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大谷吉継 転生録 〜義は滅びず、再び剣を取る〜  作者: ひさめ


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第45話:白蝶城の客人

青綿会を潰した後、白蝶城は少しずつ形を整えていきます。

道が通り、人が集まり、兵も増える中、短期契約を終えたアリスティが今日も城へやって来ます。

白蝶城は、城らしくなり始めていた。

 土塁の上には粗い木柵が立ち、空堀の底には雨水を逃がす溝が掘られている。曲輪の間には仮の橋が架かり、門の脇には見張り台が二つ増えた。

 まだ立派とは言えない。

 石垣はところどころ低く、門扉も厚い板を重ねただけだ。櫓もない。城内の小屋は、兵舎というより大きな作業小屋に近い。

 それでも、ただの廃砦だった頃とは違う。

 人の声がある。

 炊煙が上がる。

 荷を積んだ車が道を通る。

 白霧境の民は、朝になると白蝶城の外曲輪へ集まり、木材を運び、畑へ向かい、道普請へ出た。

 旧街道も変わりつつある。

 ぬかるみに丸太が敷かれ、崩れた石は脇へ寄せられた。水路に落ちた土砂は取り除かれ、浅い橋も二つ直した。まだ馬車が並んで通るほどではないが、荷車一台なら止まらず進める。

 道が通れば、人が来る。

 人が来れば、市が動く。

 市が動けば、銭が回る。

 吉継は見張り台の下で、王都から届いた書状を読み終えた。

 いつの間にか、この世界の文字を読むことに迷いが少なくなっていた。毎日のように帳面、通達、証文へ目を通していれば、形と意味は自然に結びつく。

 まだ詩や古い祈祷文までは読めない。

 だが、政に必要な文なら読める。

 領主として、それでまずは足りた。

「三百、か」

 吉継は書状を畳んだ。

 エルネが隣で帳面を抱えている。

 その帳面は、見せるための飾りではない。

 白霧境の畑がどれだけ耕せるか。どの家がどれほど米を納められるか。道普請や水路掘りに、誰を何日出せるか。いざという時、どの村から何人を城へ集められるか。

 年貢、諸役、軍役。

 それらは気合では動かない。

 土地と人と借りを記した帳面があって、初めて領は形を持つ。

 商人や寺社が貸し借りを忘れぬよう帳簿をつけるのと同じだ。領主もまた、民から何を取り、何を返し、何を守らせるのかを記録しなければならない。

 記録のない政は、強い者の声に流される。

 吉継は、それをよく知っていた。

「はい。短期雇いを含めれば、今の白霧境は三百人規模の警備と作業兵を回せます。全員を常備兵として抱えるわけではありませんが、伐採、道普請、水路、城の警備に分ければ無理はありません」

