第十三節 棒の勇者、ついに最終決戦(上)其の一
「みんな! 生きてたんだな」
ペガサス馬車を降りヨトキ城に向かったカヨは、その中庭に集まった同胞達を見て途端に笑顔になり、大きく両手を振った。
もう季節は冬でしかも年末、ヨトキの街には昼間からしんしんと雪が降っていた。
「カヨぉ!」「カヨさん! ああ──」「無論でござる」「当然だ」「……」
カヨを出迎えたのはピーター、ケヴィン、ハクサイ、レイヴン、アルカードの五人だった。全員各国の主要都市を守り切った立役者達だ。
カヨは辺りを見回しまだミーシャとショウがいない事に気付いた。
「ミーシャとショウはまだ着いてないのか?」
「ああ、今晩までには到着できるってよ。それより──」
ピーターはカヨの質問を流し、城壁にもたれかかる金髪の美青年を睨んだ。
「なんでこいつがいるんだ?」
ピーターが嫌悪感を隠さず言う。先程から『剣』の勇者ナイトは気怠そうにしていて、彼らの輪に加わろうとしない。
「私が連れてきたんだ」
カヨがピーターをなだめるように言う。しかしピーターや他の勇者達も怪訝な表情でナイトを見るばかりだ。
「お前達が言いたい事は分かる。……だがもうすぐ戦争が始まるんだ、今はそういうのはよさないか?」
カヨの言葉に一同はやや不満げな様子だったが了承したようだ。
カヨはその様子を確認すると真剣な表情になり、アルカードとレイヴンに言った。
「アルカード、レイヴン。それにみんなも。イーロピアであった事を聞いてくれるか?」
カヨはイーロピアにて起きた知りうる限りの全てを話した。
ミーシャとの会話も、魔王軍の面子であるドナンやストーンゴーレムについて、ナイトの参戦についても。そしてダンの死についても。
「そうか」「……」
ダンとは故郷来の付き合いである二人は悲しい様子で黙り込んだが、取り乱した様子はなかった。
「やつが信念を貫き通してそうなったのなら仕方ない。それに、こうなる覚悟は島ですでに済ませてきたからな」「…………」
レイヴンの言葉にアルカードも頷く。
──こいつらもダンと同じ事を言うんだな……。
カヨは彼ら島国出身の勇者三人の絆の深さと覚悟の固さに心を打たれた。
カヨ達は場所を王室に移動した。セシローを交えて話すためだ。
セシローは生き残った勇者達を笑顔で迎えた。相変わらず机の上には資料が山積みだが。
「じゃあ使者との戦いでのほうこくをしてくれるかな?」
セシローが一同を見回した。
まずはカヨが先程言ったのと同じ出来事を喋る。
続いてハクサイがドエでの出来事を語った。ドエには『サムライ』と呼ばれる特殊な兵士がおり、現れた魔王軍に対しても勇者達と共に獅子奮迅の活躍を見せ、ほぼ街は無傷で済んだらしい。だが使者である男は乱戦の最中で討ち死にし、情報は得られなかったようだ。
そして今度はレイヴンがメリカ共和国シントンでの出来事を報告した。勇者が一人しか派遣されなかったため苦戦を強いられたが何とかやり過ごしたようだ。こちらは使者を捕らえ、今シントンに収容して尋問を行っているという。
「──なるほど、みんなありがとう。僕らも街を若干破壊されたけど何とか被害はさいしょうげんで押さえたよ、それもこれもピーターとケヴィンのおかげだね」
国王に誉められピーターとケヴィンは感動した様子だった。
「僕達は今対魔王軍の連合軍を作ってたいおうしているよ。きみたちは今日また会合を開くんだろう?」
「ああ。今回は有力な勇者が沢山集まるし魔王軍と内通してる勇者も来る。迅速にこれからの計画を立てないとな」
セシローはカヨの頼もしい言葉を聞き嬉しそうに頷いた。
そして申し訳なさそうな顔をして全員に頭を下げた。
「みんなすまないけど今日はここらへんにしてくれないかい? まだ仕事が沢山のこってるからそれをしなくちゃいけないんだ」
「無論でござる。忙しいところをわざわざ付き合ってくださり誠に申し訳なかったでござった」
