第十節 棒の勇者?、with他の勇者(上)
「──ん……」
目覚めるとそこはペガサス馬車の中だった。
揺れ過ぎな車内に仄かに香る酸っぱい独特の臭い。臭いの元は気にしないでおこう。
「一体……」
「カヨさん! 目覚めましたか!」
自分でも聞こえないくらいの小さな声だったのだが、ショウには聞こえたようだ。
ショウは目を輝かせてカヨを覗き込む。
「大丈夫ですか……?」
「ああ、もう平気だ」
カヨはそう言い近づきすぎるショウを離そうと右手を伸ばそうとする。が、
「──な!!」
右手が動かない。
カヨは左手を、右足を、体をそれぞれ動かそうと試みた。
しかし体はまるで金縛りにでもあったかのように言う事を聞いてくれない。
「カヨさん……やはりまだ痺れが残ってるんですね」
ショウは哀しげに目を伏せる。
カヨは驚きで声が出ない。自分は一体どうなってしまったのか。
「僕達あれから井戸にカヨさんを引きずり出したんです。
そして必死の思いでカイナ村を捜し当ててそこで傷の手当てして貰って……。
でも蜘蛛の毒はカイナ村の設備では治療できませんでしたから……、出来ればじっくり滞在してから出発したかったんですが」
ショウは泣きそうな情けない目をしていた。カヨは可笑しくて笑おうとしたが上手く顔の筋肉が動かない。
「いい……気にするな。魔王を倒せばすぐにまた会える」
カヨはそうショウを励ました。
が、手の震えが止まらないため説得力は皆無だった。
「で、会合には間に合いそうか?」
カヨは話題を変えることにした。いつまでもシリアスなショウを見てられない。
「はい、会合前日の夕方頃には到着します、ただ──」
「ただ?」
「カヨさんは出席できないかと……」
そう言ってショウはまたうつむく。
まあカヨ自身自分でも予想できていた事なのでさほど驚かないが。
「一応延期を掛け合ってみますが……やはり時間が……」
魔王軍の使者が来るのは会合の一週間後。延期などしている時間はない。
いや、そもそも勇者同士の会合にさえ意味があるか……。
「ピーターは?」
「あそこにいます」
ショウは前の席の右側を陣取る男を指差した。
「行きにあらゆる袋という袋を使い切っちゃいましたんで……」
ショウが何とも言えない表情を浮かべる。ピーターは窓から顔を出し、リバースしていた。
「──げぇ……はあはあはあ…………うっ!」
暫らくこの状態が続きそうだ。
カヨは未だ言う事を聞かぬ体を憎々しげに見つめてから、
「会合は延期させない。私に提案があるからな」
「それはどんな?」
ショウの問いにカヨは上手く動かない顔の筋肉を使って無理矢理笑って、
「ピーターを使うんだ。お前も協力しろ」
と、はっきり言った。
ピーターはとにかく戻す事に必死でカヨの話を小耳に挟む事すら出来なかった。
・
「俺が『棒』の勇者代理!?」
国立ヨトキ大病院。ワイバーン騒動の時にも大活躍したこの病院の一室に三人はいた。
未だ体に融通が聞かないカヨはベッドの上に。二人はベッドの横に。
「それらしい事言ってりゃ何とかなるって。ショウもお供に付けるからさ」
「しかし……、俺は弱いぞ。いざという時弱さが露呈してしまったら」
ピーターは不安げにカヨを見つめる。
もともと泥棒上がりだから豪勢な場に慣れていない上に重要な役割だ。緊張して当然だろう。
「国王には無理言って聞いてもらう。私の体が治るまでの繋ぎだ。
特に魔王に関する情報収集をしっかり頼んだぞ」
カヨはそう言うとベッドに横たわった。
「私の体は使者が来るまでには治るらしいから……。それじゃ二人とも、頼んだぞ」
「あ、ちょっと!」
カヨは二人が止める間もなく寝息を立て始めた。
彼女の眠りは深く、次の医者の検診が来るまでは目覚めないだろう。
二人は互いに顔を見合わせ、溜め息をついた。
「なるほど……しかたないね」
ショウとピーターは王室を訪れていた。
王室は前の豪勢な感じから、殺風景に変化していた。
シャンデリアや煌びやかな装飾品は全て撤去。近衛兵の数も少なくなっている。
国の一大事に贅沢をしている暇は無いという事だろうか。
