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第十節 棒の勇者?、with他の勇者(中)

「他の勇者達はまだなのか?」


 ふとピーターが疑問を口に出す。

 この場に勇者はケヴィンとハクサイの二人。

 後はピーターと恋煩いでいつも以上に狂ったショウと、酒が入ってご機嫌な大工のおっさんだけだ。


「さあ……? 聞いた話によると余り勇者集まらなかったらしいけど……」


 ケヴィンが頭を捻る。

 後、ここに来る事が確定している勇者といえば、昼間会ったショウの思い人──『弓』の勇者ミーシャくらいだろうか。


「最近勇者が以前にも増して少なくなってきておるらしいでござるから……。

 『剣』の勇者の影響でござるかな?」


「『剣』の勇者……」


 ここでもやはり話題に出た。

 曰く金髪の涼しげな優男で、『勇者狩り』を行う孤高の勇者。

 ピーターが未だ会いまみえた事のない最強、最狂の勇者。


「僕もハクサイもまだ会った事が無いんだ……。彼、シガヒ王国の中心を基準に動いてるみたいだから。

 ……案外人が来ない理由は『剣』の勇者に会うかもしれないからじゃないかな?」


 ケヴィンは笑いながら言ったがあながち冗談とは思えない。

 それともほとんどの勇者が既に絶命しているとか──?


「なあに、拙者もケヴィン殿も特に有力な勇者でござる。

 仮に『剣』の勇者が来たとしても返り討ちにしてやるでござるよ」


 そう言ってハクサイは豪快に笑う。つられてピーターも笑った。

 虚勢かもしれないが幾分落ち着いた。ハクサイという男は中々聡明なのかもしれない。


 それから暫らくピーターは二人の有力な勇者と談話を続けた。

 大陸の西側エストー帝国や、極東ドエでの魔王軍の動き。

 勇者達はカヨや彼らのように、協力して魔王を倒すべきだという考える者と、『剣』の勇者のように最後に残った一人が魔王を倒す真の勇者だと考える者の二つに分かれるという事。

 その他魔王軍で戦った敵の情報。


 彼らの話はとても貴重な者だった。


「ううう~マチコぉ! 戻って来てくれぇぇ……」


「おやっさんしっかり!」


 後ろでは酔い潰れた大工のおっさんが泣き崩れていて、ショウが必死になだめていた。


「ショウ! いいか絶対後悔する行動をするなよ……。わしのように逃げられてからでは遅いからな……」


「おやっさん……」


 ショウの目に涙が滲む。いや、感動するところだろうか?


