第十四節 棒の勇者、ついに最終決戦(下)其の二
そこには、地面なんてないはずだった。
『来たか……、愚かしき奴らよ……』
カヨも、近くのケヴィンもアルカードも……。
全員が自身が空の上に立っているのを見て愕然とする。
『この辺りの大気の粒子を変質させた。ここなら貴様らはまるで地上の上と同じように戦える……』
魔王の姿はもはや老人のそれではなかった。
髪や髭は白く長く伸びて、腰くらいの位置までで綺麗に整えられている。身に纏っているのは白い長布のみで、あらわになった裸身は無駄を削ぎ落とし極限まで美を追求した彫像のようだ。
もし彼の頭に二本の金色の角がなければ、誰もがその姿を神と見間違えるだろう。
今の魔王の闘気はまさしく神掛かっていた。
『だがどうやって戦う? 貴様らの勇者の力は全て我の元に還った……。今の我は以前の我とは比べ物にならないくらい強大だ。
今度は失敗したりしない。必ずやこの人間界を支配し、魔物達の楽園にしてみせる……』
魔王の闘気が揺れて歪んで、勇者達に降り注ぐ。今の彼らはただの若者だ。闘気に臆し、思わず固まってしまう。
魔王サタンの右手から見慣れた武器が出現する。それはナイトが愛用していた聖剣だった。
「何っ……」
ナイトは肌身離さず身に付けていたはずの聖剣を探した。だがない。他の勇者の武器も同様に手元からなくなっていた。
サタンの顔が笑みに包まれる。優しい慈愛を感じさせるような──その実勇者達が絶望する様を眺めての歪んだ笑みだ。
『それらは全て元々我の武器なり……。返してもらったぞ』
サタンの周囲に次々武器が浮かび上がり始めた。聖剣エクスカリバー、正宗、与一の弓、ドラゴンクロー、デスサイズ、グングニル、そして如意棒……。いずれも今まで苦楽を共にしてきた超絶勇者武器だ。
「どうすんのよこれ……。武器まで奪われちゃ、勝ち目なんてないじゃない」
ミーシャの一言が線が切れたかのように全員が絶望に包まれた。あの『剣』の勇者ナイトでさえ膝から崩れ落ちた。
それを見てサタンは高笑いをあげる。
『よいぞ……。今の貴様らの様子は我が光によって世界中に届いている。人類の希望の象徴たる勇者の絶望によって世界中に絶望を撒き散らすのだっ!』
「まだだ……」
一人、まだ諦めない者がいた。往生際の悪さと無駄な体力が取り柄の少女、『棒』の勇者──
彼女の瞳は今だに燃え続けている。
「終わんねーぞまだ。こんな筋肉ジジイに私達勇者が負ける訳ねぇだろ!!」
カヨはそう言うなりサタン目指して天を駆けた。紋章があった頃のスピードは微塵もない。勇者と呼ぶには遅すぎる、お粗末なカヨの拳をサタンは難なく躱した。
そして背後に回られカヨは自身の武器であった如意棒でサタンから殴られた。そのままカヨは頭から血を流し倒れてしまった。
『見たか? 貴様ら勇者の力は我の力……。もう貴様ら人類がいくら死力を尽くして戦っても我にはかなわないのだ!』
「まだ死んでねえぞ!」
倒れたはずのカヨがサタンの片足にしがみつく。サタンは苛立ったのかグングニルを手に持ちカヨの肩を突き刺した。
カヨの口から短い悲鳴が漏れる。カヨは再び天空に、今度は仰向けに倒れる。
「カヨ……俺は……!」
暫らく何もできず絶望に包まれ固まっていたナイトがサタンに向かい駆け出した。
『無駄な事を……』
