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大谷吉継 転生録 〜義は滅びず、再び剣を取る〜  作者: ひさめ


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第53話:白線の内側

石灰粉、木杭、縄、水袋。

安い道具を手にしたケイブは、魔法を「どこで止めるか」を試し始めます。

白蝶城へ戻る道を、ケイブは選ばなかった。

 西街道から外れ、古い炭焼き小屋の跡へ向かう。

 木はまばらで、地面は硬い。近くに水の細い流れがあり、乾いた草も少ない。

 火を試すには、まだ危うい。

 それでも、前よりはましだ。

 森の奥を焦がした反省くらいは、オレにもある。

 ケイブは買った木杭を地面に置き、石灰粉の袋を開いた。

 白い粉を指先で掬い、地面に丸を描く。

 次に、その外側へもう一つ大きな丸。

 内側は攻撃してよい場所。

 外側は、決して越えてはならない場所。

 さらに四隅へ木杭を打ち、縄を張った。

「さて。安物の道具で、どこまで賢くなれるか」

 ケイブは水袋を開き、少量の水を掌に落とした。

 水は丸い。

 だが、それは何も命じなければの話だ。

 水路の水は、溝があれば溝を行く。

 堀の水は、土手があればそこに留まる。

 ならば、魔法も同じだ。

 水を圧縮すれば、勝手に膨張することはない。

 ケイブは弓に矢をつがえた。

 矢尻へ水を薄くまとわせる。

 狙うのは、内側の白い丸に立てた一本の木杭。

水矢束流すいやそくりゅう

 矢が放たれた。

 水は前と同じように枝分かれしようとした。

 だが、ケイブは指先で縄の内側を意識した。

 広げるな。

 散るな。

 一本の川筋へ戻れ。

 水の矢は三本に分かれかけ、すぐに束へ戻った。

 木杭の上半分だけが、鋭く削り取られる。

 外側の白線は濡れていない。

「悪くない。少なくとも、森ごと削るよりは大人しい」

 ケイブは顎髭を撫でた。

「前よりはな」

 二射目。

 今度は水が右へ流れすぎ、白線の手前で弾けた。

 失敗だ。

 だが、線は越えていない。

 威力を落とした分、止める余地ができている。

 ケイブはその結果にうなずき、満足した。

   ◆

 次は土だった。

 ケイブは四本の木杭を正方形に打ち直し、その中心へ石を置いた。

 前に作った岩は、大きすぎた。

 落とした後で止めることもできなかった。

 ならば、落とす前に場所を決める。

 城攻めで石を落とす時も、ただ上から放ればよいわけではない。

 味方が下にいれば死ぬ。

 敵がまだ門に入っていなければ外れる。

 落とす時を待つ。

 落とす場所を決める。

 それだけで、同じ石でも意味が変わる。

杭印墜岩くいいんついがん

 頭上に拳大の岩が生まれた。

 今回は、胴ほどには膨れない。

 岩は四本の杭の真ん中へ落ちた。

 鈍い音。

 石灰の白線が少し跳ね、中心の石が砕ける。

 だが、縄は切れていない。

 木杭も倒れていない。

「これなら、門の内側でも使える。味方の頭に落とさなければな」

 ケイブは低く笑った。

「もっとも、頭に落とされた相手は笑えんだろうが」

 三度目に、彼はわざと杭の外へ意識をずらした。

 岩は斜めに生まれ、落ちる前に形が崩れた。

 土の塊が地面へばらばらに落ちる。

 落下の力は弱い。

 失敗ではある。

 だが、外へ落ちるよりはずっとよい。

 外れそうなら、崩して殺す力を消す。

 これも使える。

   ◆

 最後に火を試す前に、ケイブは周りの草を踏み潰した。

 水袋の残りを白線の外へ撒く。

 火は、水より厄介だ。

 水は低い方へ行く。

 土は重い方へ落ちる。

 火は、餌のある方へ行く。

 乾いた草。

 木屑。

 布。

 人の髪。

 燃えるものがあれば、そちらへ走る。

「勇ましいんじゃない。腹を空かせているだけか。なら、余計に読みやすい」

 そう考えれば、少し扱いやすい。

 ケイブは矢を一本取り、矢尻へ小さな火を宿した。

 前のように火球へ膨らませてはならない。

 火は矢の先だけ。

 燃えてよいのは、内側の丸に置いた枯れ枝だけ。

火矢止界ひやしかい

 矢が飛ぶ。