「うげぇ……うう……マチコ……サトシィ……」


 おっさんはずっと泣いていたが暫らくすると床で寝入ってしまった。そして使用人達にベッドへと連れていかれる。


「世話の焼けるおじさんだね……」


「忘れてくれ……」


 ピーターとケヴィンは大工のおっさんを見てそう呟いた。

 三人の会話も途絶えだし、必要過多な食事も終わった。時刻は既に八時を回っている。


「もう誰も来ないだろうし、ここらでお開きにしない? 僕としてはカヨさんに是非会ってみたいんだけど」


 ケヴィンの提案にハクサイも、ピーターも頷くが、


「ミーシャさんは必ず来ます! 僕は思いを伝えるまで帰るつもりはありません!」


 ショウは猛反発する。


「またミーシャっていう勇者には日を改めて会えばいいよ……この街に滞在してるんだろう?」


「ですが! 何か事情があるやもしれません。

 ……『剣』の勇者が絡んでいるとか」



 『剣』の勇者の名が出た瞬間、三人の男達は固まった。

 十分考えられる事だったからである。

 ミーシャは確かに会合に来ると明言していた。右手の『弓』の文字もほのかに光る、本物だった。


 ヨトキ城に向かう途中に潜伏していた『剣』の勇者に狩られた……その様子を想像し、四人は真っ青になる。


「僕探してきます!」


「あ、おい!」


 ピーターの制止も聞かずショウはタキシードを着たまま一目散に、外へと駆け出してしまった。

 ピーターは二人に向き直り、


「俺達も着替えてから行こう」


 と言った。二人もその言葉に頷く。


「じゃあ俺達もう行くんで会合は終了して下さい。

 あ、残った食事は勿体ないんで復旧作業してる市民に分けてあげてくださいね!」


 近くの使用人に早口で告げ、ピーターと二人の勇者は更衣室へと向かった。




 ショウは駆ける。

 ネオンの輝きと活気を失った虚しいブッキ町を。

 ほぼ全壊し、おおよそ人の住める状態で無い高級住宅街を。


「……いない」


 ショウは高級住宅街の片隅で溜め息を吐く。


「次はホテル街だ……間に合ってくださいよ……!」


 ショウが頭を掻くと、足をホテル街へと向けて走りだそうとしたその時だ。



「────ね! ───者……ミーシャ!」




 ほんの微かに男の声が聞こえた。そして『ミーシャ』という名も。

 それだけでショウには十分だった。


 声のする方へ。

 炭になった屋敷の角を曲がり、木材が散乱した道をくぐり、修復途中の民家を抜けて……。


「ショウくん!」


 ついにショウは声の元へ到着した。

 困惑した表情でショウを見るミーシャの向こうに複数の男の姿が見える。


「ダメだよ来ちゃ! あなたには手に負えないわ!」


 ミーシャが可愛らしい顔を歪める。困惑、驚き、焦燥……それらが入り交じった表情だ。

 しかしショウはそれを全く気にせずミーシャの前で片膝をつきくしゃくしゃになった花束を差し出す。

 タキシード姿のままなので、様にはなっている。


「貴方にこの花束と僕の思いを捧げます……下がってください、ミーシャさん。

 僕が、守ります」


 そう言い切った彼の目には今までに無い力強い輝きが灯っていた。


「おい小僧、もうガキが出歩く時間じゃねぇぞ……?」


 突然現れたショウに動じる様子もなく、敵側のリーダー格の男が睨みを利かせる。


 敵は三人か。


 銀の長髪を肩ほどでくくった、冷たい目をした男。


 全身黒ずくめで一切の表情が伺えない小柄な男。


 そして、ショウに話し掛けた短髪のいかつい隻眼の男。



「夜中に貴方方みたいな薄気味悪い男が女性を取り囲んでいるからてっきり不審者かと思いまして……」


 ショウには圧倒的な殺気を放つ三人の男に動ずる様子が無い。

 ミーシャの前で見栄を張りたい気持ちが彼に勇気を与えるのか。


「ほう。

 ならば教えてやろう。そいつは魔王の使いだ。そして我々は勇者──これでいいか?」


 隻眼の男はショウに右手の甲を見せる。



 そこにははっきりと『棍』と書かれていた。


「へえ、しかしこちらの女性にも文字が書かれています。彼女も勇者なのでは?」


 ショウが自然にミーシャの右手をとり、男達へと向ける。ミーシャは狼狽えた様子ながら抵抗はしなかった。

 やはりそこには『弓』と書かれていた。

 隻眼の男はショウの言葉にひとしきり笑うと、今度は近づいてきた。


「何がおかしいんですか……?」


 ショウは細心の注意を払いながら後ろに後ずさる。ミーシャの手はとったまま。


「我々人間側は魔王について余りにも情報が足りない。無論敵がどれほどの実力かなんて分かるはずが無い」


 隻眼の男はゆっくり、じりじりとショウとの距離を詰めようとする。


「しかし魔王側はどうだ?