「兵と人足の境がまだ曖昧だな」

「今はそれでよいと思います。食わせられない兵を抱えるより、働ける民を守る方が先です」

「同感だ。戦うだけの兵を抱えるには、まだこの土地は細い」

 白蝶城の内側では、弓を持った若者が的へ矢を放っていた。隣では傭兵上がりの男が、槍の持ち方を教えている。

 別の場所では、女たちが土嚢を縫い、老人が縄を編む。

 誰もが兵ではない。

 だが、誰もが城を作っている。

 チヨネは柵の陰で、小石を三つ並べていた。

 一つを影でちょんと押すと、残り二つがころころ転がり、近くの子供が笑う。

 遊んでいるように見える。

 しかし、チヨネの視線は門と倉を何度も往復していた。子供が柵の外へ出ようとすれば、影が先回りして足元をつつく。

「ふん」

「遊びながら見張るとは器用だな。いや、見張りながら遊んでいるのか」

 チヨネは胸を張った。

 その時、城門の方から馬の蹄が聞こえた。

 アリスティ・フォン・バルシュタインが、二人の部下を連れて入ってくる。

 彼女は白蝶城の土塁を見上げ、いつもの静かな目で笑った。

「また形が変わりましたね。昨日より、北の堀が深い」

「毎日見に来れば、変化も分かるだろう」

「ええ。だから毎日来ています」

 アリスティは悪びれない。

 バルシュタイン傭兵団との短期契約は、すでに終わっている。

 青綿会から押収した倉、王都からの銀貨、白霧境の市の収益。そのすべてを整理し、吉継は傭兵たちへの銭を遅れなく支払った。

 未払いはない。

 契約は終わった。

 それでも、アリスティは毎日のように白蝶城へ来る。

 名目は様子見。

 実際には、ほとんど遊びに来ているようなものだった。

「貴殿らも暇ではあるまい」

「暇ではありません。ですが、白霧境の道が良くなると、私たちの仕事も増えます。巡回、護衛、荷の警備。つまり、ここを見に来るのは業務の一環です」

「よく言う」

 アリスティは薄く笑った。

「それで、大谷殿。以前の話、まだ考えてはいただけませんか」

「傭兵団を俺の家臣にする話か」

 エルネが帳面から顔を上げる。

 チヨネも小石遊びを止めた。

 アリスティはまっすぐ頷いた。

「私たちは、銭で動く傭兵です。けれど、銭を払えば誰にでも従うほど安くはない。白霧境には、戦う理由があります」

「買いかぶりだ。俺は、まだ貴殿らの明日を背負えるほど強くない」

「いいえ。少なくとも、私の部下はここを気に入っています。食事が出る。約束が守られる。怪我をすれば記録に残る。死ねば名が消されず、家族に銭が届く。傭兵にとって、それは十分すぎるほど珍しい」

 吉継は黙った。

 アリスティの言葉は軽くない。

 戦う者が、どこで死ぬかを選ぶ。

 それは、武士にも傭兵にもある感覚なのだろう。

「ありがたい話だ」

 吉継は静かに言った。

「だが、今はまだ難しい」

「理由を聞いても?」

「領地経営が安定しておらぬ。道は直り始めたばかり。田はまだ実っていない。市も始まったばかりだ。三百を動かせると言っても、それは常に三百を養えるという意味ではない」

 吉継は白蝶城の内側を見た。

「家臣にするなら、俺は貴殿らの明日も背負う。勢いで抱え、食わせられぬでは話にならぬ」

 アリスティは少しだけ目を細めた。

「断る時まで、兵站から入るのですね」

「兵は飯で動く。情だけで人を抱えれば、最後に泣くのは抱えられた者だ」

「正しい」

 彼女は満足げに笑った。

「では、今は客として通います。いずれ、あなたが私たちを抱えられると判断した時、また同じ話をしましょう」

「その時まで、勝手に出入りするつもりか」

「もちろん。門番にも顔を覚えられました」

 門番の若者が、気まずそうに目を逸らした。

 エルネが小さく笑い、チヨネは「ふん」と鼻を鳴らしてアリスティの足元へ小石を一つ転がした。

 アリスティはそれを拾い、真面目な顔でチヨネへ返す。

「通行料ですか」

 チヨネは小さく頷いた。

「払っておきましょう」

 アリスティが腰袋から干し果物を一つ出すと、チヨネは吉継を見る。

「報酬だ。受け取ってよい。チヨネなりの通行許可だ」

 チヨネは全力で頷き、干し果物を両手で受け取った。

   ◆

 昼前、王都からの先触れが到着した。

 宰相ミセリア・イシダが、白霧境を訪れる。

 青綿会解体後の確認。

 自由市と作付け再編の進み具合。

 白蝶城の整備状況。

 名目はいくつもある。

 だが、吉継には分かっていた。

 ミセリアは、前にこの地へ来た時、ゆっくり領内を見る時間がなかった。

 戦後処理、政務、王都への報告。

 彼女の足は常に急がされていた。

 今回は違う。

 白霧境の道を歩き、市を見て、水路を見て、白蝶城の土塁を上る。

 それができるだけの形が、ようやく整ってきた。

 吉継は白い陣羽織の襟を直し、軍配を腰に差した。

「エルネ。ミセリア殿を迎える準備を」

「門前と市の通りは確認済みです。水路の案内役も呼んであります」

「チヨネ。人混みでは前に出すぎるな」

「ふん」

「アリスティ殿」

「はい」

「客として来ているなら、客らしくしていろ。剣を抜く客は、まだ歓迎していない」

「難しい注文ですね」

 彼女は少し笑い、しかし部下へ視線を送った。

 その一瞬で、門周りの警戒が整う。

 遊びに来ている。

 そう言いながら、やはり彼女は戦場の人間だった。

 遠くから、王都の馬車が見えた。

 白霧の向こう、整えられたばかりの街道を、銀の紋をつけた一団がゆっくり進んでくる。

 吉継は一歩、門の前へ出た。

 前に守れなかった魂が、今度は自分の領へ来る。

 そして、この白蝶城を初めてゆっくり歩く。

 そう思うと、胸の奥で静かな熱が灯った。

 馬車が止まる。

 扉が開く。

 ミセリア・イシダは表情を変えぬまま、白蝶城を見上げた。

「報告より、形になっている」

 それが、彼女の第一声だった。

白蝶城の内政が一段進み、アリスティとの距離も少し近づきました。

次はミセリアが、初めてゆっくり白霧境を歩きます。

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