↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大谷吉継 転生録 〜義は滅びず、再び剣を取る〜  作者: ひさめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/136

第087話:内務庁の空白

吉継から届いた黒印状。

白い手袋の男、青い獅子の焼き印、王都内務庁の予備倉。

ミセリアは王都の紙を読み始めます。


 王都政務院の朝は、紙の音から始まる。


 扉が開く音より早く、書記官たちは席につき、昨日の命令書、今日の嘆願書、未決裁の訴状を机の上へ並べる。


 その中央に、ミセリア・イシダは立っていた。


 青い硝子の髪飾りが、淡く光を返す。


「昨日分の未処理件数」


「四十二件です」


「多い。理由を」


「北部街道の荷改め記録が遅れています。内務庁予備倉の確認も、二箇所が未提出です」


 ミセリアの指が止まった。


 内務庁予備倉。


 その語を聞いた瞬間、吉継の黒印状が机の上にあることを思い出す。


 白霧境より届いた、簡潔だが重い書状。


 白い手袋の男。


 三日月亭。


 白い丸が二つ書かれた荷札。


 青い獅子の焼き印。


 王都外れの古い馬洗い場。


 ミセリアは書状をもう一度開いた。


 吉継の筆跡は、この国の文字に変わっても無駄がない。余計な怒りはない。だが、急げという意志だけが紙の端まで染みている。


「内務庁予備倉の台帳をすべて出せ」


 書記官の一人が顔を上げた。


「すべて、ですか」


「すべてだ。青い獅子の焼き印が使われた木箱の出入りも含める」


「それは倉庫局の権限です。通常の照会では半日ほど」


「通常ではない。私の印で即時照会にする」


 ミセリアは淡々と言った。


 書記官は慌てて走り出す。


 残った者たちの間に、薄い緊張が広がった。


 ミセリアはそれを見て、少しだけ息を吐く。


 吉継なら、ここで人の顔を見る。


 誰が怯えたか。


 誰が怒ったか。


 誰が早すぎる反応をしたか。


 自分は記録を見る。


 だが、記録だけでは遅れることがある。


 それを、彼は何度も見せた。


「全員、席を立つな」


 静かな声だった。


 だが、部屋の空気が止まる。


「内務庁予備倉の照会が終わるまで、外部への使いを禁じる。急病、家の用事、別部署への確認、すべて不可」


「宰相閣下。それでは仕事が」


「仕事はここで続ければよい。外に出る理由にはならない」


 反論した男は口を閉じた。


 ミセリアは名を記録する。


 恐れたからではない。


 早く動いたからだ。


 やがて、倉庫局の副官が台帳を抱えて入ってきた。


「お待たせしました。青獅子印の木箱ですが、記録上は今月一度も外へ出ていません」


「箱の数」


「百二十」


「現物確認は」


「昨日の夕刻に完了と記録されています」


「確認者」


「倉庫局第三監督官、ベルナー・ロイスです」


 ミセリアは台帳を受け取り、ページをめくった。


 記録は整っている。


 箱数、封印、倉番の署名、確認時刻。


 乱れがない。


 乱れがなさすぎる。


「記録の眼(きろくのめ)」


 ミセリアの瞳に薄い光が宿る。


 台帳の紙面に残る魔力の跡が浮かび上がった。


 署名の墨は昨日のもの。


 だが、確認印だけが古い。


 三日前。


 同じ印を、昨日の日付の上へ重ねている。


「訂正する。この記録は偽造ではない」


 副官がほっとした顔をした。


 ミセリアは続けた。


「だが、正しい記録でもない。古い確認印を使い回している」


 副官の顔が白くなる。


「そ、それは」


「誰が印を保管している」


「ベルナー監督官です」


「呼べ」


「本日は病欠と」


 部屋の空気が、また止まった。


 ミセリアは台帳を閉じた。


 吉継の書状には、まだ証拠は細いとあった。


 細い糸。


 だが、糸の先は今、ここにある。


「病欠届を出した者」


「使いの少年です。名前は不明。門番が受け取りました」


「門番も呼べ。病欠届は保管。ベルナー・ロイスの自宅へ人を出す。少人数でよい。騒がせるな」


「逮捕ですか」


「違う。保護だ」


 書記官たちが顔を見合わせた。


 ミセリアは感情のない声で告げる。


「本当に病なら保護する。逃げたなら追う。死んでいるなら、次に死ぬ者を減らす」


 その時、扉の外が騒がしくなった。


 兵士が一人、息を切らして飛び込んでくる。


「宰相閣下! ベルナー監督官の屋敷が、今朝方から火を出しております!」


 遅い。


 いや、まだ遅すぎるとは限らない。


 ミセリアは青い硝子の髪飾りに、無意識に触れた。


 吉継なら、燃えた屋敷を見て終わりにしない。


 誰が火を見せたかったのか。


 誰が、火の前に何を運び出したのか。


 そこを見る。


「消火隊を出せ。屋敷の周囲を封鎖。焼け跡に入る者は記録する。隣家の荷車、井戸の水桶、灰を捨てた場所も調べろ」


「はっ!」


「それと」


 ミセリアは吉継の書状を折り直した。


「白霧境へ返信を出す。大谷吉継に伝えよ」


 書記官が筆を構える。


 ミセリアは一拍置いた。


 余計な言葉はいらない。


 だが、今回は少しだけ必要だった。


「糸は王都に届いた。こちらで引く。貴殿は、そちらの民を守れ」


 書記官の筆が止まる。


「そのまま、ですか」


「そのままだ」


 ミセリアは窓の外を見た。


 王都の空に、細い黒煙が上がっている。


 火は、何かを隠す。


 だが、何かが燃えたという事実だけは隠せない。


「ベルナー・ロイスを探す。生死を問わず」


 静かな命令が、政務院を走った。


 王都の紙は、すでに血の匂いを含み始めていた。


今回はミセリア視点です。

吉継の書状から、王都内務庁の記録へ火種が伸びました。


次回の展開が気になる!面白い!と思ってくださった方は、ぜひブックマークや、広告下の【☆☆☆☆☆】の評価(カクヨムなら★)での応援をよろしくお願いいたします!皆さんの応援が何よりの執筆の原動力です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。