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第十二節 棒の勇者、都市を守る(上)

 カヨは翌日ダンに、昨日ミーシャと会いそこで起こった出来事を包み隠さず全て話した。

 てっきり取り乱すものだと思っていたが意外にもダンは「そうか……」と低く呟いただけだった。

 彼なりに思うところはたくさんあるのだろう。しかし今はそこまで気を配ってはいられない。ダンはその後カヨに明日の準備があるからという理由で一人にしとくれと頼んだ。カヨはそれに従い自身もゆっくりと休む事にした。




 そして今日。


「あと一時間か……」


 カヨはまだ王室にいた。カヨが作戦で任された配置は街の入り口部分にある酒場だった。城から酒場までは四十分程度はかかる。そろそろ移動すべき時間だろう。


「おいダン、緊張してんじゃねーのかぁ?」


 カヨは笑いながら隣にいるダンの背中を叩いた。ダンは欝陶しそうにそれを振り払い、


「覚悟なら島で既に済ませてきた……」


 と静かに言った。


「そっか。……じゃ、頼んだぜ」

「ああ」


 カヨは妙に納得したように頷くと手荷物を持って王室を後にした。

 ダンは何も言わず著名な画家によって描かれた王室の天井をじっと眺めていた。


「あと十分……」



 カヨは時計をちらちら見て、しきりに時間を確認する。酒場にはカヨ以外誰もいない。

 あと十分すれば、魔王軍から使者が来る。そして、戦いがいよいよ始まる。



「あと五分……」



 胸が高鳴る。緊張していたのはダンではなくカヨの方だ。汗が額に滲む。


 ──私で本当に魔王軍を倒せるのか? 市民を、人類を守れるのか……?



「あと三分……」



 カヨは深呼吸する。

 弱気になっていては動きが鈍る。分かってはいるが中々考えを止める事が出来ない。


 ──どうすればいいのだろう、本当に私が魔王復活を阻止できるのか……失敗しやしないだろうか。



「あと一分だな」



 カヨは如意棒を意味もなく手ごろなサイズに伸ばす。

 それを握り締めたのは不安を紛らせるためか。

 悲観的になっててもしょうがない。第一あんな人の命を何とも思わない残虐な奴らに何故恐れを抱く必要がある。

 カヨは自身を鼓舞し、目を瞑って胸に手を当てる。……何だか燃えてきたぞ。


 その時、カヨの肌を不気味な気配がなぞった。



「……来たか」



 カヨは城の方向に目を向けた。

 戦いが、もうすぐ始まる。


・


「魔王軍より使者が来訪されました」


 ゲイルは兵から連絡を受けてもへらへらしたままだった。


「よろしく頼んますよ、ダンさん」

「……」


 近衛兵に混じってゲイルの玉座の前方右に直立していたダンは、黙って頷いた。

 彼は今がっちりと鎧を着込み槍を右手に構えている。武器である三節棍は鎧の下に仕込み、鎧はいつでも脱げるようになっている。

 使者の隙をついて鎧から飛び出し、そのまま三節棍で気絶に追いやる作戦だ。


「きんちょーしますな、やっぱ」

「安心しろ、成功させる」


 ダンの言葉にゲイルは微笑み、玉座に戻る。


「頼もしいですわ、全く」


 ゲイルは扉を見つめた。そして今、扉が開く。



「再びお目にかかれて光栄です、皇帝陛下」



 ついに魔王の使者がその姿を見せた。その使者にゲイルとダンはそれぞれ違った角度から驚く。


「……ドナン公爵」

「……あの護衛は!」


 来訪した使者は、二人の男だった。


 一人は仕立てのいい、しかし悪趣味な白スーツを着こなしている男。ご丁寧に胸ポケットに赤い薔薇まで差し込んでいる。

 見た目は四十代半ばだろうか、茶髪に口髭を蓄えた二枚目の紳士だ。恐らく彼が魔王軍幹部だろう。


 もう一人は、人間と呼ぶには多少無理がある存在だった。血のように真っ赤な肌に角が二本生えている。

 筋骨隆々としていて、毛が全く生えていなく目は黄色と来ている……間違いなく魔物の類だ。


「君ってそんなセンス悪かったかねぇ」


 ゲイルが白服の紳士……ドナン元公爵に話し掛ける。


「あいにくこういった格好の方が好きでしてね。公爵だった時よりずっと楽しくやらせてもらってますよ……」


 ドナンは口元を緩める。


(そうか、あいつがドナンか……)