 枯れ枝に当たった火が、小さく広がる。

 その火は、白線の手前で一度膨らんだ。

 ケイブは水を飛ばしかけ、すぐに止めた。

 まだ越えていない。

 火は濡れた地面を嫌い、白い線の内側で小さく舌を揺らした。

 やがて、燃える枝を食い尽くして消える。

 焦げ跡は丸の内側だけだった。

「ようやく、商品を焦がさずに済みそうだ」

 ケイブは息を吐いた。

 そこで、藪の向こうから短い悲鳴が聞こえた。

 女の声。

 若い。

 ケイブは弓を持ち直した。

 灰色の外套を翻し、音の方へ走る。

   ◆

 藪を抜けた先に、薬草籠を背負った少女がいた。

 足元には小さな野犬が二匹。

 普通の犬ではない。

 ギルドの壁にあった雑な絵を思い出す。

 棘野犬とげのいぬ

 背骨のあたりに硬い棘が並び、口の端から泡を垂らしている。

 この世界の獣は、見た目だけで判断すると痛い目を見る。

 少女は転び、片手で籠を抱えていた。

 野犬の一匹が跳ぶ。

 ケイブは矢を引いた。

 殺すなら簡単だ。

 だが、ここは依頼の場ではない。

 騒ぎを大きくしたくない。

 それに、試すにはちょうどよかった。

「動くな。噛まれたくなければな」

 少女の肩が跳ねた。

 ケイブは水を矢にまとわせる。

水矢束流すいやそくりゅう

 放たれた矢は、野犬の前足のすぐ手前で地面を穿った。

 水が細く弾け、泥を跳ね上げる。

 野犬の足が滑った。

 続けて二射。

 今度はもう一匹の鼻先をかすめ、地面だけを切る。

 野犬たちは怯み、牙を剥いた。

 ケイブは左手を地面へ向ける。

野面土壁のづらどへき

 低い土の壁が、少女と野犬の間に生まれた。

 高くはない。

 だが、跳び込む一拍を潰すには十分だ。

 野犬が壁を越えようとした瞬間、ケイブは足元へ小さな岩を落とした。

杭印墜岩くいいんついがん

 岩は野犬の頭ではなく、鼻先の地面へ落ちた。

 土が跳ね、野犬が後ろへ飛び退く。

 殺してはいない。

 だが、近づけば次は当てる。

 獣にも、それくらいは分かるらしい。

 二匹は喉を鳴らしながら、藪の奥へ逃げていった。

 ケイブは弓を下ろした。

「立てるか」

 少女は何度も頷いた。

「た、助かりました」

「礼は要らん。薬草は無事か。人も薬草も無事なら、今日は黒字だ」

「え」

「無事なら、ここの薬草は金になる。違うか」

 少女は目を白黒させた後、籠を抱え直した。

「なります。傷薬に使う草です」

「なら、さっさと戻れ。次はもう少し人のいる道を通れ」

「あなたは」

「ただの銅紐だ」

 ケイブは背を向けた。

「それと、今見たことは高くつく。喋るなら、せめてオレの名を男前にしておけ」

 少女は困ったように笑った。

 恐怖が少しだけ抜けた顔だった。

   ◆

 炭焼き小屋の跡へ戻ると、白線はまだ残っていた。

 ケイブは木杭を抜き、縄を巻いた。

 今の野犬を殺すことはできた。

 だが、殺さずに止めることもできた。

 それは甘さではない。

 力を必要な場所へ、必要な分だけ置く。

 それができれば、選べる手が増える。

 病毒魔法は強い。

 斬れば早い。

 だが、すべてを殺して進む道だけでは、守れるものが狭くなる。

 ケイブは白い石灰の粉が残った指先を見た。

 白い線。

 越えてよい場所。

 越えてはならない場所。

 戦でも、政でも、魔法でも同じだ。

 境を決められぬ力は、ただの暴力になる。

「高い授業料の元は、少し取れたか。安仕事にしては、よく教えてくれる」

 ケイブは低く笑い、夕暮れの道へ歩き出した。

 白蝶城へ戻れば、また大谷吉継に戻る。

 だが、今日の収穫は持ち帰れる。

 水は束ねられる。

 岩は印へ落とせる。

 火は餌を断てば止められる。

 あとは、これを戦場で使える速さにするだけだ。

 遠くで、白蝶城の櫓が夕日を受けていた。

 ケイブは帽子のつばを下げる。

「さて。休んだと言い張るには、少し働きすぎたな」

今回は、吉継が魔法の威力ではなく制御を学ぶ回です。

水を束ね、岩を印へ落とし、火を白線の内側で止める。

ケイブとしての軽口も少し増やしました。

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