がない。今は魔王軍の援軍の処理で精一杯だ。
苦戦するカヨ達に光明が差したのは突然の事だった。
「みんな、こっちよ!」
矢の雨と共に赤毛の少女が通路の角から現れた。矢は寸分違わず正確に魔物達の額を貫いている。
魔物はしかし未だに多数蠢き、カヨらに牙を剥く。
ハクサイやアルカードは向かい側に辿り着けたようだが、奥にいるケヴィン達や兵士は魔物の相手をしているため動けない。隙を見せれば即座に殺されてしまうだろう。
「ここは我々に任せていただきたい!」
魔王特別討伐軍の隊長は、動けないケヴィンとレイヴンに叫んだ。二人を取り巻いている魔物達の注意を兵士達が突撃し引き付ける。
「恩に着る!」「任せたよ」
レイヴン、ケヴィンも魔物の山から抜け出した。そしてカヨと共に通路の端まで辿り着く。
カヨは後ろを振り向いた。兵士達がやられていないか気になるのだ。
「カヨォ、ここは私達に任せなさ~い!」
「母さん!」
兵士達の後ろから思いがけない援軍が現れた。捕虜となっていたカイナ村の村人だ。
カヨの母はその中でも特に一騎当千の活躍を見せていた。魔物達がまるでぼろ雑巾のようにもみくちゃにされている。
「カヨちゃん見てるぅ」「我々男衆の」「晴れ姿をぉ」
男衆が魔物の山から顔を覗かせ手を振る。カヨは危ないと不安になったがなかなかどうして、男衆は襲い来るオーガを息を合わせて倒してしまった。
カヨから安堵のため息が漏れる。
「何してるのカヨ? 行きましょう」
「ああ」
カヨはすでに遠くのミーシャを追い始めた。
階段を上がる度に胸が高鳴る。ついに中枢は目の前……最終目的地は祭壇。魔王復活の儀式が行われる祭壇だ。
カヨの目前に迫る一際大きな扉。
ナイトがまず真っ先にその取っ手に手を掛ける。奇しくも今ここにいるのは勇者達のみ……ピーターやショウはカイナ村の人々や魔王特別討伐軍と共に魔王軍と熾烈な争いを繰り広げている。
「やっぱり最後に魔王を討つのは勇者って訳だな……」
「かもしれんな、クククク……」
レイヴンの一言にナイトが笑う。それは初めて見る表情だった。
ナイトはすぐ真顔に戻ると、今度こそゆっくり扉を開いた。
「やはり来たか」「待ってました」
そこに居たのは二人だった。
一人は先程ミーシャが戦闘不能に追い込んだはずの白き軍服の紳士。
もう一人はヨトキに甚大な被害をもたらした内乱の首謀者……眼鏡をかけた知的な男。
「デモンズ……それにドナン!」
「どうして! わたしの毒で気絶したはずなのに!?」
ミーシャの疑問にドナンはくつくつ笑う。赤い瞳が妖しげに煌めきミーシャは思わず目を逸らした。
「愚問。我々は魔王様直属の幹部……。
私は人間共の管理を任され、ドナンは軍全体の司令を行う訳だ」
代わりに問いに答えたのはデモンズだった。きっちり着込んだ軍服はシガヒ王国のものから魔王軍のものに変わっている。
ナイトに、レイヴン、アルカードの三人から殺気が放たれる。
「故郷の民の仇……討たせてもらうぞ! 愚かな魔王の下僕めが……」
「貴様を倒し、魔王復活を阻めばついに全てが終わる……俺はこの勇者の役割から解放されるのだ」
デモンズは表情を変えず、眼鏡を押し上げる。ドナンは笑いを堪え切れず吹き出してしまった。
「ハハハハハ! 愚かなのは貴様らだよ、『勇者』風情が笑わせるな……。
貴様らが揃ってくれたおかげでついに魔王様が復活するのだよ!」
「何を言っている!?」
ナイトが声を荒げる。レイヴンは堪らずドナンに飛び掛かるが難なく躱された。
「どういう事なんだい? 僕らのおかげで魔王が復活するっていうのは」
ケヴィンがデモンズに尋ねる。デモンズは祭壇の中央に描かれている奇怪な紋章を指差し告げる。
「貴公らは自身の力がどこから来ているか知っているか? 勇者の力の源が……」
「知るかそんなもの! どこぞの神が俺達に憎き魔王軍を全滅させるためにでも授けたんだろう!」
レイヴンが怒りを隠さず言う。その返答にデモンズは冷ややかな笑みを浮かべた。嘲笑である。
「そんな都合のいい神など在りはしない。いいかよく聞け『勇者』達よ。
貴公らの力は元々『魔王』様のものなのだよ」
余りにもの真実に祭壇から音が消えた。奇怪な呪咀の紋章が刻まれた祭壇のかがり火が勇者達とデモンズ、ドナンを照らすのみだ。
やがてナイトが口を開いた。
「何故だ…………何故なのだ!!」
「簡単な話だよ……魔王様の体内では力を育てる事はできない。だが君達若者は無限の可能性を秘め、そして尽なき成長を見せる。
魔王様はそこに目を付けた……」
デモンズがゆっくりと祭壇を登っていく。それを止める事ができる程冷静な勇者はどこにもいなかった。
「我々魔王軍が人間界にこっそり介入し、徐々に侵略に向けての準備をする過程で魔王様が作った『勇者』を生み出し、我々と争わせその力を成長させていく。
……そして勇者は何も知らないまま魔王軍の勢力が人間界に響き渡る寸前に、魔王様の力を返しにこの祭壇まで戻ってくる訳だ。まあこれほど早く来るとは意外だったがね」
ドナンも祭壇に登った。カヨは勇者達の中でも一際ショックを受けていた。
自分の『勇者』の予想はある程度当たっていたのだ……しかし肝心な部分で外れていた。カヨが信じたこの力──それは『魔王』の力だったのだ。
やがてドナンが全員に語り掛けた。
「さあ、皆さんそろそろお話はおしまいです。それではお待ちかねの魔王様を呼びましょうか──」
「させないっ!」
ミーシャの矢が喋るドナンの眉間目がけてまっすぐ飛んでいく。しかしドナンはそれをわざと『受け止めた』のだ。
「さあっ、魔王様よ……」
あっさりとドナンは祭壇の奇怪な紋章の上に横たわる。それに反応したかのように紋章が輝き出した。まがまがしい輝きを放つそれは何故か勇者の輝きに類似していた。
「我らの血肉を贄に、再びその力を表したまえ!!」
デモンズも懐から取り出したナイフを使い喉を自らかっ切った。血がブシュウと飛び散り、ドナンに重なるように崩れ落ちた。
そして二人の生け贄を経て、祭壇の輝きが一層増した。
カヨはその最中、ただぼんやりと一つの疑問を考えていた。
──魔王は力をどうやって与えていたのだろう……そして全ての勇者に力を与えた後、自身はどうしたのだろうか?
その結論はすぐに出た。ただし最悪の答えで。
「素晴らしい……この地に力がたぎっておるわい!」
魔王はカヨの、勇者達の背後の扉から入ってきた。
その姿はまさしく、カヨに『勇者』である事を宣告し、カイナ村に居候していた薄汚い老人そのものだった。




