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大谷吉継 転生録 〜義は滅びず、再び剣を取る〜  作者: ひさめ


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第36話:重き土の傭兵団

青綿会は傭兵団を雇い、吉継を潰そうとします。

しかしチヨネの潜入により、裏帳簿と傭兵契約はすでに吉継の手へ渡っていました。

青綿会は、すぐには頭を下げなかった。

 水門の鍵を失い、自由市で許可の網を破られ、綿花畑を米へ戻され始めても、彼らは笑っていた。

 銭を持つ者は、すぐに刃を抜かない。

 まず、人を買う。

 チヨネがその知らせを持ち帰ったのは、自由市から三日後の夜だった。

 彼女は窓から音もなく入り、吉継の机へ小さな紙片を置いた。

「ふん」

 吉継は紙片を見た。

 文字はまだ完全には読めない。だが、数字と印の形は少しずつ分かるようになっている。

 エルネが横から読み上げた。

「青綿会の裏帳簿です。王国へ報告した綿の量と、実際に王都へ送った量が違います。かなり抜いていますね」

「王国に内緒で私腹を肥やしていた、ということか」

「はい。税をごまかし、領民には高い貸付を押しつけ、差額を自分たちで取っています」

 チヨネが胸を張った。

 頭ポン待ちだ。

 吉継はその頭を撫でた。

「よく潜った。危ない橋だったな。無事に戻ったことが、一番の手柄だ」

「ふんふん」

 チヨネは嬉しそうに鳴いたが、すぐにもう一枚の紙を差し出した。

 エルネの顔が険しくなる。

「傭兵契約書です。青綿会が、バルシュタイン傭兵団を雇っています」

「目的は」

「白霧境の新領主へ圧力をかけ、自由市と水門開放を撤回させること。必要なら、事故に見せかけて排除」

 エルネの声が低くなった。

 吉継は軍配を机に置いた。

「なら、大義はそろった」

「どうします」

「青綿会を潰す。ただし、私怨ではない。法と帳面で首を取る」

 その言葉は静かだった。

 怒鳴らない。

 脅さない。

 だが、戻らない決定だった。

   ◆

 翌朝、吉継は自由市の広場に机を置いた。

 机の上には、チヨネが持ち帰った裏帳簿の写し、傭兵契約書、青綿会の封蝋跡。

 そして、白霧境の市帳面。

 ロウエンが青い顔で立っている。

「領主様、本当にここで読み上げるのですか」

「人の前で商ってきた者だ。人の前で帳尻を合わせてもらう。隠して儲けたなら、明るい場所で数え直せばよい」

 エルネが紙を整える。

「青綿会の者は来ますかね」

「来る」

 吉継は広場の入口を見た。

「来なければ、逃げたと記録するだけだ」

 昼前、青綿会のベルノが現れた。

 後ろには、見慣れぬ傭兵たちがいる。

 数は二十。

 だが、奇妙なことに、多くが剣を帯びていない。短い革鎧に、手甲、縄、短刀だけ。重い武器を持つ者は少ない。

 その中心に、一人の女がいた。

 高い背。

 くすんだ銀灰色の髪を低い位置で束ね、余計な飾りを一切つけていない。着古した濃紺の軍服に、手入れされた革防具。鋭い琥珀色の目が、広場全体を静かに見ている。

 傭兵の荒さより、軍を率いる者の静けさがあった。

 吉継の頭の奥で、何かが鳴った。

 魂が告げる。

 知らぬ名だった。

 吉継が死んだ後の世に現れる者。

 だが、魂を見た瞬間、頭の奥へ戦の匂いが流れ込んできた。

 諸侯を相手に傭兵を束ね、銭と契約で巨大な軍を動かした者。

 戦場を商いとしながら、ただの商人では終わらなかった者。

 味方にも恐れられ、敵にも畏れられ、ついにはその才ゆえに消された歴戦の猛者。

 名は、アルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタイン。

 吉継の生前には、まだ活躍していない後世の傭兵隊長だった。

 その魂を持つ転生体。

 彼女に前世の記憶はない。

 だが、戦を知る者だけが持つ重さは、一目で分かった。

「名は」

 吉継が問う。

 女は静かに答えた。

「アリスティ・フォン・バルシュタイン。バルシュタイン傭兵団の団長です」

 ベルノが勝ち誇ったように笑う。

「領主様。青綿会は不当な中傷を受けております。今日は、その訂正を求めに参りました」

「傭兵を連れてか」

「護衛です」

 吉継はアリスティを見た。

「貴殿は、契約でここにいるのか」

「はい。青綿会より、市の混乱を抑えるよう雇われました」

「混乱を作っているのは誰か、確認したか。剣を抜く前に、雇い主の足元を見るべきだったな」

「契約前に帳簿を見る権限はありません」

 嘘ではない。

 アリスティの声には、言い訳の濁りがなかった。

 吉継は頷いた。

「ならば、今見るとよい」

 エルネが帳簿を読み上げる。

 王国へ届けた綿量。

 実際に王都へ運んだ綿量。

 農民へ貸した種と農具の額。

 返済として取り上げた綿の量。

 帳面の数字は、静かに青綿会を追い詰めていった。

 ベルノの顔から色が消える。

「偽造です」

「そう言うと思った」

 吉継はロウエンへ視線を向けた。

 ロウエンは震えながら、一歩前へ出る。

「私が見ました。青綿会の使いが、許可札小屋の裏で帳簿を差し替えるところを。私は、見て見ぬふりをしていました」

 広場がざわめく。

 ベルノが怒鳴った。

「裏切り者め!」

「違う。恥じるなら、腐った仕組みに従い続けたことを恥じろ」

 吉継は静かに言った。

「腐った仕組みから降りた者だ。降りた者を叩くのは、残った者の恐怖でしかない」

 ベルノが手を上げる。

 傭兵たちが動きかけた。

 その瞬間、アリスティが片手を上げた。

 傭兵たちは止まる。

「ベルノ殿。契約内容は、市の混乱を抑えることです。証人を殴る契約ではありません」

「金は払っている!」

「払われた分の仕事はします。だが、契約外の罪は背負いません」

 吉継は、アリスティの目を見た。

 冷たいのではない。

 測っている。

 戦場の現実と、契約の線を。

 ベルノが奥歯を噛む。

「ならば、決闘だ!」

 広場がざわめいた。

 ベルノは勝機を見つけたように声を張る。

「領主様がそこまで正しいと言うなら、傭兵団長と一対一で戦えばよい。アリスティ殿が勝てば、青綿会への中傷を取り下げ、自由市の帳簿公開も停止していただく。領主様が勝てば、青綿会は未申告分と罰金、さらに水路修繕費を払う」