 ダンは一人納得する。話に聞いたことはあるが実際にエストー帝国の裏切り者を見た事が無いのだ。


(それより奴だ……)


 ダンは静かに赤肌の男を睨む。奴は故郷で一度見た。

 奴は昔、影の軍団に入り混じり、近くにいた島民を片っ端から殺していった……それも素手で。

 その様はまるで鬼神のようで、思わず竦み上がってしまったのを覚えている。


(今回は必ず……)


 ダンは右手に持った槍をきつく握り締めた。ゲイルとドナン、ダンと赤肌。それぞれの間に対立構造が出来上がっていた。




「そら楽しいだろうなぁ。何つったって国民を守る責任から逃れたんだから」


 ゲイルの露骨な嫌味にドナンは眉をしかめたがすぐにまたにこやかな表情に戻り、


「さて、ではさっそく返答を頂きましょう。魔王軍に降伏いたしますか?」


「はは、答えはもちろん──」


 ゲイルがドナンの問いに答える前にダン以外の近衛兵三人がドナンに襲い掛かった。


「残念です、皇帝陛下」


 近衛兵三人は弾き飛ばされた。あの赤肌の男によって。しかし、


「彼らはおとりだよ」


 ゲイルの言葉と共にドナンの背後から身軽になったダンが飛び掛かる。

 彼がもの言う前に頭を殴り付け、失神させた。そしてそれを手早くゲイルに投げ渡す。


「後は任しといてください」


 ゲイルは失神したドナンを近衛兵三人に持たせた。 そしてそのまま玉座の下の隠し通路を開け、そこから脱出しようとする。


「……サセヌ」


 赤肌の男がゲイルを追おうとする。

 しかしダンが三節棍を構え、その前に立ちはだかった。


「我はダン……『棍』の勇者だ。祖国を滅ぼされた恨み、今晴らしてくれるわ」


「……ドケェ」


 赤肌はダンの言葉に全く耳を貸さず、拳を振り下ろした。難なく躱したがその拳は床に穴を開けていた。


「ふん、馬鹿力の単細胞め……。名を名乗れ、我が貴様を細切れ肉にしてくれる!」


「……ドノス」


 ドノス、と名乗った赤肌はダンに向き直った。どうやらゲイルを追うより先にダンを殺す事を優先させたらしい。

 単細胞で助かった。ゲイルを追う事を優先されていたら厳しかっただろう。


「さあ、来い」


 ダンは王室の扉側に飛び、ドノスを挑発した。さりげなくゲイルから遠ざけるためだ。

 ドノスは目論見通りダンに向かって一直線に駆け出す。

 ダンはそれを見計らい、扉を開け廊下に飛び出した。


・


 ゲイルは真っ逆様に隠し通路を下る。後ろには近衛兵三人がドナンを抱えて着いてきている。

 隠し通路内は隠し扉やトラップで複雑な構造になっている。その内部を完全に熟知しているのは代々皇帝一族のみだ。


「よしっ」


 ゲイルは一見普通の壁に見えるレンガ石の内の一つを押した。すると、ゴゴゴと音がし、壁が移動し隠し通路が開いた。


「この奥や! 速く!」


 近衛兵三人を急かし、ゲイルはひと足早く部屋の中に入った。

 近衛兵三人は続いて部屋に入ろうとする。だがその時ドナンを抱えていた兵士の一人が崩れ落ちた。


「なっ!」


 次の句も言う間もなく残りの二人も絶命する。後にはドナンが白スーツを返り血で朱に染めて立っているだけだった。


「これは何や!」


 ゲイルが扉から出てきて愕然とする。ドナンは気絶したふりをしていただけだったのだ。


「私をその部屋へ運ぶのでしょう? 早く連れていってくださいよ」


 ドナンは手元にナイフをちらつかせながらゲイルに詰め寄る。ゲイルは何とか動揺を押さえ、おとなしく彼を部屋へ誘う。

 部屋の中はとてつもなく殺風景だった。相も変わらず灰色の壁と床で四方を囲まれており、その壁の内の一面に拘束具が置いてあるより他には何も無い。


「なるほど、この部屋で私を拘束しておくつもりなのでしたか……。まさかそれで自分が拘束されるとは思わなかったでしょう」


