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大谷吉継 転生録 〜義は滅びず、再び剣を取る〜  作者: ひさめ


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第5話:測定石の異端

街道を避けて進む吉継とチヨネは、小さな宿場町へたどり着く。

そこで待っていたのは、この世界の魔力を測る石でした。

獣道を半日ほど進むと、森の向こうに煙が見えた。

 炊事の煙だ。

 野火ではない。

 魔物の巣でもない。

 人が暮らす場所の匂いだった。

 大谷吉継は、木々の間から慎重に町を見下ろした。

 低い石壁に囲まれた小さな宿場町。

 門の横には光神教の聖印。

 荷馬車が二台、門番の前で止められている。

 旅人たちは小さな石板に手を置き、門番がその光を確認してから通していた。

「魔力を見る道具か」

 吉継は呟いた。

 チヨネが裾を掴んだまま、木陰から町を見ている。

「ふん……」

 不安。

 警戒。

 それから、吉継の右腕への心配。

 街道で負った傷は、まだ熱を持っていた。

 包帯の下で、光に焼かれた肉と病毒の呪痕が互いに軋んでいる。

 痛みを顔に出すつもりはない。

 だが、チヨネはもう誤魔化されない。

「心配するな。……と言っても、心配する顔だな」

 チヨネがじっと見上げる。

「……無茶はしない。少なくとも、今この門では」

 さらに見上げる。

「できる範囲で」

 無言のプルプル。

 吉継は目を伏せた。

「善処する」

 チヨネは不満そうに鼻を鳴らした。

「ふん」

 たぶん、信用していない。

 もっとも、吉継自身も完全には信用していなかった。

 守るべきものを前にした時、自分が本当に退けるのか。

 関ヶ原で死んだ男に、その問いは重い。

 町へ入らなければ、食料も薬も情報も得られない。

 だが、正面から入れば測定石に触れさせられる。

 病毒魔法と影魔法が露見すれば、光神教へ通報されるかもしれない。

 吉継は町の周囲を観察した。

 門、荷馬車、巡回兵、水路、裏手の洗い場。

 城壁というには低すぎる石垣の継ぎ目には、人一人が抜けられそうな隙間もある。

 戦場識せんじょうしき

 町の形が、頭の中で線になる。

 敵地ではない。

 だが、安全地帯でもない。

「チヨネ」

「ふん」

「正面から入る。隠れて始めれば、あとでお前まで疑われる」

 チヨネが目を見開いた。

 影が足元で大きく膨らむ。

「逃げる道は見た。隠れる場所もある。だが、最初から忍び込めば、発覚した時にお前を守る言い訳が利かぬ」

 チヨネは少し考えた。

 そして、不満そうに吉継の裾を引いた。

 一度。

 危険ではない。

 二度ではない。

 ただの抗議だ。

「分かっている。無理はしない」

 チヨネはまだ疑っていたが、最後にはこくりとうなずいた。

 二人は森を出て、町の門へ向かった。

 門番は、吉継の白布とチヨネの外套姿を見て眉をひそめた。

「旅人か」

「そうだ」

「身分証は」

「持たぬ」

「どこの出だ」

「遠国だ」

「名は」

「大谷吉継」

 門番は聞き慣れぬ響きに顔をしかめた。

「そっちの子は」

「チヨネ」

 チヨネは吉継の背に半分隠れた。

「親子か」

「違う」

「では何だ」

 吉継は少し考えた。

 家臣。

 そう言うには、まだ早い気がした。

 拾った子。

 それでは、チヨネを物のように扱う者たちと変わらない。

「同行者だ。俺が連れている。怖がらせるな」

 チヨネの指が、吉継の裾を少し強く掴んだ。

 小さく鼻が鳴る。

「ふん……」

 嬉しさと照れ。

 たぶん。

 門番は面倒そうに測定石を指差した。

「身分証なしなら、測定だ。魔力量と属性を見る。犯罪者や異端魔力が出たら入れん」

 チヨネの影が強張った。

 吉継は一歩前に出る。

「私だけでよいか」

「子供もだ」

「この子は怯えている。石より先に、人の目に怯えている」

「なら、なおさら怪しい」

 門番の声に、後ろの兵が反応した。

 剣に手をかける。

 吉継は呼吸を整えた。

 斬るべき場面ではない。

 ここで騒ぎを起こせば、町には入れない。

 チヨネを休ませる場所も失う。

