第084話:黒騎士の初陣
旧北砦跡へ到着した吉継たち。
アリスティの傭兵団は、鉄を食う魔物の群れに追い詰められていました。
旧北砦跡は、鉄の匂いで満ちていた。
崩れた石壁。半分落ちた橋。錆びた鎖が噛み千切られ、杭の先はささくれている。
その中央で、バルシュタイン傭兵団は輪を作って耐えていた。
アリスティの声が飛ぶ。
「盾を捨てろ! 鉄を見せるな! 短刀も抜くな、噛ませるだけだ!」
傭兵たちは武器を捨て、革紐と木棒で鉄喰い鬼の突進をいなしている。だが、相手は数が多い。
鉄喰い鬼は、人の腰ほどの背丈をした、鉱石の塊のような魔物だった。顔の半分を占める口から、割れた鉄片が歯のように突き出している。
一体が落ちた鎖へ噛みついた。
ぎりぎり、と嫌な音が響く。鉄が曲がり、砕けて、口の奥へ消えた。
ミロが青い顔で言う。
「あれです。団長たち、もう半刻以上あのままです」
「よく持たせた」
吉継は素直にそう言った。
アリスティは退路を背にしていない。半分落ちた橋を右に置き、崩れた石壁を左に置き、後ろには鉄のない土場を選んでいる。
鉄を食う敵に、鉄を見せない。よほど部下を鍛えていなければ、ここまで持たない。
カドゥが黒い盾を構えた。
「行くぞ。あれなら正面から止められる」
「待て」
吉継は短く止めた。
カドゥの足が止まる。
「なぜだ」
「今突っ込めば、貴殿の鎧へ全部寄る」
鉄喰い鬼は鉄へ寄る。カドゥの黒い甲冑は、ここでは餌だ。強いからこそ、敵を集めすぎる。
「なら、私が全部受ければよい」
「受けている間に、アリスティ殿の負傷者が逃げられぬ。貴殿が勝っても、味方が潰れる」
カドゥの眉が動いた。
「……私は敵しか見ていなかったな」
「今、気づいたならよい」
チヨネが足元の影を伸ばし、砦跡の奥を指した。
ふん。
吉継はその先を見た。
砦跡の奥、落ちた石材のそばに、白い破片が光っている。魔物たちはそこへ近づかない。不自然に避け、円を描くように動いている。
やはり、ただの群れではない。
「カドゥ殿。まず右の三体をやれ」
「三体でよいのか?」
「三体でよい。十体を一度に相手にするな。貴殿は将になるのだろう。なら、敵を減らしてから勝て」
カドゥは黒い盾を握り直した。
「分かった。三体だけ、私に恋をさせる」
「言い方を選べ」
カドゥは楽しそうに笑い、砦跡へ踏み込んだ。
黒い甲冑の音に、鉄喰い鬼の頭が動く。
多すぎる。
吉継は地面へ手を触れた。
土魔法を薄く流す。魔力を深く使わない。鉄喰い鬼の足元だけ、湿った土を少し柔らかくする。
「アリスティ殿! 右へ三体、こちらで引く! 負傷者を橋の反対へ下げろ!」
疲労で顔色の悪いアリスティがこちらを見た。だが、目は死んでいない。
「助かります、大谷殿! 言われなくても、そろそろ限界でした!」
「限界を超える前に呼べ」
「傭兵は意地で飯を食う日もあるのです」
「今日はその意地をしまえ」
アリスティが笑い、部下へ合図した。
その目が、吉継の隣に立つ黒い女騎士へ向く。
「それで、大谷殿。その黒騎士は?」
「新たに召し抱えた。カドゥだ」
「……私がいるというのに、もう次の猛者ですか」
皮肉めいた声だった。
だが、目は笑っていない。カドゥの鎧の重み、盾の置き方、前へ出る気配を一目で読んでいる。
「貴殿も頼りにしている」
「先に言ってください。少し機嫌が直りました」
その間に、カドゥが盾で石を叩いた。
甲高い音が響く。
鉄喰い鬼が三体、いや五体、黒い甲冑へ向かう。
「多いぞ、カドゥ殿!」
「私の魅力が勝った!」
「喜ぶな、減らせ!」
カドゥは一瞬だけ考えた。
それから、盾を大きく振るのをやめた。黒い甲冑の左腕を後ろへ引き、右足だけを前へ出す。
盾の鉄を見せる面積を減らしたのだ。
二体が興味を失い、地面に落ちた鎖へ向かった。
残った三体だけが、カドゥへ突っ込む。
「おお、できたぞ!」
「よそ見をするな!」
一体目が跳んだ。
カドゥは真正面から受けなかった。盾を斜めに置き、魔物の口を滑らせる。鉄の歯が盾の端を削り、火花が散った。
