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パァン。

 目の前が真っ暗になり、先程の音が銃声だと気付き、パラパラとガラス片が舞う音で、蛍光灯が割られたのだと気付く。

 俺は、身動きが取れずにいた。

 聴覚だけが冴え渡る。衣擦れの音はするが、俺の方には向かってきていない。

 少し目が慣れてきた。俺の斜め前に鳥羽の姿を確認し、振り返ってヘヴンさんの方を見ようとした瞬間、顔を殴られた。

「ぐっ」

「きゃっ」

 短い悲鳴が聞こえ、振り向いたときにはヘヴンさんはいなかった。

 一瞬見えたシルエットは篁のものだったように想う。

「ヘヴンさん!」

「……!ヘヴン殿!?」

 俺たちが叫ぶのと同時に、部屋に明かりが戻った。

 電気ランタンを持った手が、ドアを開けて入ってくる。その手の持ち主はポニーテールの小さい女の人だった。

「師匠!助けにきてくれたのでござるか?」

 鳥羽が叫ぶ。これが例の師匠か。

「咲子……!」

 驚いた事に、旭山まで絶句した。

「師匠を知っているのでござるか?」

「ああ。折井咲子、能力遣い(ファウスト・テイマー)……咲子は人のサイを自由に引き出せる。そしてその逆もまた……」

「その変な二つ名で呼ばないで」

 咲子がぴしゃりと言った。

「あと、サイって呼び方もやめて欲しいわ。それはあなただけが言っている言葉でしょう?」

「僕だけじゃない!今は仲間も……」

「仲間?彼の事かしら?」

 咲子は後ろを振り返った。そこには、無表情な篁の姿があった。足下にはヘヴンさんが倒れ込んでいる。更にその奥に、皇が壁によりかけられていた。

「篁……?」

 旭山が問うが、篁は顔を背けたまま何も答えない。

「どうして……?」

「さあ、どうしてかしら?教えて上げたら?」

 咲子は篁を振り返る。

「皇が……いや、何でもない」

 篁は言いかけて黙った。

「まあ、仲間でないあなたには話す事なんてないってことじゃないかしら?それよりも――」

 咲子は紙を突き出した。

「鳥羽君はもううちと契約してるから、残念ながらあなたの仲間にはなれないみたいね。残念ね、またひとりぼっちで」

「くっ……」

「契約っ!?何の事でござるか!?」

 旭山が顔をしかめ、鳥羽が咲子から紙を引きはがした。つたない明かりの中で顔を近付けて読んでいる。それを、俺も横から覗き込んだ。

『 NAAB lab.入会契約書


  申込者 鳥羽正次(以下「甲」とする)と

  受託者 NAAB lab.(以下「乙」とする)の会員契約を受託する。


  あなたを会員とするにあたっての条件は以下の通りです。


  第一条 この契約は乙と甲の間での入会契約となります。

      会員になるにあたって甲は乙が提供する会員施設を利用出来るものとします。

  

  第二条 次の各項に該当する場合は会員資格は剥奪されます。

      1)死亡した場合

      2)所属する部隊(*後述)の集合に無断で欠席した場合

      3)乙および関係者に著しい迷惑や損害を与えた場合

      4)乙および所属部隊の代表が会員として相応しくないとの判断を下した場合


  第三条 甲は業務上知り得た乙および関係者の秘密を漏洩しない義務を負うものとする。


  第四条 天変地異、戦争、交通機関の事故、その他の不可抗力により契約の不履行が生じた場合、乙の業務遂行、賠償責任は免責されるものとする。会員同士の損害(第三者とのトラブルに起因する損害を含む) もいかなる責任を負わないものとし、損害賠償義務を一切負わない事とする。


  第五条 甲は、乙から会員資格を剥奪されない限り、本契約を解除出来ないものとする。


  第六条 甲の所属する部隊は 折井咲子ちゃんチーム☆  とする。

                    