「先に私が触れる。危ういなら、俺の方で済ませる」

 吉継は測定石へ手を置いた。

 冷たい石だった。

 次の瞬間、石の内側で光が揺れる。

 赤。

 青。

 黄。

 緑。

 火、水、土、風。

 四つの色が薄く浮かび、すぐに乱れた。

 門番が眉を寄せる。

「四属性の反応……いや、違う。適性はあるが、流れが荒い。訓練を受けていないのか」

 吉継は黙っている。

 石の奥で、さらに別の色が滲んだ。

 黒。

 濁った黒ではない。

 深い瘴気を抱えた、冷たい黒。

 測定石が、びしりと小さな音を立てた。

 門番の顔色が変わる。

「病毒反応……?」

 周囲の空気が変わった。

 荷馬車の御者が一歩下がる。

 町へ入ろうとしていた女が子供を抱き寄せる。

 吉継は手を離そうとした。

 その瞬間、測定石がもう一度光った。

 今度は量だ。

 魔力量。

 石の表面に刻まれた目盛りが、下から上へ一気に染まっていく。

 一段。

 二段。

 三段。

 門番の目が見開かれる。

 七段。

 八段。

 九段。

「おい、壊れてるのか」

 十段。

 測定石が、限界を超えたように震えた。

 吉継は手を引いた。

 石の光が消える。

 門前に、気まずい沈黙が落ちた。

「魔力量は」

 吉継が問う。

 門番は喉を鳴らした。

「……上限超過。だが、病毒反応あり。神殿に報告する必要がある」

「そうか」

 吉継は短く答えた。

 チヨネが裾を二度引く。

 危険。

 その判断は正しい。

 しかし、もう一つ必要な情報を得た。

 自分には、膨大な魔力がある。

 ただし、扱えない。

 器だけがあり、水の汲み方を知らない状態。

 ならば、学べばよい。

 門番がチヨネを見る。

「次はその子だ」

 チヨネの影が、吉継の影へ隠れる。

 吉継は門番の前に立った。

「この子は後にしろ。これ以上怯えさせるなら、俺が止める」

「命令するな。測定石に手を」

「触れさせれば、石が壊れる」

 門番が鼻で笑う。

「脅しか」

「忠告だ。壊れる前に止めている」

 チヨネの影が、吉継の足元で震えている。

 影魔法が測定石に触れれば、どう出るか分からない。

 病毒魔法以上に不浄と見なされる可能性もある。

 ここでチヨネを晒す理由はない。

 門番が剣を抜こうとした。

 その時、低い声が割って入った。

「やめておけ」

 町の内側から、一人の男が歩いてきた。

 年は四十前後。

 革鎧の上に粗末な外套。

 腰には幅広の剣。

 だが、ただの町兵ではない。

 歩くたび、身体の周りに薄い圧がある。

 魔力ではない。

 少なくとも、測定石に流れていた力とは質が違う。

 呼吸。

 重心。

 筋肉の締まり。

 剣の柄に置いた指の落ち着き。

 武人の身体だ。

 だが、それだけではない。

 吉継はその男の立ち姿から、魔法とは別の何かを感じ取った。

「測定石が割れたら、修理代は門番の給金から引かれるぞ」

 男は笑った。

 門番が顔をしかめる。

「グレン隊長」

「俺が見る。お前は荷馬車を通せ」

「しかし、病毒反応が」

「見えている。だから俺が見ると言った」

 グレンと呼ばれた男は、吉継を正面から見た。

「あんた、魔術師か」

「違う」

「剣士か」

「それも違う」

「なら何だ」

 吉継は一瞬だけ考えた。

 武士。

 そう答えかけて、やめる。

 この世界でその言葉が通じるとは限らない。

 身分を正しく語るより、相手が理解できる分類へ寄せるべきだ。

「……傭兵に近い。この国で俺を置ける箱が、それしか見つからぬ」

 グレンは一瞬だけ目を丸くした。

 それから、喉の奥で笑った。

「近い、か。傭兵が刀を差して、病毒反応を出して、魔力量で測定石を震わせるのか。最近の傭兵は忙しいな」

「私もそう思う。忙しい傭兵だと、我ながら呆れている」

 グレンの笑みが少し深くなった。

「その子は」

「同行者だ。売り物でも、検分品でもない」

「影使いか」

 チヨネの身体が硬くなる。

 吉継の手が、刀の柄へ近づいた。

 グレンは両手を上げる。

「待て。捕まえる気はない。俺は神殿の犬じゃない」

「では、何者だ」

「この町の警備隊長、グレン・ハルトだ。魔法はろくに使えんが、オーラなら少しは扱える。神殿の顔色ばかり見て飯を食う気はない」