「勇者達のかいごうは一階を貸し切っておこなうつもりだから」
セシローは机の上の書類を猛スピードで捌きながらそう口にした。いつか見た甘ったれた国王はもういない。
「すまないな、国王。わざわざ他の勇者に連絡しといてくれるなんて」
「気にすることないよ。カヨに早く体をなおせって言っておいてね」
「勿論です」
二人がそう言い退出する時も、セシローは机の上から目を離す事は無かった。
彼も各国首脳との会議を控える身だ。本来彼らを相手する時間も無いのだろう。
「ありがとう……国王陛下」
ピーターは一人で頑張る小さな国王に敬意を表し、退出間際に小さく呟いた。
翌朝、安宿の一室。
朝食を食べ終わった二人には特にすべき事もなく。
結局会合が開始する夜六時まで、二人は街を回る事にした。
「今日こそクラブでおねーちゃんらをはべらしましょう!」
「おうよ! 今の俺は勇者代理だから何もしなくても女の子が寄ってくるはずだ!」
そう言いブッキ町に二人は足を向ける。
「何……!?」
「休業中だと……」
二人の目の前にはワイバーン騒動の中を何とか無事に耐えぬいた高級クラブがあった。
しかしブッキ町自体は壊滅的と言っても差し支えない程の被害を受けていた。
街の地面のレンガは剥がれて、建物は大体崩壊、酷いものは燃えカスになって炭しか残ってないものもある。
こんな崩壊した歓楽街にわざわざ足を運ぶ物好きはショウとピーターくらいしかいないだろう。
「みんな復旧に大忙しでしょうか」
「みたいだな。仕方ない、ここはカヨの株を上げておくか」
二人は市民達が必死に復旧を行っている住宅街に向かった。
「ピーターさん……僕すごいアイデア降ってきたんですけど」
「言ってみろ」
ショウは必死に働く市民達の……特にその内の女性を眺めて言った。
「ナンパです」
「いや~、兄ちゃん達すまないねえ。復旧作業手伝ってくれてさ」
「はは、これくらい勇者代理として当然ですから」
ショウとピーターは住宅街で木材を運んでいた。
彼らの申し出に街の人々は大喜び、これで好感度も間違いなく上がったのだが……、
(こんなしんどいなんて聞いてないぞ……)
(でも女子の好感度は間違いなくアップですよ。今晩は眠れそうにありませんね!)
ショウの根拠無い自信にピーターは溜め息を吐き、角材を大工のおっさんに渡す。
作業は昼過ぎまで続き、二人は一旦休憩をとる事になった。
「はあ……はあ……」
「もうヤダ……」
二人は勇者の使いという事で良い様にこき使われ、疲れ切っていた。
女子達はそんな二人を見てくすくす笑うものの近づこうとはしない。
「全然女の子が寄ってこないじゃないか!」
「おかしいな……」
ショウが頭を捻る。しかし全く原因が見えない。
このままではただ働きしただけである。
「貴方達もしかして勇者……?」
その時、一人の女性の声が聞こえてきた。
「はい! そうですとも!」
ショウがそう言い振り向く。
振り向いた先には美しい少女が立っていた。
赤毛をポニーテールにくくり、浮かべた笑顔に八重歯がちらつく。瞳は大きく緑色をしていて、ショウはぼへっと見とれてしまう。
しかし格好は枯草色のコートに砂色の長ズボンと、地味で女性らしさに欠けている。
背中に筒のような物を背負っていて、その中には何本かの矢。手に持つのはぼろぼろの弓。
カヨと同じくらいの年齢だろうが、カヨが年齢に比べて大人びているのに対し、彼女はあどけない印象を受ける。
「初めまして。わたしは『弓』の勇者ミーシャよ」
ミーシャはそう言うと屈託の無い笑顔で手を出した。
ショウは顔を真っ赤にし、その手を握る。ミーシャの白い手はとても暖かかった。
「貴方達もボランティアで?」
「まあそんな所だな」
ピーターがそう答えるとミーシャは嬉しそうに顔を綻ばせた。
可愛らしい少女の親しみやすい笑みを直視しきれずショウは俯いてしまう。
「嬉しいわ! わたし以外に人助けをする勇者が居たなんて……」
ミーシャは俯いていたショウとの距離を詰めると、手を取って真っすぐに見つめた。
息が掛かる程の至近距離で見つめられると流石に俯く事は出来ず……、ショウはただただ目を逸らす事しか出来ない。
