第086話:白手袋の代金
鉄喰い鬼を誘導していた男を捕らえた吉継。
白い手袋の男へ近づくため、まずは金の流れを探ります。
捕らえた男は、地面に座らされても震え続けていた。
両手は縄で縛られている。そばには白い硝子片、鉄粉の小袋、白霧境へ向かう古い地図。
証拠はある。
だが、証拠があることと、黒幕へ届くことは別だ。
吉継は男の前に膝をついた。
「名は」
「……モーリス」
「職は」
「荷運びだ。王都から北へ行く荷を運んでいた。俺は、ただ言われた場所に袋を撒いただけだ」
カドゥが黒い盾を鳴らした。
「ただ、か。魔物を人里へ向けておいて、便利な言葉だな」
「ひっ」
「カドゥ」
吉継が短く呼ぶと、カドゥは不満げに口を閉じた。
「怖がらせすぎるな。口が閉じる」
「む。優しく脅すのは難しい」
「脅すな」
アリスティが小さく吹き出した。
「大谷殿。この黒騎士、扱いに慣れるまで苦労しそうですね」
「育てる」
「あ、断言しましたね。少し羨ましい」
場の空気がわずかに緩んだ。
その緩みを、吉継は逃さない。
「モーリス。お前をここで斬ることはできる。だが、それでは俺が知りたいことが減る」
「な、何を知りたい」
「誰が金を払った」
モーリスは唇を噛んだ。
知らない、とは言わない。
吉継はそれだけで十分だった。
「白い手袋の男は、名を名乗らなかったのだろう」
「ああ」
「では、金はどう受け取った」
「……宿だ。北街道の三日月亭。荷札を見せろと言われた。白い丸が二つ書かれた荷札だ。それを見せたら、女将が銀貨を包んで渡した」
アリスティの顔が変わった。
「三日月亭は王都商人が使う宿です。荷運びの小銭仕事には高すぎる」
「だから使ったのだろう。人目が多ければ、逆に紛れる」
吉継は地図を広げた。
白霧境。
水車小屋。
木材置き場。
そして、北街道の三日月亭。
線を引けば、一直線ではない。わざと遠回りしている。
「近道を通らなかった理由は」
「知らない。本当に知らない。ただ、白い手袋の男が言ったんだ。人の少ない旧道を使え。鉄粉は急ぐな。魔物が食い尽くす前に次を撒け、と」
「慣れているな」
アリスティが低く言った。
「一度や二度の手ではありません。魔物の歩き方を知っている」
「ああ」
吉継はモーリスの靴を見た。
泥が乾いている。
白霧境の土ではない。もっと黒く、粘る土だ。
「その白い手袋の男と会ったのは、三日月亭だけか」
モーリスは目を逸らした。
チヨネが、男の背後で小さく鼻を鳴らす。
ふん。
嘘だ。
「もう一度聞く」
吉継の声は静かだった。
「会ったのは、三日月亭だけか」
「……王都の外れだ。古い馬洗い場で会った。そこで白い硝子と鉄粉を受け取った。俺は中身も知らなかった」
「馬洗い場の近くに、誰の倉がある」
「知らない!」
モーリスは叫んだ。
だが、叫んだ直後に目が揺れた。
吉継は見逃さない。
「倉の紋を見たな」
「……青い獅子だ。青い獅子の焼き印が、木箱にあった」
アリスティが息を呑んだ。
「王都内務庁の予備倉です。民間が勝手に使える場所ではありません」
王都。
内務庁。
ミセリアの管轄に近い。
だが、だからこそ危うい。
ここで急いで騒げば、ミセリアの失点として扱われる。誰かはそれを望んでいるのかもしれない。
「モーリス。この件を黙れば、お前は使い捨てになる」
「俺を守ると言うのか」
「守るとは言わぬ。だが、王都へ送る前に、食わせ、寝かせ、話したことを紙に残す。お前が急に死んでも、口は紙に残る」
「紙が俺を守るのか」
「半分はな」
「半分?」
「残り半分は、お前が逃げずに同じことを言えるかだ」
モーリスは黙った。
泣きそうな顔だった。
カドゥが小声で言う。
「吉継。こやつ、弱いな」
「弱いから使われた」
「では、斬らぬのか」
「斬る相手は、弱い者に袋を持たせた者だ」
カドゥは少しだけ目を伏せた。
「なるほど。将は面倒だが、嫌いではない」
吉継は立ち上がった。
「アリスティ殿。傭兵団は負傷者を白蝶城へ運べ。報酬は払う。だが、今回は別に口止め料も出す」
「私たちを買収しますか」
「違う。貴殿らが余計な噂を売らずに済むだけの銭を払う」
アリスティは一拍置いて、肩を揺らした。
「嫌な言い方です。でも、傭兵には効きます」
「効く言葉を選んだ」
「そういうところですよ、大谷殿」
彼女は苦笑し、部下へ指示を飛ばした。
チヨネが吉継の袖を引く。
ふんふん。
王都へ知らせるのか。
「知らせる。ただし、ミセリア殿へ直接だ」
吉継は白い硝子片を布で包み、懐へ入れた。
白い手袋の男。
青い獅子の焼き印。
王都内務庁の予備倉。
線はつながった。
まだ証拠は細い。
だが、細い糸でも、引く先を誤らなければ敵の袖に届く。
吉継は森の向こう、王都のある方角を見た。
「今度は、王都の紙を読む番だ」
今回は、魔物誘導の裏にある「代金」と「王都の影」を追う回です。
次から、王都側の不審な動きへ話がつながっていきます。
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