第62話:白き門の証言
白蝶城の門が閉じられ、ベリオへの事情聴取が始まる。
吉継とジゼリアは、救済の名の下に隠された帳簿の場所へ迫ります。
白蝶城の門は閉じられた。
ベリオは、その音を背中で聞いた。
逃げ道がなくなった者は、まず目だけで出口を探す。
門。
土塁。
兵。
アリスティ。
ジゼリア。
最後に、吉継。
ベリオの視線はそこへ戻って止まった。
「これは、神殿への不当な拘束です」
声はまだ丁寧だった。
けれど、舌の先が乾いている。
「拘束ではない。事情聴取だ」
吉継は静かに答えた。
「貴殿は白霧境内で行方を失った保護対象を確認しに来た。ならば、その保護対象がなぜ商会へ渡る手筈だったのか、答える必要がある」
「私は、そんな意味で言ったのではありません」
「では、どういう意味だ」
ベリオは口を開きかけ、閉じた。
エルネの筆が動く。
板の上で、乾いた音がした。
「記録を止めなさい」
ベリオがエルネを睨む。
エルネは一瞬だけ肩を跳ねさせた。
だが、筆は止めなかった。
「断ります。私は白霧境領主の記録役です」
「神殿の発言を勝手に書けば、後で問題になりますよ」
「なら、問題にならない発言だけしてください」
アリスティが吹き出しかけ、咳でごまかした。
チヨネは柱の影で「ふん」と鳴く。
今のは少し得意げだった。
吉継はエルネへ短く頷いた。
「続けろ」
◆
ベリオは、法衣の袖を握った。
「保護対象は、神殿の救貧院で管理されます。その後、生活の場を与えるために奉公先を探す。協力商会が関わること自体は、不自然ではありません」
「商会名は」
「複数あります」
「昨夜の四名は、どの商会へ」
「知りません」
「知らぬ者が、なぜ朝の鐘でここへ来た」
ベリオの目が揺れた。
「戻らない荷車があったからです」
「荷車だけなら、車輪を直して返せばよい。貴殿が欲しいのは荷車か、保護対象か」
「当然、保護対象です。神殿の責任で」
「責任という言葉は便利だ」
吉継は一歩だけ近づいた。
「人の意思を聞かずに連れていく時も、責任と言えば済む」
「領主殿、言葉が過ぎます」
「まだ足りぬ」
ベリオが息を呑む。
ジゼリアは黙っていた。
十字架を握る手は白い。
だが、吉継との約束を守っている。
怒りはある。
光にはしていない。
「ベリオ」
ジゼリアが口を開いた。
その一言で、ベリオの背筋が伸びる。
「はい、ジゼリア様」
「救貧院へ入る者は、本人の名を記す。名が分からぬなら、特徴を記す。傷、年、出身、話せる言葉。違うか」
「……その通りです」
「では、昨夜の四名の記録を出せ」
ベリオは黙った。
沈黙が長い。
長すぎた。
「持っていないのか」
「神殿にあります」
「なら、なぜ四名と分かる」
ジゼリアの声が低くなる。
「保護記録ではなく、荷車の積み数で数えたのか」
ベリオの頬が引きつった。
答えはない。
だが、答えないことが答えになった。
西倉の戸の内側で、誰かが小さく息を殺した。
ジゼリアは目を閉じた。
怒りを、飲み込んでいる。
◆
吉継は懐から黒印を取り出した。
前世で花押の代わりに用いた、「大」の印。
この世界では小さな印に過ぎない。
だが、白霧境では違う。
約束を示す印だった。
「ベリオ殿。選べ」
吉継は一枚の白紙を置いた。
「一つ。ここで黙り、王都へ送られる。白霧境領内で人身売買未遂に関わった神殿使者としてだ」
「私は使者です。神殿には裁く権限が」
「白霧境内で起きた件だ。領主にも裁く権限がある」
吉継は白紙の横に、もう一枚置いた。
「二つ。副院監ラザルの指示、救貧院の記録、黒楡商会との受け渡し手順を証言する。その場合、貴殿の身柄は証人として守る」
「私を裏切り者にする気ですか」
「違う」
吉継は即答した。
