↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大谷吉継 転生録 〜義は滅びず、再び剣を取る〜  作者: ひさめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/80

第73話:首なき反逆者

黒鐘洞窟の奥で、ケイブは首なき女騎士と対峙する。

首だけを奪うデュラハン。その正体は、裏切られて首を奪われた騎士団長だった。

 黒鐘洞窟の中は、湿った鉄の匂いがした。


 ケイブは壁に指を滑らせる。岩肌には古い鉱石の筋が残り、足元には壊れた矢筒と割れた盾が落ちていた。


 荷は残っている。


 金具も、干し肉も、水袋もある。


 盗賊ではない。


 魔物なら食えるものから荒らす。だが、ここに残る痕は、首だけを狙った刃のものだった。


「首を刎ねる趣味にしちゃ、ずいぶん几帳面だな」


 ケイブは軽く言った。


 返事の代わりに、奥から鎧の音が近づいてくる。


 がしゃり。


 がしゃり。


 暗闇から現れたのは、首のない女騎士だった。


 黒い甲冑はところどころ砕け、胸甲には古い紋章が削り取られている。右手には、刃の幅が広い長剣。左腕には円盾。腰から下は女のものと分かるしなやかさを残しているのに、全身の圧は城門のように重い。


 首はない。


 だが、声は胸の奥から響いた。


「返せ」


 低く、掠れた女の声だった。


「何をだ。金なら持ってねえぞ」


「首を」


 長剣が、洞窟の壁を浅く削った。


「私の首を、返せ」


 その瞬間、女騎士の足元から黒い気力が噴き上がる。


 魔力ではない。


 オーラに近い。だが、生者の熱ではなく、冷えた怒りを鎧に流し込んだような力だった。


 ケイブは横へ跳ぶ。


 刃が、今まで頭のあった高さを通った。


 首を狙っている。


 癖ではない。執着だ。


 ケイブは弓を引き、矢を一本放った。矢は女騎士の肩へ向かったが、円盾が弾く。音が重い。鉄板ではない。気力で内側から固めている。


「固いねえ。安物の矢に優しくない女だ」


「返せ」


「会話が安い。こっちは命を賭けて聞いてるんだ。もう少し言葉を足せ」


 女騎士が踏み込んだ。


 速い。


 重い鎧のはずなのに、踏み込みの初速だけが異常に鋭い。平地なら受けきれない。


 だから、洞窟を使う。


 ケイブは石灰粉の袋を裂き、足元へ散らした。白い粉が湿った床に薄い線を作る。


 女騎士がその線を踏んだ瞬間、ケイブは土魔法で床をわずかに盛り上げた。


 野面土壁のづらどへき


 壁というより、足元の石を一つ噛ませるだけ。


 女騎士の踏み込みが、半歩だけ浮いた。


 ケイブはその隙へ水をまとわせた矢を撃つ。水矢束流すいやそくりゅうが一点にまとまり、兜のない首元、鎧の断面を叩いた。


 女騎士の体が揺れる。


 だが倒れない。


「……痛い」


 胸の奥の声が、少し震えた。


「今のは痛い。よい。まだ私は、斬られる側に戻れる」


「おいおい」


 ケイブは顔をしかめた。


「そういう喜び方は、酒場でやってくれ。こっちは笑いづらい」


 女騎士が笑った。


 首がないのに、笑い声だけが洞窟の奥へ反響する。


 その笑いが、急に止まった。


「だが、首は返せ」


 刃が横へ走る。


 ケイブは弓を捨て、短剣を抜いた。受けない。受ければ腕ごと持っていかれる。


 一歩下がり、壁際へ誘う。


 女騎士が追う。


 その踏み込みを見た瞬間、ケイブの奥で、別の名が震えた。


 平将門たいらのまさかど


 吉継はその名を知っている。


 平安の世に反旗を翻し、新皇を称した武者。討たれ、首を都へ送られた反逆の名。書物で読んだ。武家の世に生きた者なら、知らぬ名ではない。


 まさか、この世界へ来ても首の因縁から逃れられぬとは。


 書物の向こうの将門公に聞かせたら、笑うだろうか。怒るだろうか。


 目の前の女の魂が、前世で読んだ書物の名と重なった。


 将門の転生体。


 だが、彼女自身はそれを知らない。


 知っているのは、この世界で裏切られ、首を奪われた怒りだけだ。


「なるほどな」


 ケイブは短剣を低く構えた。


「首を取られた者が、首を取り返そうとしてるわけだ」