               平成23年5月2日

                      委託者(甲)  鳥羽正次


                      受託者(乙)  NAAB lab.』

                            


「典型的な詐欺にあってるじゃねえか!」

 俺は鳥羽から紙をひったくった。委託者(甲)の欄には恐らく鳥羽の筆跡でサインがしてある。

「まさかあの時の紙が……このようなことに……」

 これは、鳥羽が折井たちにあって力を解放するだかなんだか言われて書いてしまった紙だろう。そのときは白紙だったらしいが、後から印刷でもしたのだろう。名前を書くところも指定されたようだし、手慣れているのだろう。この方法で会員をたくさん増やしている事は簡単に想像ができた。

「しかも、第五条」

 俺は契約書を指差した。

「これ、抜けられないらしいぜ」

 鳥羽は縋るような目で俺を見、咲子を見た。

「まあ、鳥羽君、こんなの紙っぺら一枚だけだし気にしない気にしない☆」

 咲子はにこりともせずに言う。声だけがアニメみたいに大袈裟に可愛らしい。

「騙されるな」

 ほっとした顔をした鳥羽に、旭山が牽制をする。

「その契約、破ったものはどうなるか知っているか?」

 旭山が俺から契約書を取り上げるとびりびりに破いた。

「組織によって開発された能力の取り消し、組織での記憶の改竄――」

 ヘヴンさんが言っていた組織像と全く同じだった。中二病を発症した人には共通概念があるのだろうか。ヘヴンさんの方を見たが、旭山の後ろで下を向いたまま黙っている。

「それが簡単に出来ればまだマシだ。しかし、そこで使われる労働力はケチられる事が多い」

「蓮司、だらだらうるさいわよ」

「簡単な処分方法、つまり組織を抜けたものに与えられる制裁は、死だ」

 そこまで言うと、旭山は黙った。いや、黙らされたのだ。

「うるさいって言ったわよね。組織を抜けた、裏切り者の蓮司君」

 目にも留まらぬ早さで旭山は篁に口を押さえられ、額に拳銃を押し当てられていた。さすが攻撃担当を名乗るだけはある動きだ。鳥羽の相手が篁だったら敵わなかっただろう。

「篁……なぜ」

「黙れ」

 篁は拳銃をなお押し付ける。ごりごりと音がして、旭山は壁際まで後ずさった。

 その最中、旭山が手をかすかに動かすのを俺は見た。使うつもりだ、ファンクションジャンクションを。

「はっ」

 旭山の手に小さな注射器が刺さった。

「無駄な動きをしないで頂戴」

 凛とした声の方を見ると、いつ取り出したのだろうか、咲子はそれぞれの指の間に注射器を挟んで立っていた。右手の中指と人差し指の間だけ何も挟まっていない。旭山に投げたのだ。

 旭山が手を払って注射器を振り落とす。

「!?」

 何か違和感にに気付いたのか、もう一度、今度は凝視しながら手を払った。

「咲子!お前――!!!!!」

「悪いな、旭山」

 篁が銃を下ろした。

「篁……?」

「お前はもう、能力は使えない。体術だけなら俺でも勝てる」

 旭山は自分の掌を見る。指を動かし、確認してから、ゆっくりとひざまずいた。

「私の能力は、他人の能力を自在に操るもの。それはあなたも知っているはず」

 咲子はゆっくりと旭山に近づく。旭山は微動だにしない。

「ならばもっと危機意識を持っても良かったはず。あなたのそれは完全に油断から来るものよ」

 咲子はゆっくりと旭山に手を伸ばす。

「私の能力を、一部取り出して注射器に込められるようにしたの。つまり、その注射器が刺さると、能力者は能力を失う」

 旭山が顔を上げる。

 咲子の手が、旭山の頭に触れるか触れないかのところで、旭山は横に転がり飛び起きた。俺たちのいる方だ。

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