第079話:黒騎士の扱い
白霧境学び舎を襲った黒楡商会。
ケイブとカドゥは敵を制圧しながら、学び舎の中にいる子供たちを守ろうとします。
礼拝堂の前で、黒い甲冑が回った。
首を狙う刃ではない。
カドゥは長剣の腹を使い、黒楡商会の男を肩から叩き伏せた。骨の折れる音はしたが、首は落ちていない。
「加減したぞ、ケイブ!」
「声がでかい」
「褒められると思ったのだが」
「後でな」
ケイブは短く返し、礼拝堂の壁際へ走った。
敵はまだ三人。
一人は表門側でロウエンたちに押さえられている。残る二人は礼拝堂の裏へ回り、煙で中の子供たちを出そうとしていた。
火を使わせるわけにはいかない。
中にはチヨネがいる。影は火に弱い。子供たちも煙を吸えば動けなくなる。
ケイブは水袋を投げた。
「黒騎士、踏め!」
「黒騎士ではない。カドゥだ!」
文句を言いながら、カドゥは水袋を踏み潰した。
水が地面に広がる。
ケイブは指を低く振り、水を細い筋へ変えた。水は泥と灰を巻き込み、火種を持つ男の足元へ走る。
「何だ、これ」
男が足を取られた。
火皿が傾く。
そこへ、ケイブの矢が飛んだ。
矢は腕ではなく、火皿の柄を射抜く。火皿は男の手から落ち、濡れた土の上でじゅっと鳴った。
「火は消えた。次はお前だ」
ケイブが踏み込む。
短刀の背で手首を打ち、膝を蹴る。
男が倒れたところへ、カドゥが盾を置いた。
盾の縁が喉元に近い。
「動くな。私は今、我慢を覚えている途中だ」
「ひっ」
「よい返事だ」
ケイブはもう一人を見た。
その男は、袋を背負っていた。
縄。目隠し布。口を塞ぐ布。小さな木札。
攫うための道具だ。
ケイブの目が冷えた。
「逃げるな」
男は逃げた。
当然だ。
ケイブは追わない。矢を一本、男の前へ射った。
男が反射で足を止める。
その足元から、黒い影が跳ねた。
礼拝堂の戸の隙間から伸びたチヨネの影だった。影は男の足首を縫い、地面へ貼りつける。
「ふん!」
戸の向こうから、勝ち誇った鼻鳴らしが聞こえた。
「上出来だ」
ケイブは思わず言いかけた。
言葉を飲み込む。
その声色は、大谷吉継のものだった。
かわりに、喉を少し低く作る。
「助かった。中の影使い、いい腕だ」
「ふん……?」
チヨネの反応が、少しだけ不審そうだった。
危ない。
ケイブは敵へ近づき、袋を剥ぎ取った。
「誰の指示だ」
「し、知らない」
「なら袋の中身を一つずつ口に出せ。縄、布、木札。子供をどうするつもりだった」
男は黙った。
カドゥが横から覗き込む。
「黙る口は、必要か?」
「必要だ。喋らせる」
「なら少しだけ痛めよう」
「少しの基準を後で決める」
「今決めてもよいぞ」
「今は黙れ」
カドゥは嬉しそうに口を閉じた。
扱いにくい。
だが、従う。
ケイブは男の襟を掴んだ。
「ダリムはどこだ」
「知らない、本当に知らない! 俺たちは学び舎の子を十人連れ出せと言われただけだ! 名前の木札を持つ子から優先しろと」
ケイブの眉が動いた。
「名前の木札?」
「字を書けるやつは高い。帳面を読めるやつはもっと高い。そう言われたんだ!」
礼拝堂の中で、息を呑む音がした。
ケイブは一瞬だけ、戸の向こうを見た。
学ばせたから狙われた。
だが、学ばせなければ、もっと安く買われていた。
どちらが正しいかではない。
狙う者を潰すしかない。
「ロウエン!」
ケイブは表門へ声を飛ばした。
「生きている敵を集めろ。袋と木札も全部だ。黒い楡の印があれば別に分けろ!」
「あんた、俺に命令するのが自然すぎないか!」
ロウエンが怒鳴り返した。
もっともな疑問だった。
ケイブは舌打ちを隠す。
「白蝶城に貸しを作る気で来たんだよ。働いた分は請求する」
「請求書は書き屋へ回せ!」
「インク壺代も込みでな」
「話が早いな、くそっ!」
ロウエンの声には苛立ちがある。
だが、動きは止まらなかった。
表門側で兵たちが敵を縛り、壊れた荷車から袋と木札を引きずり出す。