サタンは飛び掛かるナイトの腹に如意棒を伸ばす。腹部に走った苦い衝撃にナイトは口から嘔吐物を少し吐き出した。
『どうだ? 勇者達にはもはや抵抗するだけの気力も実力も残されていない。さあ絶望せよ、人類よ──』
サタンの言葉は途中で途切れる。カヨが重い肩を引きずって再びサタンにしがみ付いたのだ。
今度は本気だと言わんばかりにサタンは正宗を抜き、その刀身をカヨにあてがう。だが刀は振り下ろされない。
反対側からナイトがしがみ付いたからだ。右腕にしがみ付かれ欝陶しそうにサタンはナイトを振り払う。ナイトは為す術なく吹き飛ばされた。
「まだまだ……」
カヨは再びサタンにしがみ付こうとする。サタンは正宗をしまい、与一の弓を取り出してカヨの額を狙った。
『しぶとい奴め、死ね!』
「うおおおお!!」
矢が発射させるすんでの所で今度はレイヴンが飛び掛かった。
「彼らを支持しよう! 僕らは勇者、悪あがきでも最後まで戦い抜く!」
ケヴィンが続くとアルカードも続き、ミーシャ、ハクサイも皆サタンへ飛び掛かった。サタンはデスサイズを抜き、かまいたちで全員に斬撃を放つ。
かまいたちにも怯まず臆さず、勇者達は次々にサタンに群がる。サタンは身体から光を放ってそれら全員を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた勇者達は天空に留まる事なく地表に向けて墜落していく。サタンが浮力をなくし、勇者達を空のステージから追放したのだ。
『愚かしい貴様らの相手をする価値はもはやない! そのまま落ちて死ぬがよいわ!』
勇者達は散り散りに別れていく。カヨは緩やかに迫る地表を見ながら思う、私は死ぬのかと。
「まだまだ死なないぞ……私達はここで終わらない、死んだエルザさんやダン、そしてみんなが付いているはずだ!」
カヨは無理から仰向けの姿勢になりサタンを睨んだ。勇者はまだ死んでいない、これで終わらないという念を込めて。
・
「みんなが落ちていく……!」
ヨトキ城よりセシローが驚きの声を上げる。特殊なサタンの光によって世界中のあらゆる人類や魔物達にサタン対勇者の映像が届くのだ。
先ほどまで緊迫していた戦争も一時休戦になっている。サタンが甦った瞬間魔王軍は急に攻撃の手を止め、空を仰ぎ始めたためだ。
周りには不安げな兵士達の、大臣や幹部達の顔があった。
勇者が全く歯が立たずやられていくのを見て彼らも絶望を感じているのだろう。
だから、セシローは彼らに笑いかけた。
「カヨもみんなもこんなところで負けるはずないよ……、かれらは勇者だからね」
「しかし今、彼らは魔王に敗れ、落ちてきていますぞ!」
「かれらがこれで終わるはずないさ。さあみんなで祈ろう、勇者の奇跡を」
そう言ってセシローは安らかな表情で目を閉じ、両手を組み合わせた。大臣が久方ぶりに見るセシローの子供らしい姿だ。
大臣や兵士達も国王に従って奇跡を祈った。
それは伝染し、やがてヨトキ中の人々が勇者の奇跡を祈りだした……。
・
「何やえらい苦戦してるやないの……」
ゲイルは相変わらず薄ら笑いを浮かべ、墜落してくる勇者達の様子を浮かべる。
「勇者殿は、もうダメなのでしょうか!?」
門番兵の一人が皇帝ゲイルに詰め寄る。慌てて近衛兵が彼を押さえようとしたがゲイルはそれを制した。
「何でそう思う」
