第55話:聖炎の村跡
光神教の聖騎将ジゼリアとともに、ゴブリンに襲われた北西の村へ向かう吉継。
そこで待っていたのは、ただ暴れるだけの魔物ではありませんでした。
北西の村へ向かう道は、昼でも薄暗かった。
白蝶城を出た一行は、多くなかった。
吉継。
チヨネ。
アリスティの傭兵が数名。
そして、光神教の聖騎将ジゼリア・ルミエール。
ジゼリアは白と赤の鎧を鳴らし、馬を使わず歩いていた。急ぐなら馬の方が早い。だが、森沿いの細道では、馬は音を立てすぎる。
その判断を、彼女は言われる前に選んでいた。
豪胆だが、鈍くはない。
吉継は軍配を袖の中で軽く握った。
「貴殿は、もっと大勢を連れて来ると思っていた」
ジゼリアが前を向いたまま言う。
「大勢で来れば、ゴブリンは逃げるからな」
「ゴブリンの習性が臆病だからか」
「その通りだ。そして、ゴブリンはまた別の村を襲う。その繰り返しだ」
「そうか。やはり、よくあることなのか」
ジゼリアは答えなかった。
納得したのではない。
口を閉じ、考えている。
正直な女だ。
信じるものを疑うのは遅い。だが、目の前の事実を見る力はある。
やがて、道端の低木が揺れた。
チヨネの影が先に伸びる。
「ふん」
警戒。
茂みから飛び出したのは、小さな魔物だった。
ゴブリンではない。
額に短い角を持つ獣が、泡を散らしながら道へ転がり出る。腹に浅い傷があり、何かから逃げてきたようだった。
アリスティの傭兵が剣に手をかける。
それより早く、ジゼリアが前に出た。
「退け」
彼女の左手に白い光が集まる。
聖盾。
薄い光の壁が、獣の突進を受け止めた。
ぶつかった獣は跳ね返り、地面に転がる。
ジゼリアは剣を抜かない。
右手をかざした。
「主よ、迷えるものに終わりを」
白い炎が、獣の足元だけを焼いた。
聖炎。
火は広がらない。枯れ草にも移らない。獣の荒い息だけが止まり、森に静けさが戻った。
傭兵の一人が息を呑む。
「これが聖騎将か」
ジゼリアは振り返らなかった。
「無駄口はいい。先へ進む。生きている者がいるなら、一息でも早く見つける」
厳しい言葉だった。
だが、倒れた魔物の体を踏まぬよう、彼女は半歩だけ道をずらしていた。
吉継はそこを見た。
この女は、命を軽く扱わない。
それが敵に向く時、どれほど厄介な光になるかも分かる。
◆
村は、焼け残っていた。
全てが灰になったわけではない。
半分だけが壊され、半分だけが残されている。
家畜小屋は空。
倉の扉は壊されている。
井戸の縄は切られ、桶は持ち去られていた。
それなのに、食い荒らされた跡は少ない。
奪うものを選んでいる。
吉継は膝をつき、泥に残った足跡を見た。
小さい。
だが、乱れていない。
村の外へ向かう足跡が、三つに分かれている。
一つは北。
一つは森。
一つは、わざと見えやすい湿った道。
「誘っているな」
吉継が呟く。
ジゼリアが振り返った。
「何をだ」
「追手だ」
彼は湿った道を軍配で示した。
「この足跡は深すぎる。荷を担いだ跡に見せているが、足幅が同じだ。重い物を運ぶ者の歩き方ではない。見せたい跡だけを残している」
「確かに、不自然だな」
「ゴブリンはよほど知能があると見える」
その時、納屋の奥から小さな音がした。
ジゼリアが駆け寄る。
「誰かいる!」
吉継は、焼け残った納屋を見た。
屋根は半分落ちている。
壁には焦げ跡がある。
それなのに、戸だけが開けやすい形で残されていた。
焼いたのではない。
残したのだ。
「ジゼリア殿、待て」
声は届いた。
だが、ジゼリアの足は止まらなかった。
彼女は納屋へ入り、床に倒れている若い娘を見つける。
髪は泥と煤で固まり、手首には縄の跡があった。
衣は破れ、体のあちこちに打たれた痕がある。
何をされたのか、誰も口にしなかった。
口にすれば、その娘の傷をもう一度さらすことになる。
ジゼリアが娘へ近づく。
その背後で、藁山が三つ動いた。
ゴブリン。
三体。
短い刃を持ち、ジゼリアの背へ飛びかかる。
「伏せろ!」
吉継の声が納屋を裂いた。
ジゼリアは反射で身を低くする。
吉継は踏み込んでいた。
一足一刀。
狭い納屋の中で、刀の長さは邪魔になる。
だから、斬るのは首ではない。
手首。
膝。
喉元。
一体目の刃を落とし、二体目の膝を断ち、三体目の喉を浅く裂く。
三体目だけは、悲鳴を上げて納屋の裏から逃げた。