ハクサイは頭を下げ返した。それを見て全員が──ナイトでさえもセシローに頭を下げた。
「みんなには期待してるけど──決してむりしないでね。そして『剣』の勇者さん。
僕は貴方をやっぱり許せないけれども貴方はとても強いし魔王軍を倒そうとする気持ちはほんものだ。だからエルザの分まで頑張って……」
「心遣い感謝する。きっと俺は魔王を討つ、約束しよう」
ナイトは自身の感情よりも国民の安全を考える幼き国王に尊敬の念を抱いた。
そして自身の犯してきた罪を自覚させられた。ひりひりと胸の痛みを感じつつナイトは他の勇者達と共に王室を退室した。
・
いつかと同じように会合はヨトキ城で行われた。前と違うのは豪華な食事や衣装が無い事と、その参加人数が前よりも多い事だ。
使者来訪により再び壊された建物を悲しげに見つめていたカヨは、聞き慣れた少年の声を聞き振り向いた。
「カヨさーん! ショウですよお?」
「そんな大声出さなくても聞こえてるっての」
相変わらずのショウの空気の読め無さにカヨは苦笑した。ショウはにやにや笑いながら、
「知ってます? 僕が彼女出来た事」
「さあ知らんな」
本当は当の彼女から聞かされて知っていたのだがあえてカヨは知らないふりをした。
するとショウは集まった全員に向けて大声を出し語り始めた。
「ははは、紳士淑女のみなさんっ! 僕は魔王軍特殊諜報部隊諜報員兼『弓』の勇者赤毛のヴィーナス、ミーシャの恋人のショウです! 僕と彼女が紡ぎだす物語にみなさんはきっと驚愕しそして──」
「ショウさんっ」
ショウの盛大な演説はいつの間にか現れていた一人の少女によって中断された。
赤毛の純朴そうな見た目の少女──『弓』の勇者ミーシャである。
「みなさんこんばんは。わたしはミーシャ。ここにいる皆とは真逆の立場にいるけれどれっきとした勇者よ。よろしくね」
ショウの不満そうな様子を無視しミーシャは自己紹介を済ませる。
カヨやピーターは好意的な目線を彼女に投げ掛けたがしかし、レイヴンやアルカード、そしてナイトは怪訝な眼差しを当てている。
「事情は聞いた。生きるために俺達の島を襲ったのは仕方なかったんだな?」
レイヴンが穏やかに、しかし静かな敵意を浮かべて言った。ミーシャは頷き、
「分かってくれなんて言わないわ。然るべき措置は全てが終わった後受けるつもりだから」
と付け足した。ショウは「まあまあ仲良く」と間に入ろうとしてアルカードに殴り飛ばされた。全体に不穏な空気が漂い始める。
「……ここにいる人達は互いにわだかまりがあるかも知れないけれどみんな共通の敵を持つ身だ。そんなに啀み合わずに協力しようじゃないか」
城内でワインを傾けていたケヴィンが言った一言が全員に届いた。
「ケヴィン殿の言う通りでござる。拙者らが今すべきなのは魔王軍をどのように叩くかでござるよ」
ハクサイもその言葉に同意し、緊迫した雰囲気がようやく和らげられた。
無論完全にとまではいかなかったが。
「じゃあミーシャ、早速だけど集めてきた情報を教えてくれないか?」
ミーシャは頷き、一息つくと話し始めた。ショウは全く無視である。
「最新情報だと魔王軍はまずエストー帝国にワイバーン軍を送るつもりだわ。それも今までに無い程の数のね」
「なぜエストー帝国からなんだ?」
レイヴンが尋ねる。口調には未だとげがあったが、さっきよりは随分マシになった。
「簡単な話よ。魔王軍の本拠地はエストー帝国に近い場所にあるからだわ」
ミーシャは淡々と続ける。
ショウが起き上がり「この情報は僕が集めたんですよ!」と方々に言い回るが、無視されて挙げ句カヨに蹴られて失神した。
「その本拠地とは?」
ケヴィンが真剣な顔で問う。ミーシャはそこでレイヴンとアルカードの方を向き辛そうに言った。
「キナワ島よ」
瞬間的にレイヴンがミーシャに掴み掛かった。カヨとハクサイがそれを慌てて止める。
