第十三節 棒の勇者、ついに最終決戦(上)其の二
雪風が冷たく、船上にいるカヨの体温を奪う。
ただ今の時刻は大晦日の十六時、タガネ島上陸予定時刻の二時間前だ。
魔王軍対イデカード大陸連合軍の小競り合いは昨日から始まり、既に多数の死者が出ている。カヨ達は戦乱の中で敵の虚を突き、今日中に一気に魔王軍を潰すつもりだ。
「まさか一介の前科三犯の旅人である俺がこんなとこまで来るとはなあ……」
「このこそ泥め」
ピーターの言葉に軽くカヨが突っ込む。今の二人は緊張とリラックスが程よく混じって悪くない精神状態だ。
やがてタガネ島が見えてきた。時刻は十六時半……そろそろボートに乗り換えねばならない。
「セシローやゲイル達が本土で頑張ってくれてるんだ。私らも負けずにやりのけてみせるぞ」
カヨはそう言い本土で戦う民に思いを馳せた。ピーターも頷く。
「早く来い」
ナイトの素っ気ない言葉にも腹を立てず二人はボートに乗り込んだ。ボートの上には三人、前方には既にたくさんのボートが浮かんでいた。
タガネ島は殺伐としてとても静かだった。聞こえてくるのは連合軍魔王特別討伐部隊の点呼のみ……否、島の奥からは獣のような唸り声も聞こえてくる。
カヨはその様子を他の勇者達と共に眺めていたが、やがて点呼を終えるとまた黙々と歩きだした。
タガネ島の樹海を進んでいくと、やがて多数の化け物が現れるようになった。しかし勇者達の──特に先陣を切ったハクサイやナイトの活躍であっさりと蹴散らしていった。魔王特別討伐兵は剣を抜く必要さえ無かった程だ。
「今は十七時半……予定よりも三十分早く着いたね」
ケヴィンが時計と地図を見ながら言う。カヨ達は巨大な洞穴まで差し掛かっていた。自然のものにしては大きすぎるその穴にしばし圧倒される。
遠くからはカヨ達の騒ぎを聞き付けた魔物達の雄叫びがこだましている。予定よりも少し早いがカヨ達は洞穴に潜入する事にした。
「ううむ……」
洞穴の奥深くの地下遺跡にて、一行は先頭を切るハクサイの明かりを頼りに薄暗い通路の中を進んでいた。
「ううん……しかし……」
「どうしたんだ? さっきから唸って」
カヨは隣をいくピーターに声を掛けられてようやく我に返る。カヨは眉間に皺をよせたまま、
「何だかさっきから順調に行き過ぎてる気がするんだ…………確かに私達の作戦が魔王軍にばれてないだけかも知れないけど、こんなにすんなり通るものか……?」
「俺も同意だ」
先頭付近を歩んでいたナイトもカヨに同意した。あまりに物事が上手く行き過ぎると不審がるのは世の常だ。何といっても今は予定時刻よりも数十分早く着き、しかも死者や負傷者が未だゼロなのだから。
とはいえそれが進行を止める理由にはならない。
一同は釈然としないままキナワ島に向けて黙々と歩き続けるしかなかった。
最初にそれに気付いたのはナイトだった。
「何かの気配を感じる……」
「何だって? 暗くてよく見えないぞ……」
目を凝らしても暗い闇の中だ。普通の人間の視力では一寸先も見えやしない。
「うわあっ!」
と、突然後方より悲鳴が狭い通路に響き渡った。そしてドサリ、と何かが崩れ落ちる音がする。
「どうした!?」
その叫びは誰が発したものだったのか。次々と後を追うかのようにばたばたと崩れ落ちる音が続く。
「何奴!」
ハクサイが大きく松明をかざした時、ようやく原因が明らかになった。
後方で倒れる兵の首筋に食らい付く人影。一人ではない。五人、六人……推定十人はいるだろう。
それは皆黒マントを纏って、夢中で兵の首筋を貪り続けていく。そして食われている兵から生気がみるみる萎み、乾燥してミイラ化していく。
「あれは、──ヴァンパイア!!」
ナイトの声に呼応して、口元にべったり血の付いた黒マント達は勇者達へと的を移した。
ヴァンパイアは大口を開けてその鋭い牙を輝かせカヨに飛び掛かる。
黙っていれば美しい長髪の青年であろうに、口元にべったりと付いた血や血走った眼が印象をこの世ならざる化け物に変えていて、滑稽ですらあった。
「気を付けろ! 奴に血を吸われたら生きてはゆけんぞ!」
ナイトの忠告が響くが、果たして何人に届いたのか。カヨは飛び掛かってきたこの吸血鬼を避けて頭を掴み、そのまま直接首をへし折ってやった。単純馬鹿には如意棒を使う価値すらない。
後方はもはや目も当てられない様子に様変わりしていた。手練の兵士でも人外の怪力、スピードを誇るヴァンパイアには適わない。
次々に魔王特別討伐部隊は数を減らしてゆく。
「ナイト! ケヴィン! レイヴン! 部隊を襲ってる奴らをまず倒せ」
