てんぷら体験
日頃の弁当のような閉塞感が襲う。
「私のカリッとした食感がご飯の湿気で台無しだ。」
持ち主は、今日も弁当の中に、住んでいる。
「たっぷりの天つゆのてんぷら弁当なら、ちょうどいいぐらいの蒸らしになるな。」
弁当の持ち主が、たまにはてんぷらを食べたいというので、仕方なくてんぷらになることにした。今日はふだん着ている、パン粉ではなく、上質な小麦粉の衣を纏い、準備はできた。
「今日はカリッと」
「間違えた。今日はサックと仕事をかたずけに行きますか。」
近頃の憂鬱な気持ちから解放されて、今日はサックと決まるはずだった。
「今日お世話になります。天つゆです。」
「やばい」甲太は心の中で叫んだ。
「どうぞよろしく。」
「ケチャップさん、俺は浮気はしません。これは、仕事なんです。」
そんなばかなことを考えていたら、天つゆさんに心の声が聞こえてしまったのか、
「私なんかよりあっさりした、塩がいいなんて言いませんよね。」
どうしたらいいんだ。仕方がないこれも仕事の内だとあきらめた。
「あなたほど、私と合う方はおられませんよ。」
お世辞を言ったのに彼女は、ベタベタと引っ付いてくる。鬱陶しい。まるで梅雨のような奴だ。じとじと、ベタベタ。
とうとう、彼女の妖艶さに、騙されそうになった時、私は最後の良心を持って、ご飯に天つゆを押し付けた。純真なご飯が真っ黒に染まっていた。
「すまない。ライス」
私もこんな風になるところだったのか。
ふやふやになったご飯を羨ましく思いつつも、私は、最後の砦は守った。
「ふぅ。」
と、息を吐いたのもつかの間、今度は厄介にも持ち主が塩をかけようとしているではないか。
そこにどこからともなく、声が聞こえてきた。天の声だ。
「丸々株主様塩分は控えておかれた方が、お体のためですよ。」
最近の減塩ブームによって、私は救われたのか。
なんと皮肉なことか。
小さくて可愛らしい、塩さんに水分を奪われるところだった。勿論みんなのアイドル塩さんを独り占めにしたりはしないが、私はケチャップ一筋なんだ。彼女のことを思うと、油ぎれの悪い気持ちになった。
「いろんな女に色目使っちゃって。」
「お前の方がいろんなやつとあってるじゃねーか。」
昔付き合ってた、マヨネーズのことを思い出す。
「健康ブームで油物は控えろだと。ふざけるな〜」
昔のことをいろいろと思い出した。
「ヘルシー油に切り替えて、揚げ物同盟結成だ。」
「オリーブとゴマ、ナタネにココナッツオイル。」
こんな懐かしいことを思い出すなんて、俺も焼きが回ったのかな。美女二人に尻尾を伸ばして、
「俺も、モテ期が来たのかな。」
いや、そんなはずはない。こんなことを言うなんて、舌が油で、滑らかになりすぎたようだ。