礼拝堂の戸が、少しだけ開いた。
エルネが隙間から顔を出す。
「外は安全ですか」
「まだ開けるな。中の数は」
「十一人。変わりません」
「よし。しばらくそのまま。開ける時は、外の者が名前を呼んでも開けるな。合図を決めろ」
「合図?」
エルネは眉を寄せた。
「今、決めます。私が聞きます。外の人は、今日壊れた物を答えてください」
「インク壺だろ」
「値段まで言えたら開けます」
「知らねえよ」
「なら開けません」
戸の向こうで、子供たちが小さく笑った。
ケイブは鼻で息を吐く。
「強いな、書き屋」
「弱いから、こうして戸を閉めているんです」
返事は早い。
恐怖はまだ残っている。それでも、言葉が死んでいない。
ケイブは頷いた。
「それでいい」
その時、カドゥが荷車の前で固まっていた。
彼女の足元に、黒い楡の木札が落ちている。
カドゥの笑顔が消えた。
赤紫の瞳が、夜の中で細く光る。
「この印だ」
声が低い。
「私の首を箱に詰めて笑った者たちも、この印を持っていた」
黒い霧が、鎧の隙間から漏れる。
表門の兵が後ずさった。
ロウエンも顔をひきつらせる。
「お、おいケイブ。その女、本当に味方か」
ケイブは一歩、カドゥの前へ出た。
「今は味方だ」
「今は、って言ったぞ」
「嘘はつかない主義でね」
カドゥがケイブを見た。
「止めるのか」
「止める。ここで暴れれば、中の子らが怯える」
「……子らが」
その言葉で、カドゥの霧が少し薄くなった。
ケイブは声を落とす。
「怒りは使え。だが、見せる相手を選べ。ここは敵の首を並べる場所じゃない。名前を書いた子供を守る場所だ」
カドゥは黙った。
やがて、剣を肩へ担ぎ直す。
「分かった。なら、後で怒る」
「そうしろ」
「その時は止めるな」
「必要なら止める」
「貴様は本当に注文が多い」
言いながらも、カドゥは笑った。
表門の兵たちは、その笑顔を見てさらに困惑している。
当然だ。
黒甲冑の女が、さっきまで怨念を漏らしていたのに、今は明るく笑っている。
説明が難しい。
ケイブはロウエンへ向き直った。
「この女は、黒楡商会に恨みがある傭兵だ。詳しく聞くな。聞くなら大谷吉継に聞け」
「領主様に?」
「ああ。オレから話を通しておく」
「あんた、やっぱり何者だ」
「白蝶城に小さな借りがある冒険者」
「小さくないだろ、今夜のこれは」
「なら請求も少し大きくする」
ロウエンは頭を抱えた。
その横で、チヨネが戸の隙間から半分だけ顔を出していた。
目が、じっとケイブを見ている。
ケイブは視線を合わせない。
合わせれば、読まれる。
「影使い」
「ふん」
「中を守った。大谷吉継に、そう伝えておけ」
チヨネは首を傾げた。
「ふん……?」
問いかけ。
だが、ケイブは答えない。
外套の襟を上げ、背を向けた。
「ロウエン。証人と押収物を白蝶城へ。子供たちは朝まで動かすな。黒楡商会は、まだ諦めていない」
「あんたは?」
「ダリムを追う」
カドゥが即座に並ぶ。
「私も行く」
「来ると思った」
「置いていけば怒るぞ」
「置いていかなくても怒るだろ」
「それはそうだな!」
カドゥは声を上げて笑った。
ケイブは歩き出す。
白霧境の鐘は、ようやく止まりかけていた。
だが、夜は終わっていない。
ダリムはまだ、どこかで次の荷車を動かしている。
学び舎の戸の向こうで、子供が自分の木札を抱きしめている気配がした。
ケイブは振り返らない。
振り返れば、吉継の顔になってしまう。
だから、灰色の外套の男として夜へ戻った。
守っただけでは足りない。
狙った者を、次は追い詰める。
今回は学び舎襲撃の決着と、カドゥを表向きどう扱うかの回です。
ケイブとして動く吉継は便利ですが、身内に声や判断を読まれ始めています。
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