「何だよショウ、らしくないなあ」
ピーターが茶化してもショウは固まって言葉を発しない。軽く息を吐くと、ピーターが、
「ミーシャちゃん他の勇者と戦った事があるのか?」
と尋ねた。ミーシャは少し指を顎に当て考え込むと、思い出したかのようにポン、と手を叩いた。
「ええ……何人か勇者と会ったけどみんな変な人ばかりで。
特に『剣』の勇者なんか──」
「ちょっと待て! 『剣』の勇者を知ってるのか!?」
「とっても変わった人だったわ……。
魔王の手下にわたしが囲まれた時颯爽と現れたかと思えば手下を全員皆殺しにして……。『貴様は弱いからまだ戦う価値がない』って言ってそのまま去っちゃったのよ。
戦う事しか頭に無い、って感じの薄気味悪い奴だったわ」
そう言ってミーシャはうんざりした表情を浮かべた。見た目によらずはっきり物言うタイプのようだ。
「貴方は何の勇者なの……?」
ミーシャがふとそう尋ねる。
「ああ、俺は勇者じゃないんだ……。俺の仲間のカヨ、って奴が勇者でさ。
『棒』の勇者なんだ、そいつ」
ピーターがカヨについて説明をすると、ミーシャは熱心に耳を傾ける。
「──という訳で今病院で療養中なんだ。まあ馬鹿みたいに丈夫な奴だからすぐに治るだろうけどさ」
「面白そうな人ね。一度会ってみたいわ」
「まあ良い奴だよ、カヨは。でさ、他に会った勇者ってのは──」
「休憩終わりだー! みんな作業に戻るぞ!」
遠くから大工のおっさんの怒鳴り声が聞こえた。周りで休憩していた市民達もみな仕事に戻る。
「じゃ、わたしは準備あるからこの辺で。夜に詳しく話しましょ」
「ああ、じゃあな」
ミーシャはピーターと放心状態のショウに大きく手を振りながら去っていった。
「ショウ、ナンパはどうするんだ?」
冷やかし半分でピーターがにやにやしながら尋ねる。
「……きる……」
「へ?」
「僕は、愛に生きる!!」
ショウは突然大声でそう叫んだ。周りが余りにもの声量にどよめき始めた。
「ミーシャさんに今晩僕はプロポーズするんだっ!」
「おい、ショウ少しは冷静にだな──」「いいぜ少年! わしはお前を応援するぞぉ!!」
なだめようとしたピーターに意外な賛同者が現れた。
大工のおっさんだ。
「ありがとうございますおやっさん!」
「そうと決まれば早速アプローチだ。花買いに行くぞ花!」
「うっす! 自分一生おやっさんに着いていくっす!!」
二人の男はそのまま復旧作業をほっぽり出してどこかへ消えてしまった。
「あちゃー、行動力だけある馬鹿かぁ。こりゃ今晩は酷い事になるなあ……、まああいつにはいい薬だろ」
ピーターは仕方なく、一人で復旧作業を手伝う事にした。
・
「緊張してくるなやっぱり……」
「ええ」「わしは普通だぞ」
今宵のヨトキ城は装いが違う。
勇者達の会合は一階の広場とエントランスを中心に行われる。
以前半壊したヨトキ城だったが、会合を前に何とか一階は修復し終わったようだ。
無い予算を捻りだしたのであろう。テーブルには豪華なディナーが並び、使用人や料理人がせわしなく働いている。
「もう他の勇者達は集まってるのかな……」
「ああやば、めちゃくちゃ緊張してきました……! 僕の思いは本当に受け入れられるのでしょうか?」
「ショウ……会合に集中しようぜ……」
ピーターは嘆息し、ついに会場に足を踏み入れようとする。
しかし、
「ああ! やっぱり入れない! 僕には無理だ!」
ショウが両手で頭を抱え膝をつき、身悶えしだした。手にしていた花束が落ちる。
「やっぱり僕みたいな男にミーシャさんみたいな天使が振り向く訳が無い! もう病院に戻ってカヨさんの世話でもしときます!」
「馬鹿野郎! 最初から諦めてどうする!?
……大丈夫、お前はわりと男前だし良い奴だ。きっとイケる!」
「おやっさん……。
分かりました! このショウ、愛を伝えに今、行きますぅ!!」
「その意気だショウ! わしとピーターが見守っとるから安心せい!!」
「ええ加減にせい!」
ピーターが舞い上がるおっさんとショウの頭を殴る。
「俺達はわざわざ告白しにここまで来たんじゃ無いんだぞ!