「だって、あのサタンという魔王はとても強いですし……それに勇者殿はみな力を失ったのです! もう終わりじゃないですか!」
門番兵は泣きそうな顔になっていた。ゲイルは一瞬苦笑を浮かべると、すぐに真面目な顔に表情を変えた。
「サタンが手に入れたあれはあくまで表面的な力だけや。彼らの真の強さはそこにない……。
彼らはすぐ戻ってくるわ……。そして調子ぶっこいてる腐れ魔王を絶対倒す」
それだけ言うとゲイルは不敵な笑みを浮かべ、再び勇者の様子を眺め始めた。
・
イナチャゴの街にも戦争の波が来ていた。魔物達に街は荒らされ、魔王が復活していなければそのまま街は破壊されていただろう。
「クウ~ン……」
「おおシンディや、悲しんでおるのかい……?」
老人は力なく吠えるチワワを抱き抱え、落ちる勇者を見る。
「もう終わりなのかも知れぬな……」
目を細めて、老人がため息を吐く。
他の生き残った市民も暗い雰囲気を浮かべている。全員が今、まさしく絶望に包まれようとしていた。
「カヨさんはあそこで負ける人ではありませんぞ」
いつの間にやら現れた市長が言った。
「あの方は魔王軍のサイクロプスから我々を守ってくださった……最後まで諦めずに。
どの道これが世界の最後だと言うのなら、最後まで勇者達を信じましょうや」
市民の反応は芳しくなかったが、笑顔を絶やさず市長は言った。
彼らの街イナチャゴはかつてモラルなき勇者達からも苦しめられた。しかし今魔王と組み合っているのはそんな半端者ではなく、いずれも信頼に値する勇者だ。
「クウー……ワンワン! アオーン! (まだだ……カヨ頑張れ!)」
「そうじゃな、どうせわしらの命が彼らに懸かっておるのならば信じるより他ない。そうは思わんかね?」
老人の言葉に市民はようやく絶望から振り払われたようだ。
彼らの祈りは唯一の希望──勇者達に届けられた。
・
「まあカヨ、あの老人にあんなにぼこぼこにされるなんて情けないわ」
「全くだな」
カヨの両親は呆れ顔で落ちていくカヨの様子を眺めていた。しかしその手は互いに強く握り合っている。
「そういえばあのじーさんどうしたんですかね?」
カワタ君がそう言って探しているのは魔王サタンの仮の姿だ。ショウとピーターを含め彼らは全員あの老人が魔王だと知らない。
「勇者殿に奨励ィ!」「オ!」「オ!」「オ!」「オ!」
「暑苦しいですねぇ」
ずっと勇者を応援し続ける魔王特別討伐軍をうるさそうにショウは見つめる。だが彼も勇者の勝利を、奇跡を願っている。
「我々も応援しましょうや!」
「カヨちゃん」「ガンバー」「あと他の勇者も」「ガンバー……」
老け込んだ村長の言葉に続くかのように男衆が応援を始める。そしてカイナ村の人々も全員応援をし始めた。
「僕らも応援しましょうか?」
「だな」
ショウの言葉にピーターは頷く。今自分にできるのは勇者達の戦いを固唾を飲んで見守る事だけだ。だったら最大限応援してやろうじゃないか。
「カヨ頑張れぇぇ!! 愛してるぞぉ!!」
ピーターの叫びに村人や兵士達も、ショウもにやにやしながら冷やかしの声を上げる。
だがピーターは恥ずかしがらず堂々と叫び続けた。
「帰ってくるのを絶対待ってるからなあ!!」
・
落下し続けるカヨの耳に聞き馴染んだ、あるいは全く聞いたことのない声が届く。
それらは全て同じ事を言っていた。
(頑張れ……)
(頑張れ……)
(負けないで……)
(勝って……!)