 ドナンはゲイルの首筋にナイフを押し付け、拘束具を装着させる。

 全て着け終わるとドナンは右ポケットから謎の機械を取り出し、躊躇い無くそのボタンを押した。


「交渉は決裂です。今上空で待機している兵士達が降り立ちました。貴方は公開処刑させて頂きます……御了承を」


 ゲイルは悔しげに唇を噛んだ。こうしてエストー帝国対魔王軍の戦争が幕を開けた。


・


「来たぞみんな! ぶつからないように気を付けろよ!」


 カヨはそう叫び、酒場の屋根に立って上空から急降下している大量の何かを見据える。兵士達は街の通路の至る所に配置していた。

 何かは建物や通路に構わず、あちらこちらにズドンと重い衝撃と轟音を立てて着地した。

 それが全て止んだ時、街の景観は凄惨なものに様変わりしていた。そして着地した位置の穴から何かが次々に起き上がる。


「あれがストーンゴーレム軍団か!」


 それらは二階建ての建物に匹敵する巨大さを持った石の巨人だった。胴体は無い。目、鼻、口が簡単に彫られた顔に直接手足が付いている。

 その見た目は恐ろしいと言うよりはユーモラスだった。しかしゴーレムの一体が手近な建物の屋根を拳で崩したのを見て痛感する。

 奴は慈悲無き破壊兵だ、と。


「みんな無理するな! 集団で一体ずつ仕留めろよ!」


 カヨはそう再び叫び、近くのゴーレムに飛び付いた。

 カヨはストーンゴーレムの背中に張りついた。岩の付け根の出っ張りに上手く足を引っ掛けバランスをとる。


「ここなら攻撃できないだろ」


 カヨはそうたかを括っていた。ゴーレムの手足は短く、背中まで届かないからだ。


「なっ!?」


 しかしカヨの予想は裏切られた。近くにいた別のゴーレムがカヨに容赦無く体当たりを仕掛けてきたのだ。

 避けること自体は簡単だったがゴーレムは二体とも衝撃で手や足が飛び散った。

 カヨは茫然としてその様子を眺めていた。どうやら彼らは本当に敵を殺す事しか考えられないようである。

 手足を失ったゴーレムはそれでもカヨを狙うため転がってくる。


「くそっ!」


 速い。躱したが本当にすれすれだった。ゴーレム二体は近くの民家に激突すると粉々に砕け散った。


「こりゃ半端な事が出来ないな……」


 あのストーンゴーレムは中途半端に破壊すると自滅して道連れを狙おうとしてくる。実際さっきの転がりで兵士が何人か潰されてしまった。

 カヨは辺りを見回す。状況は明らかに劣勢だった。

 何といってもまず攻撃が聞かない。兵士の武器は岩を割るための槌が中心だったが全く効果がないようだ。弓などの遠隔武器はもちろん傷一つつかない。

 ゴーレム軍団は落ち着いて兵士を取り囲み、拳を振り下ろしたり足で踏ん付けたりして潰しにかかっている。

 カヨはケヴィンの言葉を思い出していた。


『ゴーレムは体の中心部にあるコアのようなもので動いている……あれを叩くしかない。もしくは同士討ちを誘うかだね』


「みんな! そいつらは同士討ちを誘え! ひたすら逃げて立ち回るんだ!」


 カヨの言葉が届いたのか兵士達はいくつかの隊に別れて逃げ出した。ゴーレムはそれを追撃するが上手く躱される。

 隊はゴーレムに追われながら別のゴーレムに接近し、攻撃を誘発する。

 そして上手くそれを躱し、ゴーレム同士を衝突させて戦力ダウンを謀る。ゴーレムが転がり始めると兵はまた息を揃えて左右に散る。

 そうする事で被害を最小限に押さえたのだ。結果ゴーレム数体は破壊され兵はほとんど痛手を受けずに済んだ。

 カヨはその様子を暫らく感心しながら見ていたが、やがてゴーレムがカヨに群がって来たため如意棒を使いその内の一体に飛び乗った。

 そしてカヨは何体ものゴーレムの間を絶え間なく駆け続けた。ゴーレム達は密集してちょこまか動くカヨを攻撃しようとするが、ことごとく躱され同士討ちで次々自らを破壊していく。