 エルネが即座に口を開いた。

「政務を決闘で曲げるのはおかしいです」

「その通りだ。だが、向こうが武で黙らせたいなら、武で黙らぬところを見せる」

 吉継は静かに頷いた。

「帳簿は帳簿だ。王国への報告は止めぬ。だが、報酬と賠償の支払いを決める決闘なら受ける」

 ベルノの笑みが戻った。

「よろしい。アリスティ殿が勝てば、青綿会は傭兵報酬を倍額で得る。領主様が勝てば、青綿会は未申告分、罰金、水路修繕費、さらに今回の傭兵報酬を白霧境へ支払う」

「記録しろ」

 エルネが素早く書く。

 ロウエンも証人として名を書いた。

 アリスティは吉継を見た。

「受けるのですか」

「貴殿を見たい」

 吉継は答えた。

「ベルノのためではない。貴殿がどれほどの者か、俺が知りたい」

 アリスティの琥珀色の目が、わずかに熱を帯びた。

「ならば、契約内です」

 チヨネが吉継の袖を掴む。

「ふん」

 止めたい音だった。

 吉継は、その頭にそっと手を置く。

「心配はいらぬ。殺し合いにはしない」

「ふん……」

「それでも心配か」

 こくり。

「なら、見ていてくれ」

   ◆

 広場の中央が空けられた。

 決闘の条件は簡単だった。

 殺しなし。

 相手の膝を地につけるか、続行不能を認めさせれば勝ち。

 吉継は刀を机に置いた。

 軍配も外す。

 ベルノが笑った。

「武器を捨てるとは、恐れましたか」

「違う」

 吉継は白頭巾の奥で静かに息を整えた。

「貴殿らの傭兵が重い武器を持たぬ。なら、武器を重くする魔法を疑う。こちらも持たぬだけだ」

 アリスティの目が動く。

「私の魔法を、そこまで読んでいる」

「まだ全部ではない」

「では、見せましょう」

 アリスティが手を地面へ向ける。

「重力不変のグラビティ・テラ

 広場の空気が沈んだ。

 周囲の兵の剣や槍が、一斉に地面へ引かれる。

 金具がきしみ、何人かが慌てて武器から手を離した。

 範囲内の全武器が、数十倍の重さになる。

 吉継の刀も、机の上で深く沈むように重くなった。

 だが、吉継自身は動ける。

 アリスティは一歩踏み込んだ。

 速い。

 重い武器を持たぬ傭兵の動きだった。

 手甲をつけた拳が、吉継の胸元へ伸びる。

 吉継は後ろへ下がらない。

 半歩だけ横へずれ、足元の土を読む。

 地脈俯瞰ちみゃくふかん

 視界ではなく、足裏で見る。

 アリスティの踏み込みは重く、迷いがない。

 ただし、右足へ力が乗る瞬間、左肩がわずかに開く。

 吉継はその内側へ入った。

 アリスティの肘が落ちる。

 吉継の袖を掴みに来た。

 組み打ち。

 刀の間合いではない。

 武器を奪う魔法と、無武装の制圧。

 よくできている。

 吉継は感心しながら、腕を取らせた。

 アリスティの指が吉継の手首を締める。

 次の瞬間、地面が湿った。

泥足制圧マッド・グリップ

 吉継の足元が重くなる。

 逃げ道を奪う魔法。

 だが、吉継は逃げるつもりがなかった。

 武士は刀だけで戦うものではない。

 倒れぬための足。

 崩すための腰。