「貴殿はもう、誰かを裏切っている。神殿か、保護対象か、ジゼリア殿か、自分の良心か。何を裏切ってきたかを、今ここで選び直せと言っている」
ベリオの唇が震えた。
ジゼリアが一歩前へ出る。
「私からも言う」
ベリオは顔を上げた。
「あなたが救済の名を汚したなら、私は許さない。だが、ここで証言するなら、少なくともあなたを口封じで殺させはしない」
「ジゼリア様……」
「私の名にすがるな」
ジゼリアの声が鋭くなった。
だが、光は漏れない。
「すがるなら、あなたが踏みつけた者たちにすがれ。許すかどうかは、保護された者たちが決める」
ベリオは、ようやく西倉の戸を見た。
そこにいる人を、初めて人として見たような顔だった。
◆
沈黙のあと、ベリオは膝をついた。
崩れ落ちた、という方が近い。
「……ラザル様は、救貧院の予算が足りないと仰いました」
エルネの筆が走る。
「続けろ」
吉継は言った。
「身寄りのない者を救うには金がいる。商会へ奉公に出せば、支度金が神殿へ入る。本人にも生活の場ができる。そう説明されました」
「黒楡商会か」
「はい」
ベリオの声は小さい。
「名目は奉公斡旋です。けれど、戻ってきた者を見たことはありません」
ジゼリアの顔が歪んだ。
「見たことがないのに、続けたのか」
「私は、命じられて」
「その言葉は、もう聞き飽きた」
ジゼリアの一言に、ベリオは俯いた。
吉継は白紙を押しやる。
「書け。ラザルの名。黒楡商会の名。支度金の流れ。救貧院の帳簿を置いている場所」
「帳簿は、東境神殿の地下書庫です。副院監の鍵がなければ」
「鍵は一つか」
「表向きは」
吉継は目を細める。
「裏は」
「補佐が持つ控え鍵があります」
ベリオは震える手で、法衣の内側へ触れた。
小さな銀の鍵が出てくる。
白い紐に結ばれていた。
ジゼリアが息を呑む。
ベリオはその鍵を、白紙の横へ置いた。
「これで、地下書庫の外扉は開きます。内扉はラザル様の鍵が必要です」
「十分だ」
吉継は鍵を見た。
まだ勝ちではない。
だが、敵の蔵の一枚目の扉は開いた。
チヨネが影から出て、銀の鍵をじっと見つめる。
「ふん……」
欲しい。
顔にそう書いてあった。
「まだ触るな」
「ふん」
不満。
だが従う。
◆
ベリオの証言が終わるころ、白蝶城の朝は完全に明けていた。
ロウエンは顔を青くしたまま、帳面を抱えている。
「領主様。これはもう、東境神殿に踏み込む話です」
「ああ」
「王都へ先に報告を」
「報告は出す。だが、先に帳簿を押さえる」
ジゼリアが吉継を見る。
「私も行く」
「当然だ」
「止めないのか」
「止めても行くだろう」
ジゼリアは一瞬だけ言葉に詰まった。
「……そうだ」
「なら、最初から役目を与える」
吉継は西倉の戸を見た。
「貴殿は救う者を選ぶな。ラザルの罪も、神殿の汚れも、貴殿の目で見る。俺は証拠を取る」
ジゼリアは十字架を握った。
「私は、何を守ればいい」
「人だ」
吉継は答えた。
「神殿でも、名誉でも、教義でもない。まず、人を守れ」
ジゼリアは目を伏せた。
そして、静かに頷く。
「分かった。今度は間違えない」
チヨネが吉継の袖を引いた。
「ふん」
出番だ、と言っている。
吉継は銀の鍵を布で包んだ。
「東境神殿の地下書庫へ向かう。表からではない」
チヨネの目が、きらりと光った。
「裏から入る」
小さな影が、嬉しそうに揺れた。
今回は、ベリオをただ断罪するのではなく、証人として崩す回です。
吉継は逃げ道を一つだけ残し、ジゼリアは怒りを光に変えず言葉で迫りました。
そして東境神殿の地下書庫へつながる鍵が出てきます。
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