天使なカブトムシ
約束の時間よりも10分遅れて、大和親子は職員室に現れた。
美香の隣には、父親らしき男性が立っていた。昨日の電話の通り来てくれた様だ。
「美香さんのお父さんですか?」と尋ねる私の声は少し、緊張していた。2人の顔を見た刹那、一気に押し寄せてきた卒業式の出来事が記憶を突き刺す。
濃いめのジーンズを履いた男性は、「そうです」と返事をした。その瞳は右往左往していて、私の眼を見ようとしない、しかし声に何かしらの意志の強さを感じた。
身長は私よりも少し大きいくらいで、170cmあるか無いかだろう。痩せてはいるが筋肉質な体つきで、顔も30代の男性には見えない程、整っていた。けれどまさしく「今起きました」と言わんばかりの寝癖と目ヤニ具合に少し笑いかけた。それでも格好よかった。娘も美人なら親もそうなのだろう、平々凡々な容姿に生まれた境遇に少し泣きたくなった。
「美香さんも来てくれてよかったわ」と言うと、つい1ヶ月前まで小学生だった少女とは思えない無愛想な言い方で、「当たり前でしょ」と返事をした。適度に崩して着こなされた制服、スラッと真っ直ぐに肩まで伸びたストーレートな髪。恐らくこの中学校の女子達は彼女の服装や髪形を真似するのではないか、と言うほど、おしゃれで、それでいて校則を守っていた。
私はちらっと交互に、大和親子に眼をやった。にこやかに愛想を振りまく父親と、人を遠ざけるような態度の娘。だらしなさそうな父と、キチンとした娘。内心でそう繰り返し呟き、2人を見た。
私は時間に遅れてきた親子に理由を聞くことなく、出来る限り、愛想良く振りまい「生徒指導室までお願いします」と言った。
生徒指導室に着いて、私はまず話しを聞くことよりも、指導用紙を書いてもらうことにした。指導用紙とは、簡単にいえば反省文を書き、それに名前、家族との続柄を書く用紙だ。
この学校には古くからの伝統で、生徒が問題を起こし親も呼び出しをされると、生徒だけに指導用紙を書かせるのではなく、親にも反省文を書かせることになっている。これは別に話しを終えてから書いてもいいのだけれど、私はこういうことをする前の心境を知りたいので、話し合いの前に書いてもらっている。私は2人が書き終えるまでにコーヒーを入れに職員室に行くことにした。
「よぉ! どうだ、指導はしっかり出来てるか」今、最も会いたくない男と出会ってしまった。
「私に仕事を押し付けといて、三上くんは何してるんですか」不機嫌な音を鳴らしながらコーヒーを作る私に彼は英国の国旗に似たジャケットのCDを渡してきた。「何の真似ですか?」
「もし困ったら、あの親子にこれを渡してくれ」
私は開封されているのにフィルムを被せているCDを受け取り。「だから、何ですか?」ともう1度訊ねた。
「ハイロウズの『angel beetle』ってアルバムだよ」
ハイロウズって、聞いて暴れまわるボーカルのイメージしか思い出せなかった。「これを聴くと大和美香が暴力を振るったりしないんですか?」
「そんなのは、本人次第だろ。けれど、確実にいい方向に進む」三上くんは、また根拠の無い自信を前面に押し出した。
私はとりあえず歌詞カードを見ることにした。「アメリカ」という文字が目についた。
「有色人種はつぶせ 都合よくルール作れ 自分のミスは認めず それがアメリカ魂」
「これは、大丈夫なんですか」私は驚愕の表情に違いない。
「大事なことは、自分を見つめなおし、考えることだ。来週までに、『このアルバムから好きなフレーズを選んで来い』って言えよ。自分で選ぶことが重要なんだから」
「こんな刺激の強い歌、思春期の子供が聴いて大丈夫なんですか?」
「持ってくだけ持ってけよ、もしかしたら役に立つかも知れないぜ」と結局私は、無理やりCDを手につかまされる。




