第083話:傭兵団からの救援
カドゥを家臣に迎えた白蝶城。
そこへ、アリスティ率いるバルシュタイン傭兵団から救援要請が届きます。
白蝶城の朝は、怒号から始まった。
「門を開けろ! バルシュタイン傭兵団だ! 団長から急ぎの書状を預かっている!」
城門の外で、馬が荒い息を吐いている。門番が槍を構えたまま振り返ると、カドゥがすでに門前に立っていた。
黒い甲冑。長い黒髪。朝日を受けた赤紫の瞳。
昨日までいなかった女騎士が当然のように門を塞いでいるものだから、門番の方がまだ慣れていない。
「止まれ。名を言え」
「バルシュタイン傭兵団、伝令役のミロだ! 名乗ったぞ、通してくれ!」
「通すかどうかは私が決める」
「あんた誰だよ!」
「昨日からここの黒騎士だ」
「昨日から!?」
伝令の声が裏返った。
カドゥは少し嬉しそうに胸を張る。
「そうだ。新鮮だぞ」
「カドゥ殿。伝令を困らせるな」
吉継が城門へ出ると、伝令の若い傭兵は泥だらけの顔を上げた。肩口の革鎧が裂け、血が乾いて黒くなっている。
軽傷ではない。だが、命に関わるほどでもない。
敵は、殺すより先に走らせた。
吉継はそう見た。
「書状を」
「はっ」
ミロは震える手で封を差し出した。封蝋は潰れかけているが、バルシュタイン傭兵団の印は残っている。
吉継は封を切った。
中の文字は、アリスティらしく短かった。
旧北砦跡にて魔物群と交戦。
数は二十から三十。
鉄を食う。
武器を折る。
退かせても戻る。
討伐依頼ではなく、救援を求む。
最後の一行だけ、筆圧が深い。
こちらの判断では、これはただの魔物ではありません。
吉継は目を細めた。
アリスティは大げさな女ではない。金の計算では皮肉を言うが、戦場の危機を飾る性格ではない。
「何が出た」
ミロは唾を飲んだ。
「鉄喰い鬼です。普通なら山奥で朽ちた鉄を漁る魔物で、人里へ降りることは少ないはずなんですが……今回は群れています」
「群れるのが珍しいのか」
「珍しいどころじゃありません。あいつらは奪い合うんです。鉄を見つければ、仲間同士でも噛み合う。なのに今回は、固まって動いている」
ロウエンが遅れて駆けつけた。
「旧北砦跡ですか。あそこは使われていない倉道に近い。魔物が南へ流れれば、材木置き場と新しい柵が危ない」
「アリスティ殿の残り兵は」
「団長を含めて十二名。うち四名が負傷。重い武器は使えません。鉄喰い鬼に噛まれると、刃が欠けるどころか、鎖ごと持っていかれます」
ミロは悔しそうに拳を握った。
「団長は、退くなら今しかないと。けれど、退いたら魔物が白霧境へ流れる。だから踏み止まると」
「らしいな」
吉継は書状を畳んだ。
アリスティは傭兵だ。契約が切れている以上、逃げても責められない。だが、あの女は逃げなかった。
金ではなく、土地と人の顔を覚えてしまったのだ。
「救援に出る」
ロウエンが顔を上げる。
「兵を何人出しますか」
「多く出せば城が空く。城門と学び舎の守りを薄くするわけにはいかぬ」
白い硝子の杯。
あの名が実在するかどうかはまだ分からない。だが、学び舎を狙った手が残っている以上、全軍を外へ出すのは愚策だ。
吉継はカドゥを見た。
「カドゥ殿。初仕事だ」
カドゥの顔が一瞬で輝いた。
「ついにか。よし、どこを潰す」
「潰す前に見る。鉄喰い鬼の動き、数、退路、誰がどこで崩れそうか。まずそれを覚えろ」
「うむ。見てから潰す」
「潰すなと言っているわけではない。順を間違えるなと言っている」
カドゥは真剣な顔で頷いた。
「順。見る。守る。必要なら潰す」
「それでよい」
チヨネが城壁の陰から現れた。黒い影が足元で小さく揺れている。
ふんふん。
自分も行く、と言っている。
「チヨネは同行だ。だが、正面ではなく周囲を見る。白手袋の男の件もある。魔物だけを見ていると、別の手に足をすくわれる」
チヨネは小さく頷いた。
エルネは記録板を抱えて駆け寄る。
「私は残ります。学び舎と雇用契約の写しを洗います。偽名で人を求めた者がいれば、必ず拾います」
「頼む。ロウエン、城の出入りを絞れ。門は二つにする。荷は中身を見ろ。ただし民を怒鳴るな。不安を増やせば、敵の思うつぼだ」
「承知しました」
吉継は最後に、ミロへ視線を戻した。
「案内できるか」
「できます。ですが、道は荒れています。鉄喰い鬼が杭や鎖を食ったせいで、古い橋が半分落ちています」
「なら、落ちた橋を敵にも使わせる」
ミロは意味が分からないという顔をした。
カドゥは嬉しそうに笑った。
「私は少し分かったぞ。落ちた橋は、落ちる場所だな」
「そうだ。敵が落ちる場所にする」
「よし。私は考えている。将に近づいたか?」
「一歩だけな」
「一歩か。では、今日は十歩進む」
吉継は白布の下でわずかに笑った。
悪くない。
武力はある。怒りもある。だが、考える気もある。ならば、育つ。
平将門の魂を宿す黒騎士を、ただの恐ろしい魔物として終わらせるつもりはない。
吉継の家臣となった以上、彼女にも勝たせる責任がある。
その時、ミロがふと思い出したように口を開いた。
「そうだ。団長が、もう一つ伝えろと」
「何だ」
「鉄喰い鬼ども、鉄なら何でも食うはずなのに、砦跡の奥に落ちていた白い硝子片だけは避けていたそうです」
空気が、わずかに冷えた。
チヨネの影がぴたりと止まる。
ロウエンの目が、机の上にある封書の方角へ向いた。
吉継は表情を変えなかった。
白い硝子。
また、その色か。
「分かった。現地で見る」
断定はしない。
証拠はまだない。
だが、偶然を二度見た時は、三度目を疑う。
吉継は刀を腰に差した。
「出るぞ。アリスティ殿を死なせるな。魔物を白霧境へ入れるな。ついでに、その白い硝子片も拾って帰る」
カドゥが黒い盾を肩に担ぐ。
「初仕事にしては、なかなか欲張りだな」
「欲張らねば守れぬものが多い」
「なら、私は欲張りな家臣になる」
チヨネが、ふんふん、と強く鳴いた。
競うような音だった。
吉継は二人を見て、静かに頷いた。
白蝶城の門が開く。
朝霧の向こう、旧北砦跡へ続く道が伸びていた。
今回はアリスティ救援編の始まりです。
カドゥの初仕事、そして白い硝子の違和感が次の戦場へつながります。
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