キナワ島──それはレイヴン、アルカード、そしてダンの故郷だった。
「貴様ァ! 我らの家族や同胞を葬っておいて更に死者の魂まで蹂躙するのか!」
「落ち着けレイヴン! ミーシャに責任はないから!」
レイヴンは今まで見せる事が無かった程の激しい激昂を見せた。アルカードの頬には涙の筋が通っている。
彼らはこの会合が始まる前にダンとの決別を済ませてきた。それも手伝って今レイヴンは自分を押さえられなくなったのだろう。
「──ごめんなさい……本当にごめんなさい!」
そしてミーシャにまで泣き始めた。冷静でいられなくなったミーシャとレイヴンは仕方なく警備兵に連れられ別室へと向かう事になった。
代わりにショウが説明を続ける。
「キナワ島には地下遺跡がありますね? そこが魔王軍の本拠地になっているんです」
アルカードはふっと目を見開いた。思い当たる節があるようだ。
「このキナワ島は現在空はグリフォン部隊に、海はシーサーペント部隊に囲まれて侵入するのはかなり難しい状態です。
もし仮に侵入出来たとしたとしても内部には魔王軍の首脳陣が勢揃いして非常に危険でしょう」
「じゃあ本拠地を叩くのは無理だというのか?」
ナイトが見るものを凍り付かせる程の視線をショウにぶつける。
しかしショウは竦み上がるどころか不敵に微笑んだ。
「ところがそうでもないんですよ」
一同の表情をひとしきり楽しんだ後にショウは間を置いて話を続けだした。
「キナワ島の地下遺跡はある島の地下遺跡と続いているんです。
その島がタガネ島。ミーシャさんの故郷ですね」
カヨ達は黙ってショウの説明を聞き入っている。ナイトも腕を組みながら目を閉じて話に集中しているようだ。
「可能な限りの軍と皆さんをそこから侵入させて、皆さんは内部から奇襲を仕掛けるのがいいと思います。カヨさんもそのつもりなんでしょ?」
「もちろんだ」
「では皆さんには奇襲を行ってもらいましょう。僕とミーシャさんは魔王軍を内部より撹乱します。
よろしいですね?」
ショウの作戦に全員が頷いた。するとその様子に納得したのかショウはミーシャのを見に、城内に入っていった。
「これで会合は終わりかい?」
ケヴィンは誰にでもなく疑問を発した。するとカヨは言った。
「みんなに集まってもらったのはそれだけのためじゃない。勇者達の『共通点』を見つけたいんだ」
カヨの突然の言葉に一同は疑問符を浮かべた。
カヨは周囲のどよめきを制し、話を続ける。
「ここにいる勇者はみんな一見何の共通点も無いように思える……、でも何かあるはずだ、私達に共通する何かが……。
私達がなぜ勇者の力を手に入れたのか、その理由が分かれば何か魔王に関する手掛かりが分かるかもしれん」
カヨの言葉に一同は様々な様子を見せる。
勇者でないピーターは若干居づらそうに勇者達を見ている。ケヴィンとハクサイは多少戸惑いは見せたものの了解した様子だった。アルカードは会話を行うためメモ帳を取り出した。
「そんなくだらん議論に付き合う気にはなれん。俺は宿に戻る」
だがナイトは不快感さえ露にした表情を浮かべヨトキ城を後にしようとした。
それを見てアルカードもメモ帳を閉じレイヴンの元へ向かおうとする。
「まあ待て。とりあえず私の来歴だけでも聞いていけよ」
カヨはその二人を何とか留まらせ、自身の経緯について語り始めた。
「私はお前達みたいなすごい過去があった訳じゃない。ただ単にのんびり平和に暮らしていただけの田舎者だよ。
だけどある日身元の知れねえジジイにお前は『棒』の勇者だって宣言されて力に目覚めて……それで今に至るわけだ」
「ジジイ? もしかして薄汚い身なりをして杖を持った御老人の事かい」
カヨの話にまず食い付いたのはケヴィンだった。
「そうそう、そいつだよ。
……そういやあのジジイ何者なんだろ?」
「そういえば拙者も老人に告げられたのが始まりだったでござる」
