第十二節 棒の勇者、都市を守る(下)
「ああくそ! マジで最悪最低だ!」
目前に迫っているのはまさしく瓦礫の山だった。ゴーレムの破片や建物の残骸、それらが凝り固まって一つの形を作っている。
他の兵士達は避難させた。こんな巨人一般兵ではもはや手に負えない。
巨人はイーロピア城に向けて緩やかに足を進めている。カヨはそれを食い止めるため如意棒を伸ばした。
「どこを殴ればいいんだよ!」
カヨは巨人の身体を形作る瓦礫の破片を片っ端から崩していく。だがまるで手応えが無い。
パーツが無くなってもゴーレムは構わず前進する。その際に破壊した建物の残骸がまた巨人の身体を補強する。
このままでは埒が開かない。何か手は無いものか。
「──カヨ」
小さい声が足下から聞こえた。見れば『剣』の勇者が地面でカヨに呼び掛けてきていたのだ。
「ナイト!」
「そいつから離れろ」
かろうじて『剣』の勇者ナイトの声を聞き取り、カヨは咄嗟に巨人から離れた。
カヨが飛び退いたのと同時に巨大なストーンゴーレムの身体が左に傾き、そのまま転倒した。盛大な音と砂煙が起きる。
ナイトは、巨人の左足を剣で一閃したのだ。巨人の足を形作っていた瓦礫は急に真っ二つにされバランスを失った。そして巨人は左足を失ったまま起き上がらない。
「サンキューナイト!」
カヨは追い討ちをかけようと巨人に迫る。だが信じられない事が起こった。
周囲の瓦礫が浮き上がり、巨人の左足目がけて移動しだしたのだ。あっという間に巨人の足は再生された。
「何……?」
これにはさすがのナイトも当惑したようだ。この再生能力は尋常ではない。
カヨは一気に勝負をかけようと如意棒を思い切り振りかざす。
「おらおらおらぁ」
カヨの攻撃に巨人は顔面から次々崩れていく。
ナイトもカヨの意志を察し、じたばたする巨人の手足を手早く切り刻む。
二人の猛攻により、数分も経たずに巨人は今度こそ瓦礫の山と化した。
「やったか……」
カヨが安堵した声色で呟く。ナイトは未だ油断の無い様子で瓦礫の山を睨んでいる。
そして異変が起こった。
「なんだと!」「やはりか」
瓦礫の山がまた動きだしたのだ。そしてそれはまた、巨人の姿を形作り始めた。
再び巨人は元の形に再生し、イーロピア城に向かってゆったり前進を始めた。無事だった建物もその前進によって壊され、吸収されてゆく。
カヨはその様子をただ呆然と眺めていた。
「どうすりゃいいんだよ、あんなの」
「おそらく──」
カヨの呟きにナイトは表情を変えぬまま答える。しかし巨人を見るその目は厳しい。
「あの奴の瓦礫のどこかに奴を動かしている本体があるんだろう。あれだけ大きな瓦礫に埋もれていればそう簡単には見つけられん」
カヨはその言葉に思わず舌打ちをした。巨人を倒すにはどこにいるかも分からない本体を叩かなければならない。それも瓦礫の山の中で巧妙に相手は隠れているのだ。
「とにかく今街を全壊させる訳にはいかねぇ。とりあえず叩くぞ」
カヨは再び巨人に如意棒を放つ。巨人の身体の瓦礫がぱらぱら壊れるがしかし、あまりにも数が多過ぎる。
巨人は時々バランスを崩すが、すぐに再生して着実に前進していく。
「くそ! まるで手応えがねえ」
カヨは必死に殴りながら叫ぶ。ナイトは巨人の足元を斬り続け、必死に巨人の前進を食い止めている。
カヨ達が必死で巨人を食い止めている最中、突然爆音が上空より轟いた。
「なんだ!?」
カヨが空を見上げると巨人の胸部から煙が上がり、穴が開いていた。
どういう事かと周りを見回すとイーロピア城からも煙が上がっていた。
避難した兵がイーロピア城にある大砲で砲撃を行った。カヨが見ている間にも、砲弾は巨人の身体のあちらこちらを貫通し続ける。
「いいぞ、もっとやれ!」
カヨは巨人から少し離れ、様子を見守る。砲弾は確実に巨人の瓦礫を砕いていく。このままいけば、巨人は身動き一つとれず粉々になるだろう。
そう考えた時だった。
巨人の弾き飛ばされた右腕が宙に浮き、巨人の左手へと運ばれた。
巨人は砲撃を浴びながら大きく振りかぶると、
「──ムンッ」
右腕を砲台に向けて投げ飛ばした。それは寸分の狂いなく砲台に命中し、兵士達は慌てふためく。
巨人は手を休める様子なく、周囲から大きな瓦礫を次々と浮かび上がらせ、左手でそれを投げ飛ばした。
「あぶねぇっ」
カヨは如意棒を伸ばし、瓦礫を打ち落とした。しかし瓦礫は次々とイーロピア城門に飛んでいく。
カヨは巨人の身体を利用して上空に跳ね上がり、空飛ぶ瓦礫を叩き落としていく。近くでは同様にナイトも斬り落としている。