チヨネの影が追おうとする。
「追うな」
吉継は止めた。
逃げたゴブリンの首筋から、黒い血が点々と落ちている。
「傷をつけた。あれは道案内になる」
ジゼリアは振り返り、ようやく罠を理解した。
「私を、誘ったのか」
「助けたい者ほど、足が速くなる。奴らはそれを知っている。善意を罠の餌にしている」
ジゼリアの顔に怒りと悔しさが浮かぶ。
彼女の手に光が灯った。
吉継の右腕の奥が、焼けるように熱を持つ。
距離がある。
それでも聖属性の気配だけで、病毒がざわつく。
チヨネの目が吉継を見る。
吉継はわずかに首を振った。
今は止めるな。
ジゼリアの光は、娘の呼吸を少しずつ整えた。
娘のまぶたが震える。
「……戻るな」
掠れた声だった。
ジゼリアが身を寄せる。
「名は」
「……リーネ」
「何があった。言えるか」
「戻るな……奥に、旗がある。人の声を真似る。泣き声を使う。助けに来た人を、穴へ落とす」
アリスティの傭兵が顔をしかめた。
「そこまで知恵が回るのか」
娘は震えながら頷いた。
「村長の声で呼んだ。母の声で呼んだ。皆、森へ……」
言葉が途切れる。
ジゼリアの瞳に怒りが灯った。
「許せない。人の声で、人を殺すなど」
彼女の背後で、白い光が膨らむ。
オルレアンの乙女。
まだ完全な発動ではない。
それでも、周囲の傭兵の背筋が伸びた。恐怖が薄れ、手が剣に戻る。
同時に、吉継の包帯の下が熱を持った。
善意の光。
味方を立たせる力。
だが、吉継には毒だ。
彼は表情を変えず、軍配で光を遮るように袖を直した。
「ジゼリア殿」
「止めるな」
「止める」
ジゼリアが鋭く振り返る。
「民が傷つけられた。今すぐ追う」
「追えば、また奴らの思うつぼだ」
吉継の声は静かだった。
ジゼリアの怒りが、わずかに揺れる。
「ならば見捨てろと言うのか」
「見捨てはしない。ただし、やるからには慎重に事を当たらなければ。怒りで走れば、次に泣く者を増やす」
吉継は納屋の梁を見た。
縄が三本。
切られ方が違う。
一つは刃物。
一つは火。
一つは、歯で噛み切られている。
雑なようで、役割が分かれている。
床には穀物が少しだけ残されていた。あえて残した量だ。飢えた魔物なら、ここまできれいに残さない。
外の足跡。
人の声を真似る罠。
壊された井戸。
奪われた桶。
残された半分の村。
「獣ではない」
吉継は言った。
「ただの魔物でもない。知能のある獣だ。しかも、村を滅ぼすより、追手を誘うことを覚えている」
ジゼリアは唇を噛んだ。
白い光が、少しだけ弱まる。
「では、どうする」
吉継は森を見た。
奥から、女の泣き声が聞こえた。
助けて。
助けて。
同じ高さ。同じ間。息継ぎがない。
人の声ではない。
チヨネが吉継の袖を掴んだ。
「ふん……」
嫌悪と警戒。
「分かっている」
吉継は軍配を閉じた。
「ジゼリア殿。貴殿の光は強い。正面から行けば、森ごと焼ける」
「それが必要なら焼く。民を奪う巣なら、灰にしてでも止める」
「中に生きている者がいる。灰にすれば、救うべき者まで消える」
その一言で、ジゼリアは黙った。
吉継は続ける。
「奴らは助けたい心を餌にしている。ならば、こちらはその餌を逆に使う」
「策があるのか」
「ある」
森の奥で、また泣き声がした。
今度は、娘の母を呼ぶ声だった。
ジゼリアの拳が震える。
吉継はその震えを見て、静かに言った。
「感情を捨てろとは言わないが、怒りで自分を見失うな。多くの民を助けたいのなら、まず自分の足を止めろ。走るのは、助ける道が見えてからだ」
ジゼリアは吉継を睨んだ。
信用はしていない。
だが、今だけは聞いている。
吉継は森の入口へ軍配を向けた。
「まずは敵の得意な策を潰すとしよう」
白い聖女と、病毒の軍師。
二つの相容れぬ力が、同じ森を見据えた。
今回はジゼリアの聖騎将としての強さと、吉継の観察眼がぶつかる回です。
ゴブリンは単なる雑魚ではなく、声、足跡、村の残し方まで使う相手として描きました。
リーネ発見も罠として機能し、吉継がジゼリアの背後を守る形にしています。
次回の展開が気になる!面白い!と思ってくださった方は、ぜひブックマークや、広告下の【☆☆☆☆☆】の評価(カクヨムなら★)での応援をよろしくお願いいたします!皆さんの応援が何よりの執筆の原動力です!




