第十一節 棒の勇者、魔王軍と衝突(四)
「お二人とも! どうされたのですかその傷は!?」
「最終調整だよ」
日が沈み、群青から漆黒に移り変わる景色の中に二人の勇者を見つけた門番はそのボロボロな姿に驚き、すぐさま駆け寄った。
カヨはそれを微笑みながらあしらう。
「調整……ですか……?」
「そーそー。安心しろ、もう完璧にイケた。魔王軍なんざ目じゃないさ」
「はあ……」
カヨの自信に満ち溢れた声に門番兵はきょとんとしたまま生返事を返した。
そこで黙っていたダンがおもむろに口を開く。
「明後日、我々は必ず魔王軍の幹部を捕らえ、かつ襲撃してきた魔王軍も返り討ちにする。
もう我の故郷のような悲劇は繰り返させん。……君にも期待している」
「は、はいっ! 頑張ります!」
突然肩を叩かれた若き番兵は跳ね上がった。驚き半分光栄半分といったところか。
「それでいい」
敬礼した門番を見つめダンは頷いた。そしてそのままイーロピア城へと続く道を歩き始めた。
カヨは若干不満げに「美味しいとこ持ってきやがって……」と呟くと、ゆっくりと自身もイーロピア城へ足を踏み出した。
カヨは再び応接間のソファに寝転がった。時刻はもう九時。シャワーを浴びたい気分だが、
「ま、いいかな……」
微睡み始め、カヨは毛布を取り出す。
まだ魔王軍との戦いまで時間はある。今は身体を休めた方がいいだろう。
そう考えカヨは毛布を被り早めに就寝する事にした。何だかとても眠たい。夕食を取っていない事さえ今はどうでもいい。
カヨは完全な眠りの中に墜ちていった。
「女の子が風呂にも入らないで眠るなんていけないわよ」
「──!?」
突然甘い女の声がしてカヨは目覚めた。
ぼんやりとした頭のまま辺りを見回すと前に見た赤毛の少女がカヨの目前に立っていた。
「安心して。危害を加えるつもりは無いわ、ほら」
赤毛の少女は両手を広げる。どうやら何も武器を持っていないようだ。
カヨもその言葉に若干警戒を緩める。しかし注意は怠らない。いつでも如意棒を出せるように手の中に忍ばせておいた。
「今日はゆっくり喋れそうね……わたし、あなたと一回ちゃんと話をしたいと思ってたの」
「ショウは今どこだ?」
カヨの語気にいささかトゲが見られる。この少女は今行方不明のショウと共に行動していると言っていたからだろう。
「街の外よ。あなたがわたしと一緒に来てくれればすぐにまた逢えるわ」
「何故私をそんなに仲間にしたがる?」
カヨの言葉に少女はにこやかとした表情を崩さぬまま話を続ける。
「わたしには強い味方が必要なの。あなたみたいな柔軟な考えを持った、ね」
意味深な少女な言葉にカヨは苛立つ。まるで結論を先延ばしにされているかのようで気持ち悪い。
「分かりやすく説明しろ」
「そんなに怒らないで」
少女はそうカヨをたしなめてから、
「わたしは内部から魔王軍を潰そうと思ってるの」
と言った。
カヨの目が驚きと疑問により大きく見開いた。
「わたしの生まれ故郷は西の島よ。知ってるでしょ? あの魔物の溢れかえる島ぐらい」
「話にぐらいなら……」
西のタガネ島。かつては人が住んでいたらしいが十数年前突然謎の魔物に襲われて以来、魔物の楽園となった島である。
「わたしはその時若干五歳にして勇者として目覚めたの、ほら」
そう言って少女は右手の甲にある『弓』の字を見せる。
「でも非力なわたしにはそこにいる魔物達にとても太刀打ち出来なかった。やっぱり島民達は皆殺しにされたわ……。
でもわたしには選択肢が与えられた。魔王軍の幹部から勇者として死ぬか、魔王軍の手足として働くかの二択よ。……そんなのまだ死にたくないに決まってるじゃない」
カヨは唸る。自分が、もし自分の住んでいたカイナ村が襲われてその二択を迫られたらどうするだろうか。
やはり魔王軍に懐柔されて生きていくのだろうか。それとも殺された皆と同じ道を辿るのだろうか。とても想像が出来ない。
「以来わたしは復讐心を常に抱きながら魔王軍の手下とした忠実に働き続けてきた……その過程で小さな村や島を滅ぼしたりして来たわ」
カヨの脳裏にあの隻眼のダンの顔が浮かぶ。彼の住んでいた島も彼女によって滅ぼされたのだろう。
途端にカヨは彼女に一種の親近感のようなものを抱いた。まだ信頼したわけではないが、もしかするとそれに値する人物なのかもしれない。
「最近、勇者が各地で大量に誕生し始めたわ……そしてそれと同時に魔王軍の侵略も本格的に始まった。これがどういう事かお分かり?」
──魔王復活はもうすぐなのか!