カヨの指示に返答せず、三人の勇者は後方に下がりヴァンパイア達を相手にし始めた。ヴァンパイアは首をもいでしまえばすぐに死ぬためさほど苦労はしないだろう。
カヨはといえば前方から現れる新たな刺客をたった二人で対応しているアルカードとハクサイの援助に回った。
姿はまちまちながらヴァンパイア達はみな狂った目をしていて、血に対する渇望から不様に涎を垂らしている。カヨは如意棒を伸ばし、次々一直線に飛んでくるヴァンパイアの首をへし折ってゆく。ハクサイは刀を正確に一閃し首を跳ねとばす。アルカードも鎌で同様に刈り取る。
後方ではナイトが一気に二体同時にヴァンパイアを葬り去った。そしてケヴィンはヴァンパイアに噛まれそうになっていたピーターを間一髪槍で援護し救い出した。
レイヴンは超高速で飛び回り目にも止まらぬ速度でヴァンパイア達から魔王特別討伐部隊を守る。狭いフィールドは彼の最も得意とするところだ。
結局勇者達の桁外れの実力と活躍によってヴァンパイア部隊は半壊し、残った何体かは来た道を引き返していった。
「部隊は何人残ってる?」
「五十二人です」
魔王特別討伐部隊は当初の二百人から四分の一まで減少していた。これは普段なら大敗北だろう。
だが今の彼らは立ち止まれない。部隊の役割はあくまで勇者達の援助、あまり戦闘での助けにはならない。
再びハクサイが新たな松明に火を灯し、血塗られた通路を地図を片手に先導し始めた。
長く続いた地下通路にもようやく終わりが見え始める。
「出口が見えたでござる」
松明の灯りが届く範囲に質素な小さい木製の扉があるのが確認できた。ハクサイは地図を再度確認し、頷く。
「間違いないでござる。あれぞまさしく、魔王軍本部リューキュ遺跡へと続く扉でござる!」
「ついに来たね……。みんな、準備は?」
ケヴィンの問い掛けに勇者達は無言で頷き、部隊は「応!」と気迫の入った声を轟かせた。ついに最終目的地の入り口に到着した。そして、ここからが真の戦いだ。
「突入!」
その第一声と共にまずはハクサイにナイト、アルカードの三人がドアを蹴破って突撃する。
中からは何も聞こえてこない。安全なのだろうか。
「不味い! 包囲されてる!」
ナイトから最悪の報告が伝わってきた。背後を向けば更に数を増したヴァンパイア軍団が静かに迫ってきている。
「ここまで来たら前進あるのみだっ! 最後方はレイヴンが食い止めろ。部隊はみんな勇者の近くで安全を確保しながら援助! 以上!」
カヨは指示を簡潔に出し、扉を潜る。
……なるほどこれはひどい。四方八方敵塗れだ。もしかしたら既に勇者達は四面楚歌かもしれない。
今、扉を潜ったカヨの右手にはガーゴイル軍団が群れていた。石の肌を持った下級悪魔だ。
そして左手にはオーガ軍団。下級巨人だがその怪力と体力は驚異的でしかも我が身を顧みない狂った人食い鬼だ。
真ん中の中枢に通ずる通路を固めてるのはシャドウ軍団。以前カヨが手合せした普通の武器が通じない厄介な敵である。
それら三つの軍団が小さい扉を取り囲むようにして、部屋中にびっしり固まっていた。まさしく悪夢である。
「く……っ」
ナイトは聖なる剣を用いてシャドウを斬り付け、かき消していく。シャドウは次々ナイトに群がって彼を取り込もうとしている。
アルカードの鎌はオーガ相手に最大級に発揮された。
鎌から放たれる真空波はオーガの首、腕、足など主要な部分を容赦なく抉ってゆくのだ。
カヨは右手のガーゴイルに狙いを定めた。刄で切り刻めない堅い敵には打撃武器の出番だ。
「おおう……!」
カヨの如意棒が巨大化する。部屋の柱にも劣らない大きさのそれが、ガーゴイル軍団の真ん中に墜落する。
如意棒の下から悪魔達の低い呻き声が聞こえた。カヨは構わずもう一度持ち上げ振り下ろす。
三人の力強い進撃が後続にも勢いを与える。
部隊達も微力ながらケヴィンやレイヴンの元でオーガやヴァンパイアを取り囲んで一体一体確実に仕留めていく。
カヨはずしずし部屋を揺らしながら巨大如意棒を振り下ろし続ける。やがてガーゴイルは当初の半数以下にまで減少していた。
ナイトも力を最大限発揮し、ついに囲まれていたシャドウ軍団を退けた。そしてそのままシャドウを振り払ったハクサイと共に扉に駆け込む。
「全員全滅させる必要はない! 中に入ればこっちのものだ!」
カヨは部隊に指示を出し、アルカードらと共に先に内部に入り込ませた。そして自身も如意棒を縮め、近寄る魔物を押し退けて内部へと通ずる扉に駆ける。
やがてピーターがポケットから取り出した小型爆弾を最後に放り投げ、しんがりを努めていたレイヴンと共に内部に滑り込んだ。
爆音が後ろから鳴り響く。
ついにカヨ達はリューキュ遺跡内部に完全に侵入したのだ。