 シガヒ王国やエストー帝国の要人や勢力関係から、勇者の数、強さ、思考まで熟知している……。

 それは何故だと思う?」


 隻眼の男はそこまで言って急に駆け出した。


 ショウはミーシャの手を引いて走り出す。

 が、進行方向にいつの間にか回り込んだ黒ずくめによって通せんぼを食らう。


「それはな……、裏切り者が居たからだ。自らを信じる者を欺き、魔王に心酔する不敬な輩がな」


 隻眼はショウの目の前に立つ。

 隻眼の片目は達観した穏やかさに冷徹さが見え隠れしていて……、ショウは動けなくなってしまう。


「それは例えばシガヒ王国のデモンズ将軍だったり、エストー帝国のドナン公爵だったり……。

 そして勇者内にも裏切り者がいるんだ」


 固まったショウを余所目に隻眼はミーシャの手首を掴み、引っ張り上げた。


「それがこの──『弓』の勇者だ!」


 ほとんど反射的に、ショウは行動していた。

 目の前でミーシャを捻り上げる隻眼にタックルをかました。


 しかし隻眼は動じない。


 だがショウに気を取られた隙に、ミーシャがショウから渡された花束で隻眼の顔を叩く。

 そうして怯んで一瞬緩んだ腕を振りほどき、ミーシャは隻眼から距離を取った。


「わたしはスパイなんかじゃないわ! 貴方達こそいきなり闇討ちなんてやり方が魔王軍と何も変わりないじゃない!」


 ミーシャの口から堰切って怒りの言葉が吐き出される。

 いつもは優しい表情の彼女だがこの時ばかりは顔を真っ赤にして、眉間にしわが寄っている。


「貴様が各国の重役相手に色々嗅ぎ回っている事など承知済みだ。貴様が来訪した一週間後、我が祖国は滅びた」


 対して隻眼も眼光に怒りによる鋭さを増して反論する。

 周りの黒ずくめと銀髪も同意見のようでミーシャを睨んでいる。


「わたしは只貧しい国を助けようとしただけよ! いい加減にしなさいこの──」

「ミーシャさん!」


 頭に血が昇り切ったのかミーシャが隻眼に掴み掛かろうとしたのを、ショウが無理矢理制止した。

 そしてそのまま強くミーシャの手を引き誰も立っていない方角へと走り出す。

「……させない!」


 今まで黙りこくっていた黒ずくめがショウの方へ駆ける……信じられない速さだ。



「うわっ!」



 ショウは何とか黒ずくめの一手を躱す。

 彼の武器は『爪』だった。両手の甲から鋭い五本の刄が見える。


「まだ……話は終わってない……!」


 黒ずくめは予想に反した若い青年の甘い声で、ミーシャに向け爪を煌めかせる。


「へん、貴方達みたいな物騒な人に話す事は何もありませんね……と!」


 そう言いながらショウはポケットから何かを取出し素早く黒ずくめに向けて弾く。


「──!」


 運良く黒ずくめの目に何かが当たり、地面に転がる。


 ショウが弾いたのは、先程の会合で飽きる程食べていた海老の殻だった。


「……くそ」


 黒ずくめが屈辱で声を荒げる。

 海老の殻で怯ませた隙をつき、ショウとミーシャは路地の遥か向こうを走っていた。


「追うぞ!」


 隻眼の言葉に頷き、銀髪と黒ずくめは弾けるかのごとく駆け出した。


「あの雌狐の化けの皮を剥いでやる……」


 隻眼はそう呟くと先行する二人へと向かい走り出した。



 ショウとミーシャが暗闇を駆ける。

 三人の男の中でも際立って速い黒ずくめは、未だミーシャに狙いを定め追ってくる。


「このままじゃ共倒れになります……」


 ショウが呟く。

 それについてはミーシャも同意見だった。自分は『弓』の勇者だ。せめて距離を取れれば──



「せいやっ」



「ショウ!?」


 困惑するミーシャを余所にショウは黒ずくめの前に立ち塞がる。

 黒ずくめは脇を通り抜けようとするが、そうする事は出来ない。


「無茶よ! 早くこっちに!」


「このままじゃ二人とも体力を消耗してやられます! ミーシャさんだけでも早く!」


 叫ぶミーシャよりも更に大きな声でショウが叫ぶ。

 ミーシャは身動きを取れなかった。余りに突然の事態に頭が全く回らないのだ。



「そこをどけ小僧、死にたいか……?」


「あいにく死ぬつもりはさらさら無いですね」



 黒ずくめはショウをじっと見据える。しかしショウは彼の無言の圧力に屈しなかった。


「さあ、ミーシャさんの『弓』の勇者としての実力を見せて下さいよ」


 ショウの言葉により、ミーシャはようやく跳ね上がるかのごとく駆け出した。


 ミーシャが駆けていった後もショウは黒ずくめを睨んで全く動かない。

 黒ずくめが通り抜けようとすると、ショウは黒ずくめに飛び掛かり、羽交い締めにした。



「放せ、くそ──!」



 反射的に黒ずくめはショウを振り払い、突き飛ばした。

 ショウはそのまま住宅の塀にぶつかり、倒れた。


「俺も勇者だ……一般人に手は出したくない……。