言われずともそれぐらいは分かる。カヨは再び頷いた。
「ここに来て人類全体への宣戦布告……。明後日の一斉来訪を皮切りに、ついに魔王の復活へのカウントダウンが始まるのよ」
カヨは息を呑んだ。ついに魔王が復活……。覚悟は出来ていたつもりだがやはり改めて聞かされると身が引き締まる。
赤毛の少女はふぅとそこで一息つきカヨの隣に腰掛けた。
「紹介が遅れたわ。わたしはミーシャ、『弓』の勇者兼魔王軍弓兵隊総隊長兼──ショウ君の恋人よ」
「マジかっ!?」
カヨが驚きすぎてソファから転げ落ちる。今まで淡々と喋っていたミーシャの顔に仄かな朱が差した。
カヨはずりずり起き上がるとミーシャに詰め寄った。
「えっ!? あのショウがこんな可愛い女の子とマジでえー嘘だろそんな筈ねーあいつ今だに三日に二回くらいしか歯磨きしないのに何でこんなえらいべっぴんはんとえぇぇぇぇぇえ!!」
「そんなに驚かなくても……」
ミーシャが恥ずかしそうにカヨから顔を背ける。その様子がこれまた可愛くてカヨは身をよじらせる。
「ショウめ……、やっぱり侮れねえ」
「と、とにかくもうその事はいいわっ!」
ミーシャは頬をトマトみたいに染めて強引に話を打ち切った。
彼女は見た目は純朴な少女そのものなのでこうした恥ずかしがる動作はとても様になっている。同性である事を忘れて抱きつこうかと思った程だ。
「それでやっぱりわたしにはあなたが必要なの……。時間が無いわ、協力してくれないかしら」
ミーシャが懇願するかのようにカヨに尋ねる。しかしカヨは既に返答を固めていた。
「……今、お前に着いていく事は出来ない」
「どうして!?」
声を荒げたミーシャをカヨは静かに制止させる。
「ミーシャ、私はお前を信じてみようと思う。だからお前も私を信じてくれ」
「……訳が分からないわ。一体どういう事なのよ」
「簡単な事だ。明後日にある戦闘に私は──勇者達は皆勝利する。
ミーシャ、お前はその間可能な限り魔王に関する情報を集めてくれ」
カヨの言葉にミーシャは口を閉ざす。やはり魔王軍に勝てるとは思っていないのだろう。
「ミーシャ、お前は魔王軍の本拠地が分かるのか?」
「そりゃもちろん。魔王軍に在籍してるんですもの」
カヨはニッ、と悪戯めいた笑みを浮かべた。
「一週間後、ヨトキに来い。勇者は集めておくから。それで皆で予定を合わせて──魔王軍の本拠地を叩く」
カヨのその言葉にミーシャが凍り付いた。カヨが手を振っても反応しない。
暫らく経ってようやく解凍したかと思うと、彼女は城に潜入してきた事も忘れて大声で叫んだ。
「──無謀よっ!! そんなの不可能に決まってるわ! それこそ皆殺しにされるわよ!」
「無理じゃない」
カヨはミーシャを自信満々な態度で対応する。どっしりと構えたその様子にミーシャはうろたえる。
「私は今日また強くなった……あの『棍』の勇者ダンと喧嘩してな。自分でも分かるんだ、日に日に自分の力が鍛えられていくのが……。
私だけじゃない。みんな凄いペースで成長してる」
この『みんな』には勇者達だけでなくピーターやセシローも含まれている。
「でも少しばかり強くなったところで魔王軍本部に乗り込むなんて無謀すぎるわっ!」
ミーシャが必死に反論する。その顔には魔王軍に対する畏れが見受けられた。
「どの道このままだと魔王軍との戦争は避けられないし、魔王軍の兵士達と渡り合えるのは勇者しか居ないだろう。
人類対魔王軍の戦争を未然に防ぐためにも、本部に奇襲をしかけてケリ付けるのが最善だと私は思う」
カヨの言葉にミーシャはかなり悩んでいた様子だったがやがて、
「…………分かったわ。あなたを信じてみる」
「あんがとよ」
カヨが思わず笑みをこぼす。ミーシャはカヨを再び見て、
「ただし、絶対明後日の戦いに勝ちなさいよ。そうしなければ人類はおしまいだわ」
「もちろんだ。皆にお前の事をきっちり話しておくからな」
力強く頷いたカヨに今度はミーシャが笑みを浮かべた。そしてそのまま音を立てないように扉から出ていった。
カヨは明後日に備え、今度こそ深い眠りに落ちた。