だが余りにも数が多過ぎた。必死で巨人の放つ瓦礫を落とすが全て押さえる事は出来ない。
そしてまた瓦礫が別の砲台に命中した。それに従い巨人目がけての砲撃も勢いを失ってゆく。
「まずいぜ、このままじゃ兵が持たねぇ」
「この勢いの砲撃ではやつは倒せんだろうしな」
カヨに焦りの表情が浮かぶ。次々落とし損ねた巨人の瓦礫弾丸が砲台や兵に激突する。このままでは軍が壊滅してしまう。
カヨのスピードがより一層高まり、瓦礫を次々対処していく。だがそれでもその全ては止められない。
「うわあ!」「ぬおっ!」「ああ──」「やめろおおお」「だああ!!」……。
砂煙漂う風に乗って瓦礫に激突した兵士達の苦悶の声が聞こえた。カヨはより一層スピードを上げ巨人の弾丸を落とす、落とす。
それでもまだ足りない。もっと速く、もっと速く──
「くそったれぁぁぁぁ!!」
その時、異変が起こった。
ズドドドドドド──
「なんだとっ!」
驚愕したのは近くにいたナイトだった。彼の目は今巨人の弾丸ではなくカヨの如意棒にのみ向いている。
カヨの如意棒は肥大化していた。伸縮するのみで太さは変わらなかったはずなのに、今や如意棒の直径は闘技場と同じくらいにまで大きくなっている。
「これで!」
肥大化した如意棒は飛ぶ瓦礫を一つ残さず遮断した。そしてカヨはその勢いを維持したまま如意棒ごと巨人に突っ込む。
「躱せねぇだろお?」
如意棒は巨人を真上から叩き潰した。そして如意棒を元に戻し様子を見ると、巨人のいた場所にはもはや何かを形作る事が出来ない程粉々になった瓦礫の破片が散らばっていた。
巨人の不死身の再生力に対して、カヨは本体全部を丸々潰して再生出来なくしたのだ。
カヨの口角がにんまりと上がった。イーロピア城の兵士達は突然の事に呆気にとられて固まっている。
やがて事情を理解した兵達はイーロピア城門付近で歓声を上げ始めた。カヨはそれに手を振るとすぐにナイトに振り返った。
「お前いつ来てたんだ?」
「お前に──尋ねたい事があったんだ。だがその前にまず城に戻るぞ。……あの隻眼の男が危ないんだ」
「ダンがかっ!」
ナイトの言葉を聞いた瞬間、カヨはすぐにイーロピア城に駆け足で戻り始めた。
先程の戦いで消耗しているはずだがスピードは全く緩めない。
ナイトも軽く一息つくと、すでに遥か彼方を走るカヨを追い掛け始めた。
王室までたどり着くと、そこには穴があった。隠し通路に通ずる穴だ。
カヨはナイトに先導してもらい、曲がりくねった道を行ってようやく隠し部屋までたどり着いた。
「ダン!」
カヨは叫びながらドアを開ける。
部屋に入るとまず、おびただしい量の血が目についた。そして悲しい表情を浮かべるゲイルと、部屋の血の原因となったのであろう血みどろで青白い顔をしたダン。
ダンはとてもひどい有様だった。もう片方の目も潰されてもはや両目共に使い物にならなくなっている。
そして右足はねじ切られたのであろうか未だ血をどくどく流し続けている。身体も顔も殴られ続けたのか、痣で青くなっていたり腫れ上がっていたりひどい有様だ。
「ようやく来たか……」
ダンは弱々しく駆け寄るカヨに顔を向ける。ゲイルはそれを見て二人から少し距離を置いた。
「ダン、早く治療しないとお前──」
「言うな。我はもう長くない」
カヨの言葉をダンは遮った。そしてダンは呼吸を整えてから言葉を続ける。
「お前が来るまで何とか耐えれたな。お前も知ってるだろう、死にゆく勇者が他の勇者に力を託せることを……」
ダンは無理矢理上半身を起こして身体をカヨに向き直した。カヨは驚きで目を丸くした。
「まさか、その力を託して死ぬつもりなのか!?」
「ああ。本当ならアルカードやレイヴンに力を託したかった。だがあいつらはここにはいない……」
ゴホゴホッ、とそこでダンは激しく咳き込んだ。ナイトはあくまで無表情に部屋の扉にもたれかかって、ゲイルは心配そうに拘束具の近くから二人の様子を見守っている。
「だから我は貴様に我の全てを託したい。受け取ってくれるか?」
「ちょっと待てよ! そんな急にそんなこと言われても──」
カヨの戸惑う声を聞いてダンは微笑んだ。最後を迎える者のみが浮かべる優しい笑顔だ。
やがてダンは上半身を起こしたままにする体力も失い、再び仰向けに横たわった。
どんどん彼から生気が無くなってゆく。カヨは苦痛さえ感じさせる表情を浮かべ頭を抱えていたが、ついに覚悟を決めてダンの顔を見つめる。
「分かった。お前の全て、この私が背負おう」
その顔にもはや一片の迷いもない。まさしく勇者にふさわしい毅然とした表情だった。
「……ありがとう。アルカードとレイヴンに伝言を頼めるか?