「貴様も、あの商隊の者か」


「商隊?」


「黒い楡の印。あの者たちは、私の首を箱に入れ、笑って運んだ。団長殿の首は高く売れると」


 黒楡商会。


 ここでつながった。


 学び舎の人材を狙った商隊と、この洞窟の首取り騒ぎは、別の火ではない。同じ灰の中で燻っている。


 ケイブが考えた一瞬を、女騎士は逃さなかった。


 盾が突き出される。


 胸を潰す一撃。


 ケイブは左手を地面へ向けた。杭印墜岩くいいんついがんの応用で、天井から拳大の石を落とす。


 狙いは女騎士ではない。


 盾の上。


 石が盾を叩き、盾の向きが下がる。


 ケイブは短剣を滑らせ、鎧の肘の隙間へ入れた。刃は浅い。だが、関節の動きは一瞬止まる。


 女騎士が低く呻いた。


「よい。もっとだ」


「面倒な女だな、本当に」


 次の瞬間、女騎士のオーラが膨れた。


 黒い圧が洞窟の壁を叩く。足元の石灰が吹き散り、ケイブの帽子が飛びかけた。


 女騎士の長剣が、首の高さで円を描く。


 逃げ場を消す斬撃。


 ケイブは身を沈め、転がるように盾の下へ潜った。刃が頭上を抜け、髭の先を少し切る。


 まずい。


 ケイブの姿なら、刀は持っていない。


 弓は離れた。


 病毒魔法を使えば止められるかもしれない。だが、ここで使えばケイブという仮面が割れる。


 なら、洞窟を使い切る。


「こっちだ、首なし」


 ケイブは挑発しながら、奥の狭い坑道へ走った。


「その呼び方は嫌いではない」


「気に入るな。こっちが困る」


 女騎士が追う。


 狭い坑道では、長剣を横に振れない。


 彼女はすぐに突きへ変えた。判断が早い。生前、ただの騎士ではなかったのだろう。


 ケイブは足元へ水を撒き、土を薄く練った。


 泥ではない。


 滑る膜だ。


 女騎士の足が、わずかに流れる。


 その隙に、ケイブは落ちていた兜を蹴り上げた。兜が壁に当たり、乾いた音を立てる。


 女騎士が止まった。


 音の方へ、首のない体が向く。


 頭はない。


 だが、音に反応した。


 感覚の中心は、首を失った場所に残っている。


「見えた」


 ケイブは低く呟き、短剣の柄で彼女の胸甲を叩いた。


 金属音が洞窟に響く。


 女騎士が、一歩下がった。


 勝ったわけではない。


 ただ、殺されずに一つ読んだだけだ。


「カドゥ」


 ケイブはその名を呼んだ。


 女騎士の動きが止まる。


「誰が、その名を」


「オレは商隊じゃねえ。お前の首を買いに来た者でもない」


 ケイブは短剣を下げない。


「だが、黒い楡の印を追っている。お前の首を持っていった連中の話を聞かせろ。代わりに、オレはお前の首の行き先を追う」


 洞窟の奥で、鎧がきしんだ。


 カドゥの長剣は、まだ首の高さにある。


 だが、すぐには振られなかった。


「嘘なら、首を貰う」


「高い情報料だな」


「安い方だ。私は、裏切り者の首なら百でも欲しい」


 ケイブは低く笑った。


「そいつは困った。オレの首は一つしかねえ」


 カドゥの胸の奥で、また笑い声が鳴った。


 今度の笑いは、さっきより少しだけ人に近かった。


 だが、洞窟のさらに奥から、別の音がした。


 鎖。


 そして、人のうめき声。


 ケイブは表情を消す。


 帰らない冒険者たちは、まだ全員死んだとは限らない。


 カドゥがゆっくりと奥を向いた。


「あれは、私が捕らえた者ではない」


 ならば、誰が。


 黒楡商会の影は、洞窟の奥でまだ動いていた。


今回は、首取りデュラハンことカドゥとの初戦闘回です。


カドゥは平将門の女性転生体ですが、本人に前世の記憶はありません。

ただ、この世界で貴族に裏切られ、首を奪われた怒りが、将門の「首」の逸話と重なる形になっています。


そして、黒楡商会の影がここにもつながりました。

次回は、洞窟奥にいる生存者と、カドゥの首を奪った者たちの痕跡へ踏み込みます。


次回の展開が気になる!面白い!と思ってくださった方は、ぜひブックマークや、広告下の【☆☆☆☆☆】の評価(カクヨムなら★)での応援をよろしくお願いいたします!皆さんの応援が何よりの執筆の原動力です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。