 ズドンズシンと重い音が辺りに響く。ゴーレム達が同士討ちしたり転がって建物と衝突したりしているからだ。

 兵士達はやはり被害は甚大だが、ゴーレム軍団相手にかなり健闘している。


「おらおらおらぁ! どんどん来いこのウスノロどもめぇ!」


 カヨは難なくゴーレムの猛攻を掻い潜り、たまにひびの入った部分に如意棒をぶつけて敵を解体する。思いっきり如意棒を伸ばせばゴーレムの体内の核にまで届く。

 カヨは勝利を確信しつつ、全力でまだまだ尽きぬゴーレム軍団を翻弄した。そして、



「やったぞ……!」



 それから三十分程経ち、辺りにはレンガの山々が連なっていた。美しいレンガ作りの舗道も情緒ある赤い屋根の民家や宿屋もみんなただのレンガと化している。

 まだ数体ゴーレムは残っているがすでに激戦で身体中にひびが入り、よれよれだ。倒されるのも時間の問題だろう。

 残されたゴーレム達は最後の反撃に出ようとカヨ一人に狙いを定め転がってきた。

 普段のカヨならその凄まじい速度にたじろぎ、ミンチにされていただろう。だが今のカヨは気分が高揚して普段より鋭い。

 カヨは余裕でそれを躱すと如意棒を回転の中心へと放った。放った棒は垂直にゴーレムの腹部に刺さり、めり込んでいく。

 ゴーレムは暫らくじたばた砂煙を上げて手足をばたつかせていたが、ある深さまで如意棒が達するとびくんと震えそれ以降動かなくなった。

 カヨは壊れたゴーレムを刺しっぱなしにしたままカヨに向かってくる最後のゴーレム二体に向き直った。

 そしてそれを、投げる。

 ズドンと地震が起きたかのような轟音の後、ゴーレムはゴーレムに押し潰されあっけない結末を迎えた。


「勝った……勝ったぞ……」


 カヨの瞳に歓喜の色が浮かぶ。自分は魔王軍から街を守った。しかし、



「おい、テッドしっかりしろ!」

「第二小隊が死者七名負傷者十二名、第五、第七小隊は全滅です!」

「負傷者を城まで運べ! まだ間に合うやもしれん!」



 エストー帝国軍の被害も甚大だった。街もほぼ全壊で周りは瓦礫まみれだ。

 カヨは緩みかけた神経を引き締めた。これはとても手放しで喜べる状態ではない。


「みんなまだ終わってないぞ! まだ増援が来るかもしれないから今の内に負傷者を運んどけ! 死者は後だ、いいな?」


「はっ!」


 カヨが叫んだ内容に共鳴し、それまでまとまりが無かった兵士の動きに活気が戻る。カヨはその様子を見つつも次なる敵がいないか目を光らせる。

 しかし何も無いようだ。負傷者は次々担架に乗せられ運ばれていく。このまま何も来なければカヨも城に戻れる。


 ──あっちはどうなったんだろ?


 カヨはイーロピア城にいるはずのゲイルとダンの事を思い浮べぼんやりとした。

 その考えは突然の出来事に中断される事になった。

 始めはぴくり、とゴーレムの残骸の一片が動いただけだった。

 やがてそれは瓦礫全体に伝わり地面は瓦礫と共に振動を続ける。カヨは揺れの元を探す。

 しかしそれは見つからず、瓦礫達の合唱はどんどん大きくなってゆく。空気中の砂塵の量が半端ではない。

 そして瓦礫はやがて次々宙に浮かび上がり、


「なにぃ!?」


 叫んだカヨを無視して瓦礫は一箇所に集まった。それらは一つの大きな何かを形作る。


「バカでけぇ……」


 砂塵が止んだ時、カヨの視界には超巨大なつぎはぎだらけのストーンゴーレムが立っていた。その大きさはイーロピア城に並ぶ。

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