第093話:最も軽い罪
ローデン確保で得た証拠を元に、ミセリアはバルトロメウスを審問室へ呼び出す。
問うのは、反逆ではない。
最も軽く、最も逃げにくい罪だった。
王都政務院の審問室は、広くない。
壁は白石。窓は高い位置に一つだけ。机の上には、書状と封蝋見本帳と、黒革の鞄から出た白い蝋片が置かれている。
その部屋に、バルトロメウス・フォン・ガリアは遅れず現れた。
銀灰の髪を後ろへ撫でつけ、深緑の礼服を着ている。胸元の金糸の刺繍も、指輪の並びも、乱れはない。
呼び出された者ではなく、呼ばれてやった者の顔だった。
「宰相閣下。朝から騒がしいことですな」
ミセリアは椅子に座ったまま、紙から目を上げた。
「座れ」
「これは審問ですかな。それとも、貴女の確認作業ですかな」
「両方だ」
バルトロメウスは薄く笑い、向かいの椅子へ腰を下ろした。
審問室の端にはトモエリアが立っている。長刀は抜いていない。だが、壁際にいるだけで風の圧がある。
「護衛が物々しい。私は武人ではありませんぞ」
「貴殿の部下は証人を殺そうとした」
「部下、とは?」
ミセリアは白い蝋片を指で示した。
「ローデン・ヴァイス。ガリア家令室の外回り補佐官。王都倉庫局の臨時雇いにセヴラン・モルトを推薦した。未登録の白蝋を購入し、保証人欄を削った。鞄の二重底から、羽の型と削った紙片が出た」
バルトロメウスの笑みは崩れない。
「家令室の者が勝手をしたのであれば、厳しく処罰いたしましょう。名門の家に仕える者として、実に恥ずべきことだ」
「その言葉を記録する」
書記官の羽ペンが動いた。
バルトロメウスの目が、わずかに細くなる。
「宰相閣下。まさか、公爵家そのものを疑っておられるのではありますまいな。使用人の不始末で、王国に長く仕えた家を汚すのは危うい」
「貴殿本人の反逆を問う証拠は、まだない」
「ならば、この場は終わりですな」
「終わらない」
ミセリアは淡々と言った。
「今日は、最も軽い罪を問う」
バルトロメウスの指が、椅子の肘掛けを一度だけ叩いた。
「軽い罪?」
「公爵家令室の管理不行届。未登録封蝋の保管違反。官署推薦状の不正発行。王都倉庫局への不適切な人員斡旋。家令室所属者の証人隠し」
「それらは、すべて下の者が」
「下の者がした。だから貴殿の罪は軽い」
ミセリアは書状を一枚、机の中央へ置いた。
「公爵として、家令室を管理できなかった責任だ」
バルトロメウスは初めて、笑みを消した。
重い疑惑なら、戦えた。
帝国との内通。
青獅子印の箱。
白い鳥の封。
そのような大きな罪なら、証拠不十分と叫べる。王国を揺るがすなと貴族たちを集められる。
だが、管理不行届は違う。
軽い。
軽すぎる。
だからこそ、逃げにくい。
「宰相閣下。公爵家の面目もございます」
「王国法は面目を量らない」
「私を敵に回すおつもりか」
低い声だった。
トモエリアの指が、長刀の鍔に触れる。
ミセリアは一切動かない。
「脅しなら記録する。釈明なら聞く」
部屋の空気が冷えた。
バルトロメウスは数拍黙り、それから深く息を吐いた。
「よろしい。家令室の不始末については、ガリア家当主として責任を認めよう」
「処分を言い渡す」
ミセリアは次の紙を開いた。
「ガリア公爵バルトロメウス・フォン・ガリア。王都屋敷にて蟄居。期間は王命により解除されるまで。家令室の人事権、倉庫局への推薦権、官署への紹介状発行権を一時停止。ローデン・ヴァイスおよび関係者の取り調べを妨害した場合、処分を加重する」
書記官が読み上げる声に、震えはなかった。
バルトロメウスはゆっくりと立ち上がった。
「王命ですかな」
「病床の陛下に代わり、宰相権限で仮処分を出す。王印確認は後ほど取る」
「便利な権限だ」
「濫用すれば私も裁かれる。だから記録している」
ミセリアは彼を見た。
「貴殿も記録される側へ来ただけだ」
バルトロメウスの口角が、かすかに上がった。
「大谷吉継の影響ですかな。貴女は少し、言葉に棘が増えた」
「質問に関係ない」
「よろしい。蟄居を受け入れよう。王国秩序のため、ガリア家は騒がぬ」
あまりにも潔い承諾だった。
トモエリアが眉を寄せる。
ミセリアも、それを勝利とは見なさなかった。
バルトロメウスは負けを認めたのではない。
軽い傷で済ませるために、腕一本を差し出しただけだ。
「退出を許す。屋敷まで王都兵が同行する」
「監視ですかな」
「保護だ。証人を殺そうとする者がいる」
バルトロメウスは、今度こそ声を立てて笑った。
「それは心強い」
彼が部屋を出る。
扉が閉まった後、トモエリアが小さく息を吐いた。
「斬った方が早い男だな」
「斬れば、彼を敵視する理由がこちらに残る。蟄居なら、彼は自分の屋敷で動けなくなる」
「本当に動けなくなると思うか?」
「思わない」
ミセリアは白い蝋片を見た。
「だから次は、屋敷の外で動く手を見る」
トモエリアは肩をすくめた。
「貴女も吉継殿も、敵を閉じ込めてからが長い」
「短く終わる敵なら、ここまで来ていない」
ミセリアは黒印状を一枚取った。
宛先は白蝶城。
内容は短い。
ガリア公爵、蟄居。
ただし、敵は折れていない。
屋敷の外へ伸びる手を追う。
ミセリアは最後に一文を足した。
貴殿も、無理をするな。
書き終えてから、彼女はその一文をしばらく見つめた。
消す理由は、見つからなかった。
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