 グレンは腰の剣を軽く叩いた。

「魔法使いに殴られっぱなしじゃ、武人は飯が食えんからな。悔しいだろ、そんなのは」

 オーラ。

 初めて聞く言葉だった。

 だが、先ほど感じた圧と、グレンの立ち姿が結びつく。

 魔法ではない。

 それでいて、魔法に対抗するための何か。

 吉継はすぐに結論へ飛ばなかった。

「そのオーラというものは、魔法に抗う術か」

 吉継が言うと、グレンは片眉を上げた。

「初耳のわりに、そこへ行くのか」

「貴殿の立ち方と、門番たちの反応でそう見えた」

「なるほど。目がいい。面倒な客を拾った気がしてきた」

「もし私の推測が外れているなら、訂正してほしい」

 グレンは少しだけ黙った。

 吉継は続ける。

「私はこの国の理を知らない。魔法も、神殿も、町の制度も知らぬ。知らぬまま動けば、私だけでなくこの子も危うくなる」

 チヨネが裾を掴む手に力を込めた。

「だから知りたい。貴殿が知っており、私が知らねばこの子を危うくすることを」

 グレンは、チヨネを見た。

 それから、吉継を見る。

「教えろ、じゃなくて、交渉か。嫌いじゃない」

「対価が必要なら払う」

「金は」

「ない」

「正直だな」

「嘘をついても、すぐに露見する」

 グレンは吹き出した。

「気に入った。オーラってのは、ざっくり言えば気力を扱う技だ。魔力とは別に、人の身体には気力がある。それを武器や拳に通すと、魔法障壁を叩き割れる。魔術師に泣かされてきた連中の意地みたいなもんだ」

 吉継は、その説明を静かに聞いた。

 魔法とは別の力。

 魔術師に抗うための武人の技。

 この世界にも、兵法の余地はある。

「学ぶことはできるか」

「誰でも基礎はな。ただし、使い物になるかは別だ」

「条件は」

「まずは身体を治せ。今のあんたは立ってるだけでやせ我慢してる。見ているこっちが痛い」

「見えるか」

「見える。俺も武人の端くれだ」

 グレンは吉継の右腕を顎で示した。

「その腕で訓練したら、覚える前に倒れる」

「合理的だ」

「それと、その子を怯えさせるな」

 吉継はチヨネを見る。

 チヨネはグレンを警戒したまま、吉継の影へ半分隠れていた。

「努める」

「なら、話は早い」

「町に入れ。だが条件がある」

「聞こう」

「神殿に近づくな。騒ぎを起こすな。その子を一人にするな。あと、右腕を見せろ。警戒しているんじゃない、放っておくと倒れそうだからだ」

 チヨネが即座に首を横に振った。

「ふん!」

 拒否。

 強い拒否。

 グレンは苦笑する。

「心配性だな。俺より先に怒っている」

「そうらしい」

「見せろと言ったのは、傷の具合を見るためだ。俺の妻は薬師だ。光魔法じゃない治療もできる」

 吉継は、少しだけ沈黙した。

 善意か。

 罠か。

 この世界では、まだ見分けがつかない。

 だが、グレンの気力に濁りはなかった。

 少なくとも、今ここで斬りかかる気配はない。

「分かった」

 チヨネが裾を引く。

 不安。

 吉継はその頭に左手を置いた。

「大丈夫だ。危うければ逃げる」

「ふん……」

 納得はしていない。

 だが、吉継の手の下で少しだけ力を抜いた。

 グレンは町の門を顎で示した。

「ようこそ、境の町リュカへ。歓迎は薄いが、飯くらいはある」

 吉継は門をくぐった。

 町の中には、石畳と木造の家々が並んでいた。

 店先には干し肉、黒パン、薬草、安物の布。

 遠くには、小さな神殿の尖塔。

 人々の視線が刺さる。

 白布の男。

 影を連れた少女。

 測定石を震わせた異端。

 歓迎されていない。

 それでも、ここには学ぶものがある。

 魔力。

 気力。

 四大魔法。

 オーラ。

 そして、この国の人の心。

 吉継は静かに歩いた。

 チヨネは半歩後ろをついてくる。

 その影は、吉継の影にぴたりと寄り添っていた。

 町の奥へ進む途中、吉継は小さく呟いた。

「まずは、生きる場所を得る」

 そのための戦が、始まる。

 剣を抜かぬ戦。

 病んだ国を知るための、最初の一歩だった。

吉継の魔力量、そして病毒反応が表に出る回です。

ここから魔法や気力を、吉継が観察と交渉で少しずつ学んでいきます。

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