第085話:白硝子の道
旧北砦跡に残された白い硝子片。
吉継は、鉄喰い鬼が操られていたのではなく、誘導されていた可能性に気づきます。
白い硝子片は、砦跡の石の隙間に埋め込まれていた。
三つ。
どれも同じ深さで、同じ向きに置かれている。
偶然ではない。
吉継は布越しに硝子片をつまみ、光へかざした。曇った白。傷が多く、飾り物には向かない。だが、鉄喰い鬼はこれを避けた。
「魔物を操る札か?」
カドゥが首を傾げる。
「違う。嫌がるものを置いて、行かせたくない場所を塞いでいる」
「なら、道を作ったのか」
「そうだ」
吉継は地面に膝をつき、土へ指を沈めた。
土魔法を薄く流す。
深く探れば魔力を食う。今は足跡だけでよい。
地面の下に残る重みが、ぼんやりと浮かぶ。鉄喰い鬼の足跡は重い。だが、同じ方向へ集まりすぎている。
アリスティが腕を組んだ。
「大谷殿。普通なら、奴らは鉄を奪い合います。ここまで同じ道を通るのは妙です」
「白い硝子で端を作り、鉄の匂いで先を引いた」
「……魔物相手に、道案内ですか。嫌な真似をする」
「人は、獣より厄介なことを考える」
チヨネが砦跡の北側へ走った。
音もなく石壁を越え、影から影へ滑る。しばらくして戻ると、袖を引いた。
「ふんふん」
急げ、ではない。
見つけた、だ。
吉継は頷き、アリスティとカドゥを連れて北側へ回った。
崩れた門の先に、細い獣道がある。道の両脇に、白い硝子片が点々と埋められていた。間隔は広い。人の目では見落とすほどだ。
その中央には、黒い粉が薄く撒かれていた。
アリスティがしゃがみ込む。
「鉄粉です。鍛冶場の床に落ちる屑に似ています」
「鉄喰い鬼の餌か」
「ええ。硝子で左右を嫌わせ、鉄粉で真ん中を歩かせる。魔物の首に縄をかけなくても、十分に誘導できます」
カドゥが低く笑った。
「面白い。犬より手間がかかるな」
「感心するな」
「悪い。少しだけだ」
吉継は獣道の奥を見た。
森が濃い。
隠れる場所が多い。
「アリスティ殿。ここで傭兵団が潰れていれば、鉄喰い鬼はどこへ流れた」
アリスティの顔から笑みが消えた。
「南です。白霧境の木材置き場と、新しい水車小屋があります」
「鉄の留め具が多いな」
「はい。人もいます」
狙いは傭兵団だけではない。
白蝶城の復興を支える木材、水車、職人。そのいずれかを噛み砕かせるつもりだった。
吉継は息を吐いた。
「魔物で倉を壊し、人で噂を立てる。青綿会の次に来る手としては分かりやすい」
「青綿会の残党ですか」
「まだ決めつけぬ。だが、この土地が立ち直ることを嫌う者はいる」
チヨネが突然、足を止めた。
小さな手が、地面の一点を指す。
そこには硝子片がなかった。
代わりに、鉄粉が濃く撒かれている。
誘導の終点。
吉継は手を上げ、全員を止めた。
「伏せろ」
カドゥがすぐに膝を落とす。アリスティも傭兵へ手で合図した。
次の瞬間、森の奥から鉄喰い鬼が飛び出した。
五体。
いや、後ろにまだいる。
鉄粉へ食いついた魔物が、互いに押し合いながら突進してくる。
「カドゥ。左の二体を止めろ。右はアリスティ殿」
カドゥが一瞬だけ吉継を見た。
「今、呼び捨てにしたな」
「戦の最中だ」
「よい。気に入った」
「喜ぶな。前を見ろ」
カドゥは笑って盾を構えた。
「承知した、吉継!」
呼び返しが早い。
吉継は少しだけ目を細めたが、止めなかった。
鉄喰い鬼が左から突っ込む。
カドゥは真正面で受けない。盾を斜めに置き、一体目の牙を滑らせる。二体目の突進へ膝を落とし、重い甲冑で押し潰す。
「怨盾返し(カース・リバウンド)!」
黒い波紋が走り、噛みついた魔物が弾けるように横転した。
右では、アリスティが短刀を投げた。
「重力不変の土」
短刀が地面へ刺さる。
その周囲だけ、土が重く沈んだ。鉄喰い鬼の前足が取られ、後続が詰まる。
「今です!」
アリスティの部下たちが縄を投げた。木棒で顎を押さえ、革紐で足を絡める。
鉄を使わない制圧。
傭兵団の意地ではない。訓練の成果だ。
吉継は森の奥を見た。
人影が動いた。
灰色の外套。白い袋。手には小さな木箱。
男は魔物の群れを見捨て、奥へ逃げようとしている。
「チヨネ」
「ふん」
チヨネの影が走る。
男の足元が黒く縫われた。
男は転び、木箱を落とした。中から白い硝子片と、鉄粉の小袋が散らばる。
「ひっ、俺は頼まれただけだ! 魔物を連れてこいと言われただけで、殺す気はなかった!」
吉継はゆっくり近づいた。
「誰に頼まれた」
「知らない! 白い手袋の男だ! 顔は布で隠していた!」
白い手袋。
カドゥの盾が、ぎり、と鳴った。
「またか。あの白い男、やはり斬っておくべきだったな」
「口が増えた。今はそれでよい」
吉継は男の木箱を見下ろした。
白い硝子。
鉄粉。
そして、白霧境へ向かう古い地図。
地図には水車小屋と木材置き場へ丸がつけられている。
証拠としては足りる。
だが、黒幕には届かない。
「アリスティ殿。この男を縛れ。殺すな」
「吐かせるのですね」
「ああ。だが、丁重に扱え。怯えた小物ほど、口を閉ざすと厄介だ」
カドゥが不満そうに唇を尖らせた。
「丁重に、か。私は優しく縛るのが下手だ」
「なら覚えろ」
「将は忙しいな」
「そうだ」
吉継は白い硝子片を一つ拾った。
ただの魔物討伐では終わらない。
この白い道は、王都の暗い場所へつながっている。
そんな予感がした。
今回は、鉄喰い鬼の異常な動きの理由へ踏み込む回でした。
カドゥと吉継の呼び方も、戦の中で少し変化しています。
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