第74話:鎖の奥の黒楡
洞窟奥から聞こえた鎖と人のうめき声。
ケイブとカドゥは一時的に手を組み、黒楡商会が隠していた場所へ踏み込む。
鎖の音は、洞窟の奥から規則正しく響いていた。
一度鳴る。
少し間を置いて、また鳴る。
逃げようとしている音ではない。
誰かが、逃げる力も残らぬ者を引きずっている音だ。
「案内しろ、カドゥ」
ケイブは短剣を握り直した。
首なし騎士は、胸甲の奥で低く笑う。
「命令か」
「依頼だ。報酬は、お前の首の手がかり」
「よい。報酬が首とは、実に分かりやすい」
「オレの首じゃねえぞ」
「それは残念だ」
「本気で残念がるな」
軽口を交わしながらも、二人の足音は抑えられていた。
洞窟は途中から鉱山跡へ変わる。壁に木枠が打たれ、古い支柱には焼き印が残っていた。
黒い楡の葉。
ケイブは指先で焼き印をなぞる。
「商隊じゃなく、ここを倉にしてやがったか」
「私を殺した者たちは、この奥へ箱を運んだ」
「首入りの箱か」
「ああ。私の首を入れた箱だ。丁寧に布で包んでいた。殺す時より丁寧だったぞ」
カドゥの声は平らだった。
だが、鎧の隙間から黒い霧が漏れている。
怒っている。
その怒りを、まだ剣に変えていないだけだ。
通路の先に灯りが見えた。
ケイブは膝をつき、石灰粉を指で床へ落とす。粉は入口側へ流れず、奥へ吸われるように揺れた。
「風が奥へ流れてる。別の出口があるな」
「逃げ道か」
「商人は逃げ道が好きだ。責任も荷も置いて逃げる」
カドゥの胸甲が軋んだ。
「裏切り者らしい」
「怒るのは後だ。今暴れりゃ、中の生き残りが巻き込まれる」
「私は待つのが嫌いだ」
「知ってる。だから前に立て。斬るのは、オレが合図してからだ」
カドゥは少しだけ黙った。
「貴様、私を使うのが早いな」
「使えるものは使う。高い報酬を払う気はないがな」
「ふふ。嫌いではない」
奥の広間には、三人の男がいた。
黒い外套。革鎧。腰には短剣。商人というより、荷を黙らせるための護衛だ。
床には冒険者が五人、鎖でつながれている。全員生きていた。傷は深いが、首はある。
壁際には木箱が四つ。
その一つに、赤黒い封蝋が押されていた。
黒楡商会の印。
「早く運べ。首なしがまた騒ぎ出す前に出るぞ」
「冒険者はどうする」
「二人は使える。残りは足手まといだ。鉱山奴隷に流す」
「女騎士の首は?」
「本隊が先に持っていった。ここに残っているのは、兜と鎧片だけだ」
カドゥの鎧が、ぎしりと鳴った。
ケイブは左手を軽く上げる。
待て、の合図。
カドゥは止まった。
止まったが、黒い霧が床を這い始める。
「誰だ」
外套の男が振り向いた。
ケイブは石を蹴った。
音が右の壁で跳ねる。
三人の視線がそちらへ流れた瞬間、カドゥが前へ出た。
黒い鎧が、灯りを潰すように広間へ滑り込む。
「首を売った者は、どこだ」
男たちの顔から血の気が引いた。
「で、出た!」
「違うな」
ケイブは背後から弓を拾い、矢を番えた。
「出したんだよ。お前たちがな」
最初の男が短剣を投げた。
カドゥの円盾に当たり、黒い波紋が広がる。
怨盾返し(カース・リバウンド)。
反動が男の腕へ返り、肩が跳ねた。男が悲鳴を上げるより早く、カドゥの長剣が柄頭で腹を打つ。
殺していない。
吉継の合図を守っている。
「よい。我慢できているぞ、私」
「自分で褒めるな」
ケイブは二人目の足元へ矢を放つ。水をまとった矢が床で弾け、濡れた石を薄く覆った。
男の足が滑る。
そこへカドゥの盾が横から入った。男は壁へ叩きつけられ、息を失う。
三人目は人質へ走った。
「動くな! こいつの首を」
言い終える前に、ケイブの土魔法が床を盛り上げた。
野面土壁。
男と冒険者の間に低い土の壁が立つ。
首へ向かった短剣は壁に刺さり、止まった。
「首、首、首。流行ってんのかね」
ケイブは低く言い、男の膝へ矢を撃った。
男が倒れる。
カドゥがその首元へ剣を置いた。
「斬ってよいか」
「まだだ。口がいる」
「口は首についている。便利だな」
「便利だから残すんだよ」
冒険者の一人が、かすれた声で笑いかけ、すぐ咳き込んだ。
ケイブは鎖を調べる。
鍵は男の腰。外して、まず一人、次に二人。全員の手首を緩める。
「歩ける奴はいるか」
「……二人だけ」
「上等だ。歩ける奴は歩けねえ奴を支えろ。死にたくないなら、黙って息をしろ」
冒険者の女が、震える手でケイブの袖を掴んだ。
「あのデュラハンは」
「今は味方だ。たぶんな」
「たぶん?」
「オレの首が残ってる間は信用していい」
カドゥが胸の奥で笑った。
「安心しろ。今は、まだ取らぬ」
誰も安心しなかった。
ケイブは木箱を開けた。中には帳面、古い紋章布、兜の欠片、黒い楡の焼印木札が入っていた。
帳面の端に、見覚えのある名がある。
白霧境学び舎。
十名。
支度金、前渡し、回収予定。
「……なるほど」
ケイブの声が低くなった。
学び舎を狙った商隊は、偶然ではない。
この洞窟は、首や人を一度隠し、別の道へ流すための場所だった。
カドゥの首も、冒険者も、白蝶城の学び舎の者たちも。
同じ帳面の上では、荷にすぎない。
「おい」
ケイブは倒れた男の髪を掴み、顔を上げさせた。
「この帳面の本隊はどこへ行った」
「し、知らねえ。俺たちは荷を預かるだけで」
カドゥの剣が、首筋の皮一枚を浅く切った。
男が悲鳴を上げる。
「よい声だ。だが、まだ浅い」
「カドゥ」
「分かっている。斬らぬ。……少しだけだ」
「少しの基準を後で話し合おうな」
男は泣きながら叫んだ。
「北の石切り場だ! そこから川船に乗せる! 首の箱も、女も、若い働き手も、全部だ!」
北の石切り場。
黒楡商会は、まだ逃げていない。
ケイブは帳面を懐へ入れた。
「カドゥ。首の匂いは追えるか」
首なし騎士の断面を覆う黒い霧が、北の方へ細く流れた。
首還り(ヘッドレス・リコール)。
「追える」
「なら行くぞ」
「命令か」
「依頼だ。報酬は、お前の首」
カドゥは長剣を肩に担ぐ。
「よい。今度は、少しだけ信じてやる」
洞窟の奥で、黒い霧が北へ流れた。
ケイブは救い出した冒険者たちを一度振り返る。
生きている。
なら、次は奪われたものを追う番だ。
今回は、ケイブとカドゥの初共闘回です。
カドゥはまだ危険な存在ですが、黒楡商会への怒りという一点では吉継と利害が一致しています。
救出された冒険者、白霧境学び舎の名が書かれた帳面、そして北の石切り場。
カドゥの首を追う道が、黒楡商会の人材狩りともつながってきました。
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