『僕もレイヴンもダンも死にかけていたところを謎の老人に告げられ、勇者になったよ。
あの力が与えられたおかげで僕らだけ生き延びれたんだ……』
ハクサイも頷き、アルカードもメモ用紙をカヨに見せ同意した。ナイトも、
「……ああそうだ。俺ももともとは一人の老人に勇者だと宣言されてその通りになった。奴はいつの間にか姿を消して正体が分からなかったんだ」
そう言い頷いた。
全員がカイナ村に滞在している老人に『勇者』であると宣言された……。
これは思いがけない共通項だ。
この共通項を見つけた事によって全員が真面目に議論に加わるようになった。
しかし約二時間ほど来歴を語り合ったがその他の共通点の発見には至らなかった。
「仕方ない……少し早いがここいらでお開きにしよう。私はあのジジイに電話してみるから」
カヨの言葉と共に勇者達はみな思い思いの場所に散っていった。詳しい日程が決まるまではこのヨトキでゆっくりと休むのだろう。
「私はカイナ村に連絡してくる。お前は一応ミーシャに聞いておいてくれ、詳しい来歴をな」
「分かった」
ピーターはそう言うと二階へ続く階段を上っていった。カヨは電話をかけるために応接室に向かった。
「……?」
カイナ村の村長宅に向けて電話をするが一向に出る様子が無い。二回、三回とかけてみたがいずれも同じ結果だった。
「まあ……明日また連絡してみるか」
カヨが仕方なくホテルの『フライツリー』に戻ろうとした時だ。
「カヨ殿ぉ! 大変です! カイナ村が、魔王軍に襲われましたぁ!」
安堵しきっていたカヨにとってまさにその一言は寝耳に水で──
だからカヨは王室に向けて全力で駆け出していた。
「どういう事だっ!」
「カヨさん」
王室のドアを勢い良く開けると二人の少年がいた。ショウとセシローだ。
「ちょうど会合が開かれたときに襲撃されたらしいんだ。未だ村人はみんなゆくえ不明、他の区域には影響がないみたいで──」
「何でっ!」
カヨはたまらず叫ぶ。平和なだけがウリのあんな小さな村をなぜわざわざ魔王軍がピンポイントで攻め込んだのか。それもなぜ今日なのか。
今のカヨの頭の中は理不尽な事態に対する怒りと疑問符で一杯だった。今ならダン達の気持ちが分かる気がする。
「僕も聞いた時すごく驚きましたよ……。でもどうしてカイナ村が……」
「あのジジイか……」
カワタ君の家に居候している薄汚い老人──あれがカイナ村襲撃に関わっていると考えて恐らく間違いはないだろう。
勇者の鍵を握る者。
それは魔王軍にとって厄介な存在である事は間違いないのだから。
「とにかく。
二人とも気をおとさないで。カイナ村の建物は全壊してたけど死体はひとつもみつからなかったんだから。まだきぼうはあるよ」
セシローが優しく言うが二人の表情は晴れない。死体が見つからなかったからといって村人が死んでいないという保障はないのだ。
もし仮に生きていたとしても今村人は人質に捕られているのだろう。
横を向けばショウも柄にもなく暗い表情を浮かべている。カヨは魔王軍に対して改めて沸々と怒りが湧いてくるのを感じた。
「それと、さくせん決行は三日後の大晦日……、タガネ島からキナワ島に侵入するのはそのちょうど十八時を目処に考えてるから」
「…………わかった」
セシローの言葉に虚ろに頷き、カヨは屍のごとくたどたどしい足取りで部屋を後にした。
外にはいつの間にやら雨が降っていて、昼降った雪を溶かしていた。
ショウは再びミーシャの元に行ってここにはいない。
カヨは初めて絶望を知った。村人の命は魔王軍が握っている。いや、もう既に村人は死んでいるのかも知れないのだ。
カヨは変わり者の両親の顔を思い浮かべ、ため息を吐く。
──魔王軍は必ず、私が……。
その決意は今までより固く。握り締めた拳からは血がしたたった。
次の決戦で最後にさせる。雨にさらされながら、一人たたずむその姿は淋しさと底知れぬ憤怒で鬼神のようだった。