それと大工のおっさん! 何であんたまでここいるんだよ!」
ピーターがおっさんを指差す。ピーターもショウもまだ普段着なのに何故かおっさんだけがタキシードを着こなしてるのが腹立たしい。
無駄に似合ってるし。
「おやっさんになんて事言うんですか! この御方は僕の恋の師匠……ラブ・マスターですよ!」
「女の事ならわしに任せろ」
ピーターは怒りを通り越して呆れ、更にそれを通り越してショウをしばき倒した。
「アホかお前! こんなおっさんのアドバイス真に受けてたら成就するものもしないわ!」
「失礼だな。わしは妻と息子に──」
「アンタもう黙れよ」
「逃げられた!」
「いや全然ダメじゃん! ラブ枯れ果てちゃってるじゃん!」
おっさんはガハハと豪快に笑った。しかし瞳が潤んでいる。
そのようにピーターがエキサイトしていた所に、城の者と思われる使用人が現れた。
「『棒』の勇者代理様ですね? こちらへどうぞ」
・
「おう、よく似合ってるじゃないかショウ!」
「おやっさんこそフェロモンぷんぷんじゃないですかぁ」
タキシードを着たショウとおっさんは互いに誉め合っている。
「あんた最後までいるつもりなのか?」
ジト目のピーターがおっさんに尋ねる。
「当たり前だ! ショウの恋はわしが実らせてやる」
「邪魔にならないようにしろよ」
大工のおっさんにピーターはきつく言い聞かせた。自身は普段ブレーキ役に回る事が無いので新鮮だ。カヨの大変さもよく分かる。
「これから他の勇者達と会うんだ、あまりふざけすぎるなよ」
「はい!」「うん」
二人が了承したためピーターは更衣室から会場へと足を向けた。
エントランスには料理が所狭しと並べられていた。無論酒も多数高級なものが用意されている。
ピーターは周りを見渡し、他の勇者達がいないか確認する……。
「うめぇ! このエビうめぇ!」
「こらショウ、モテる男は行儀良く飯を食うもんだぜ! ほらナプキン使え。
……む、この場所でナプキンと言う言葉は下ネタになるかなグワハハ」
ピーターは全く緊張せずに騒ぐ二人に呆れるが、少し尊敬する。
ピーターも近くの煮物を摘む事にした。
味のよく染みた芋の煮物を食べていると、騒ぎを聞き付けたのか何人か人が集まってきた。
「何だ何だ? 騒がしいな」「拙者、こんな豪勢な飯食った事無いでござるよ……」
現れたのは二人の男性だった。
一人はカヨのよりも遥かに明るい茶髪を持った美青年。タキシードが良く似合う。
もう一人は頭が禿げているのか、後頭部にある黒い長髪を独特の結わえ方をした青年。こちらはタキシードが全く似合わない。
「あの……あんた達もしかして勇者か……?」
「うむ、いかにも。
拙者は『刀』の勇者ハクサイでござる。この国の極東のドエ出身ゆえ世間知らずな面が多々ござるがどうぞよろしゅうお願い申し奉る」
ハクサイ、と言った独特の髪型の青年は深々と頭を下げながら丁寧に自己紹介をした。
ピーターも慌てて頭を下げる。
……しかし彼の喋り方、堅苦しいが少しおかしくないだろうか?
「僕は『槍』の勇者ケヴィンさ。エストー帝国出身の一流階級さ」
ケヴィンは爽やかな笑みを浮かべにこやかに微笑んだ。どうやらこういったパーティーには慣れているらしい。
「ああ……俺はピーター。
『棒』の勇者代理さ。本人は今療養中なんだ」
ピーターがそう言うと二人の勇者は少し驚いた表情を浮かべた。
「へえ、そいつは災難だね! 『棒』の勇者ってのはどんな人なんだい?」
ケヴィンはピーターに尋ねる。
……さっきからちらちら食事を食い散らかすショウとおっさんを見ているが、彼らについては他人のふりをしていよう。
「良い奴だよカヨは。
確か十六、七歳くらいだったかな……茶髪で凛々しい顔した女の子だよ」
「女の子!?」
ピーターの説明に『女の子』という単語が現れた瞬間ケヴィンの表情が変わった。
「どんな人なんだいカヨっていう子は?
きっと『棒』の勇者っていうんだから粗暴だけど優しい、そして美しい方に違いない!」
ケヴィンは目を輝かせる。遠くにいるカヨに思いを馳せているのだろうか。
「ハハハ、ケヴィン殿は大層な女子好き故、女子と聞くと口説かずにはいられんのでござるよ」
隣でハクサイが笑いながらそう言う。
その間にもケヴィンは「カヨさん……あぁっ!」とか言いながら身悶えしている。
折角の男前と落ち着いた印象が台無しだ。