二体目は足元へ潜る。
カドゥは踏み潰そうとして、踏みとどまった。
そこへ吉継の声が飛ぶ。
「足を上げるな。片足になれば倒される」
「ではどうする」
「膝を落とせ」
カドゥはそのまま膝を落とした。黒い甲冑の重みが、魔物の背を地面へ押しつける。
三体目が首元を狙う。
チヨネの影が走った。
影縫。
魔物の足元の影が縫い止められ、跳躍が一拍遅れる。その一拍で、カドゥの剣の腹が魔物の横面を叩いた。
砕ける音。
魔物は石壁へ飛び、動かなくなった。
残った一体が、低く跳んだ。
狙いは膝。
鎧の継ぎ目を噛み砕くつもりだ。
カドゥは盾を引かない。むしろ半歩だけ前へ出て、丸盾を低く落とした。
「怨盾返し(カース・リバウンド)」
黒い波紋が盾に走る。
鉄喰い鬼の牙が盾へ食い込んだ瞬間、衝撃が遅れて押し返された。
魔物の体が跳ねる。
鉄喰い鬼は口を開いたまま地面を転がり、動かなくなった。
「斬らなかったぞ!」
「今のはよい」
カドゥの顔がぱっと明るくなる。
だが、吉継はすぐに言葉を重ねた。
「喜ぶのは後だ。次を見る」
「将とは忙しいな」
「そういうものだ」
アリスティの傭兵たちが負傷者を下げ始める。輪が崩れる直前に、チヨネの影が空いた隙間を縫った。
吉継は半分落ちた橋を見た。
橋の下は空堀のように落ち込んでいる。鉄喰い鬼は重い。足場を崩せば、まとまって落とせる。
「アリスティ殿。重力不変の土は、投げた短刀にも乗せられるか」
「できます。手を離した後は長く持ちませんが」
「長くなくていい。橋へ刺さる一瞬だけで足りる」
アリスティはすぐに察した。
「落ちかけた橋に、重さを叩き込むのですね」
「そうだ。ミロ、傭兵を橋から離せ」
「はっ!」
アリスティが腰の短刀を抜いた。
「重力不変の土」
短刀の刃に、鈍い土色の魔力がまとわりつく。
細い刃が、見た目に合わぬ重さを帯びた。
吉継は刀を抜かず、石を拾って鉄喰い鬼の群れへ投げた。石に巻いた細い鉄線が、朝日に光る。
鉄喰い鬼の頭が一斉に向いた。
「来るぞ」
群れが走る。
カドゥが前へ出ようとした。
「止まれ」
吉継の声に、カドゥは歯を食いしばって止まった。
次の瞬間、アリスティが短刀を投げた。
刃は橋の割れ目へ吸い込まれるように飛ぶ。
刺さった瞬間、橋全体が下へ引かれた。
短刀一本とは思えぬ衝撃が、橋の腹を打った。
そこへ先頭の鉄喰い鬼が橋の手前を踏む。
足が沈んだ。
後ろの魔物がぶつかる。重みが重なり、半分落ちていた橋が悲鳴のような音を立てた。
ばきり、と石が割れる。
鉄喰い鬼の群れが、まとめて下へ落ちた。
土煙が上がる。
その中から、まだ数体が這い上がろうとする。
吉継はカドゥを見た。
「今だ。落ちた敵だけを押さえろ。追いすぎるな」
「承知した!」
カドゥが黒い盾を掲げ、崩れた橋へ駆けた。
今度は、ただ突っ込むだけではない。
落ちた敵。
這い上がる敵。
負傷者へ向かう敵。
彼女の目が、一瞬ずつそれらを見分けている。
吉継は小さく頷いた。
一歩ではない。
今日は、確かに十歩ほど進んだ。
その時、チヨネが白い破片のそばにしゃがみ込んだ。
ふん……。
嫌なものを見つけた音だった。
吉継が近づくと、砦跡の石の隙間に、白い硝子片が三つ埋まっていた。
ただ落ちているのではない。
等間隔に置かれている。
まるで、魔物をここへ集め、それ以上奥へ行かせないための境目のように。
吉継は白布の下で息を止めた。
敵は、魔物を操っているのではない。
魔物の嫌うものを置き、進む道を選ばせている。
「……獣を追う猟師の罠に似ているな」
アリスティが隣に立った。
「大谷殿。これは、魔物討伐では終わりませんね」
「ああ」
吉継は硝子片を布で包んだ。
「誰かが、魔物に道を教えている」
今回はカドゥの初陣です。
強いだけでなく、敵と味方と地形を見る黒騎士へ育つ第一歩になりました。
アリスティの短刀を使った重力魔法も、かなり戦術らしい見せ場になっています。
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