 だが、これ以上邪魔するというのなら…………、貴様も始末するぞ……!」


 黒ずくめから殺気立ったオーラが漂う。ショウはそれに一瞬臆したものの、


「言いたい事はそれだけですか? おお怖い。

 勝手な言い掛かりばかりつけてミーシャさんや僕を殺そうとしてる勇者なんて信用出来ませんねぇ」


 薄ら笑いを浮かべながら虚勢を張ってみせた。


「貴様には何も分からん……。あの女は裏切り者なのだ…………」


 黒ずくめの両爪が月明かりに照らされキラリと光る。

 その次の瞬間には黒ずくめは爪をショウの首元に押し付けていた。


 更には後方よりショウとミーシャを追っていた隻眼と銀髪が追い付いてしまった。


「俺はこいつをどうにかする……お前らはあの女を……」


 二人の男は頷くと、ミーシャの駆けた方向へ再び走っていった。ショウの顔は悔しさで歪む。


「ミーシャさんに手を出すな!」


 ショウが正面に立つ黒ずくめに再び飛び掛かる。

 黒ずくめは必要最低限の動作でそれを躱し、ショウは勢い余って石造りの地面に倒れてしまう。


「貴様はなぜそこまであの女を庇う……?」


「僕がミーシャさんを愛しているからですよ! 愛は正義! 貴方達みたいな無粋な輩には分かるまい!」


 ショウが立ち上がる。

 タキシードはボロボロになり、少しばかり体に傷がある。しかしたぎる思いは、目の輝きは増すばかり。


「粋狂な奴だ……。ならばその愛のために死んでも文句は言うまいな……!」


 月夜を背に、キラリと光る爪が嗤う。ショウの血を求めているのだ。

 黒ずくめも心なしか笑っている気がする。両爪はゆっくり黒ずくめの腰の位置まで降ろされた。


「僕は死にましぇ~ん! 愛に生きる男は悪に死なないのです!」


 ショウがきっぱり、黒ずくめを飲み込むかのごとく言った。迷いなき言葉に黒ずくめの方がたじろぐ。



「……俺は『爪』の勇者レイヴン……貴様の名は覚えておいてやろう……」



 その言葉とともに、黒ずくめの勇者レイヴンの爪が一閃し、ショウの首を跳ね飛ば──さなかった。



「大丈夫でござるか、ショウ殿……?」



 そこには結上げた黒髪が揺れる、東方の勇者ハクサイの姿があった。


 ハクサイは受け止めたレイヴンの刄をそのまま押し返す。

 圧倒的な力により、レイヴンの小柄な体は吹き飛ばされるが壁を蹴って受け身をとった。



「こっちにもいるよ」



 地面に着地したレイヴンを待っていたのは槍の洗礼だった。

 レイヴンの左胸を狙い鋭い一撃が飛び込む。咄嗟に体を捻ったが黒装束の脇が破れてしまった。


「人の恋路を邪魔するものは、槍に突かれて死んでしまえ……ってね」




 目の前の光景にショウは息を飲んだ。

 『刀』の勇者ハクサイと、『槍』の勇者ケヴィン……その真の強さが明らかになる。

 未だ放心状態のショウの肩に、誰かの手が置かれた。


「ピーターさん……!」


「大丈夫か? ショウ」


 ピーターはあくまでさり気なく、優しい笑みを浮かべて言った。


「とりあえずここは俺達に任せろ。俺とハクサイはこの場であの忍者モドキを食い止めるから。

 お前とケヴィンはミーシャを追ってくれ……!」


 ピーターのその言葉に頷くと、ショウは二人とミーシャが向かった方向へ走り出した。


「あんなのに負けないでよ、ハクサイ」


「ははは、拙者を誰と心得ておるのでござるか?」




 ハクサイの言葉にケヴィンは満足気な表情をし、凄まじい速度でショウを追い掛けていった。


「拙者は『刀』の勇者ハクサイ……いざ尋常に、勝負!」


 ハクサイは言葉と共に目にも止まらぬ速さで刀を振るう。レイヴンは易々とは行かないが、危なげなくそれを避ける。


「……俺は『爪』の勇者レイヴン。あの女は貴様らが庇うに値しない……!」


 今度はレイヴンは凄まじい速さで爪で引っ掻く、引っ掻く。小回りが利くため素早い連続攻撃がハクサイに降り掛かる。

 ハクサイは四方八方から飛んでくる引っ掻き攻撃を長刀の刄で受け流す。


「庇う価値が無い……というのは勇者にあるまじき言葉でござるな。

 それならば一般人も守る価値が無い、と言えるやも知れん……」


「一般人は弱い、守る者だ。勇者は基本的には共に戦う仲間だ……。

 だが! あの女は違う! 奴は魔王の手先たる悪に堕落した、勇者を名乗る地獄の使いだ……!」


 レイヴンは激しい剣幕と共に爪攻撃の激しさを増す。それと共にハクサイの表情からは余裕が消える。


「ならば理由を話して下さらぬか? 理由が理由ならば拙者らが剣を交える事もあるまい……」


 ハクサイは素早く距離を取ると、刀を鞘へ収めた。レイヴンもそれを見て爪を振るうのを止める。

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