カヨは目を開いた。そして驚く。落下が止まり、カヨは宙を浮いていたのだ。
──力はなくなっても、私は勇者だ。そして勇者が魔王を討つ、これ世界の常識な。
カヨは天空を仰ぐ。落下なんて関係ない、どうやって飛ぶかなんて知らない。
でも行かなければならないのだ。
「まだ終わらんぞぉ……」
サタンに付けられた傷は未だ痛むがそれが却ってカヨの決意を固める。気持ちが昂ぶるにつれてカヨの身体は上昇し、今再び魔王サタンの元へと運ばれていった。
・
『さあ、魔王が支配する世界の幕開けなり……』
サタンは光を適当な地表の一箇所に浴びせた。その地域は光の勢いで爆風に包まれ消滅してしまった。
『我に逆らう者はみなこうなると思え……。勇者でさえ我の前では赤子同然。
我は人間界に魔王軍の勢力を増やし、やがては更に他の世界も支配してみせる!』
サタンの笑い声と共に空が激しく光った。彼は今空さえも支配しているのだ。その力はもはや想像の及ぶ範囲を通り越しているのだろう。
しかしそんなある種神にさえ匹敵し得る力を持った魔王にも、未だ屈しない者がいる。
「そうはさせるか!」
急浮上してサタンの前に立ちはだかった一人の少女……茶髪に濃い、印象に残る精悍な顔をした少女。
「『棒』の勇者カヨ参上だ!!」
血走った目でサタンを睨み、カヨは言った。サタンは嘲笑と共に一蹴する。
『ふ、今の貴様には棒などないではないか……? それが未だ勇者を語るとは笑わせる』
「武器はなくとも気合いで何とかしてやるさ! まずはその如意棒を返してもらうぞ!」
カヨは再びサタンに飛び掛かった。
サタンは余裕の表情でそれを躱す。そして反撃にグングニルを使いカヨを貫こうとする。
『進歩のない──』
だがサタンの槍は虚空を突いただけだった。
カヨは瞬時に移動し、サタンの背後まで回ったのだ。サタンの顔に微かな疑念が浮かぶ。
『何……?』
カヨは拳を振るい、サタンの右頬を殴ろうとした。サタンはそれを片手で受け止め、そのままカヨの腕をねじ切ろうとする。
カヨは身体ごと回転して腕を折られるのを防いだ。そしてサタンの欠片ほどの隙をつき、サタンの周囲に浮かんでいた武器の一つを無造作に掴み、サタンに投げ飛ばす。
『くっ』
投げ飛ばした正宗はサタンの目眩ましにしかならなかった。だがそれで十分だ。
「頂いたぜっ!」
カヨはサタンの片手を振り払って飛び、そのまま如意棒を掴み取り、サタンから距離を取った。
『ふん、だがもはや貴様には紋章がないのだぞ……如意棒を巨大化させる事などもはやできまい』
「できるはずだ!」
カヨは懸命に如意棒を擦りだした。しかし如意棒は何の反応もない。
『フハハ、愚か者めェ!』
目前までサタンが迫り、エクスカリバーの刀身がカヨを斬り裂かんと振るわれる。
その時、奇跡が起こった。
カヨの如意棒は──猛烈な勢いで伸びだしサタンの腹部を突き抜けた。サタンの口から血が吹き出る。
カヨは如意棒を元のサイズに戻す。サタンは腹に空いた穴を自己再生しながら苦しげに呻いた。
「お前の力がなくても私には……私達には今まで培ってきた希望がある。如意棒の方もお前より私を選んだみたいだぜ?」
『戯れ言を。我にはまだ他の武器があるわ!』
サタンはエクスカリバーを取り出すため右に手を伸ばした。だが宙に浮かんでいるはずのエクスカリバーは存在しない。
「俺は気付いたとも……貴様を倒す事こそ運命だとな!」
「ナイト!」
『剣』の勇者がサタンを背後から斬りつけた。サタンが不意打ちによろめく。
更に下方から槍が飛び出てサタンの右足を突き抜いた。
「生憎全国の女の子達に僕の情けない姿は見せられないからね」
サタンは距離を取ると大急ぎで身体を再生させようとする。だがそれより前に刀の一閃がサタンの左肩をなぞった。
血を吹き出しサタンの左腕が落ちてゆく。
「真の勇者は何事にも動じぬ強き心の持ち主なり……」
「ごめんなさいっ。わたし貴方に忠誠を誓った事なんて一度もないの」
ハクサイの燕返しに続いてミーシャの矢が続け様にサタンの胸部に命中した。
「キナワ島の民の無念を知れ……!」「……!」
最後に左右から飛び掛かったレイヴンの爪とアルカードの鎌がサタンの身体を真っ二つに裂いた。
サタンの血が吹き出し、二人の勇者は返り血を浴びた。
「何だよみんな。中々粋な登場じゃないか」
カヨが共闘する勇者達に微笑み掛ける。
今彼らには紋章はない。だが以前勇者だった頃の誇りや決意を昇華させ、ようやくカヨ達は真の『勇者』になったのだ。
『我が武器はみな奪われてしまったか……まあよい。
いいだろう、小癪な勇者紛いどもめ……、我が全力で叩き潰してくれるわ!!』