我は先に皆のもとへいく。後は頼むと」
「無論だ」
カヨの力強い声にダンは安堵した様子を浮かべた。そして──
「よもや何の悔いもあるまい。さらばだ現世よ……、この『棍』の勇者の散り様をしかと見届けよ──!」
ダンの右手の紋章が直視出来ない程の輝きを放った。その輝きはやがて一つの光の塊となってダンの元を離れ、新たな主であるカヨの元に向かう。
カヨの右手の紋章にダンの光が入り込んだ。『棒』の字が太さと力強さを増したように思えた。
「ダン……後は任せとけ。絶対お前や魔王軍にやられた人々の無念は絶対私達が晴らすからな」
カヨはダン──もう二度と動く事無き勇者の屍に、誓いを立てた。
ダンが死んだ後の部屋は静まり返り、暫らく誰もが黙り込んでいた。時が止まったかのようにさえ思える。
やがてその静寂を破ったのはナイトだった。
「──これからどうするんだ。ワイバーンの大群が押し寄せてくるのだろう?」
止まっていた時が動きだした。カヨもゲイルも哀しげな顔を無理矢理平静な表情に変えて彼の顔を見る。
ゲイルは立ち上がると扉に向かい歩きだした。
「これからやらなあかん事がたくさんあります。エストー帝国は、人類は魔王軍と戦争するんですから」
振り返り、ナイトとカヨにそう言うと彼は部屋を出ていった。皇帝にはこれからの使命がある、国民を守る大事な使命が。
ナイトはやがてカヨにぽつりと呟いた。
「今のお前からは、以前とは比べ物にならんくらいの力を感じる……。まだ前より一週間も経ってないのにな」
「え?」
カヨは思わずナイトに聞き返す。彼は深刻な面持ちで俯いていた。
「あの『棍』の勇者から力を託された時もそうだ。俺が他の勇者から奪った勇者の力はあそこまで輝かなかった。俺とお前、一体何が違うというのだ……?」
ナイトはカヨの顔の間近まで迫る。カヨは少し驚いたがすぐナイトの目を見返して言った。
「全ては志、だよ」
その答えにナイトは困惑した表情を浮かべた。その回答は彼にとって意外だったのだろう。
「ダンは勇者として力を尽くし切って戦い、そして死んだ。残りを私に託してな。
私は勇者に大事なのは志とそれを貫き通す事だと思う。そして私は貫き通す、私の志をな」
カヨはそう言うと立ち上がり、ナイトを促して部屋を後にする。ナイトは難しい表情を浮かべつつもそれに従った。
立ち止まっていられる時間はない。勇者達はみな前に進まなければならないのだ。
ダンの死体は綺麗にして棺に入れられ、ペガサス馬車に積まれた。レイヴンやアルカードに最後の別れをさせるためだ。
ゲイルはエストー帝国中に緊急司令を発布、戦争の旨を国民に伝え兵役を課した。そして同盟を結んだシガヒ王国、メリカ共和国と共に魔王軍を迎え撃つつもりらしい。
「勇者さん達に言える事は数少ないですが、どうか頑張ってください。そして無茶しいひんでください……お願いします」
「ああ、分かった。では皇帝、貴方もご無事で」
カヨはそう言うとペガサス馬車に乗り込んだ。窓を覗けばゲイルやエストー軍の面子が手を振っている。カヨはそれを見て僅かに微笑んだ。
「今度の集まりには『弓』の勇者も来るからな。実質ほとんどの勇者が集まると言っていいだろう」
「……そうか」
隣には神妙な様子で棺を見つめるナイトがいる。カヨはもうすぐある戦争と第二回勇者会合に思いを馳せた。
馬車は激しく揺れながら、今一度ヨトキに向かう。