 鎧組みの理は、前世の戦場にもあった。

 吉継は掴まれた手首を引かず、逆に一歩だけ近づいた。

 距離が詰まる。

 アリスティの膝がわずかに迷った。

 そこへ、吉継の指が彼女の手首へ触れる。

病刃封脈びょうじんふうみゃく

 黒い筋が一瞬だけ走った。

 流し込む量はわずか。

 殺すためではない。

 握力を一呼吸だけ鈍らせるため。

 アリスティの指が緩む。

 吉継は体を反転させ、彼女の踏み込みの力をそのまま流した。

 アリスティの膝が、地面へ触れる。

 だが、彼女は倒れ切らない。

 片膝をついたまま、吉継の袖を離さなかった。

 吉継の喉元へ、彼女のもう片方の手刀が止まっている。

 あと少し深ければ、こちらも負けていた。

 広場が静まり返る。

 アリスティは片膝をついたまま言った。

「私の負けです。膝が地についた」

 吉継は手を引いた。

「紙一重だ。貴殿は俺の喉を取っていた」

「規定は規定です」

 アリスティは立ち上がる。

 その目に、先ほどより強い熱があった。

「大谷殿。あなたは、私の魔法を見て逃げなかった」

「逃げれば、貴殿は追う」

「そして、武器を持たずに布陣した」

「貴殿の魔法は、味方の得物も奪う。ならば、最初から持たねばよい」

「私の力を、欠陥ではなく戦術として見たのですね」

「欠陥かどうかは、使い方で変わる」

 アリスティは小さく息を吐いた。

「契約は決着しました。青綿会は未申告分、罰金、水路修繕費、そして今回の傭兵報酬を白霧境へ支払う」

 ベルノの顔から血の気が引いた。

「そんな、決闘は」

「あなたが提案し、記録されました」

 エルネが帳面を掲げる。

 ロウエンも証人として頷いた。

 アリスティはベルノを見た。

「加えて、契約主が重大な不正を隠していた可能性があります。バルシュタイン傭兵団として、青綿会との契約を一時停止します」

 これで青綿会の刃は折れた。

 残るは、紙の処理だ。

「ベルノ。青綿会白霧境倉の帳簿、鍵、綿の在庫を領主預かりとする。王国への未申告分は、政務院へ送る」

「そんな権限が」

「領主としての徴税権と、王家直臣末席としての報告義務だ」

 吉継の声は穏やかだった。

 だが、誰も逆らえない。

 ベルノは膝から崩れた。

 青綿会は、広場で潰れた。

 少なくとも、白霧境を縛る鎖としては。

   ◆

 人々が散った後、アリスティは吉継の前に立った。

「大谷殿。先ほどの勝負、見事でした」

「貴殿こそ。俺の喉を取っていた」

「ですが膝がついた。傭兵の契約では、負けは負けです」

 アリスティの琥珀色の目には、まだ熱が残っている。

 チヨネが吉継の袖を引いた。

「ふん」

 警戒している。

 吉継は優しく頷く。

「分かっている。まだ味方ではない」

 アリスティは小さく笑った。

「正しい判断です。私は傭兵。契約で動く」

「なら、いつか契約することもあるだろう」

「高いですよ」

「領地を立て直してから考える」

 アリスティは少しだけ口元を緩めた。

「楽しみにしています。白頭巾の領主殿」

 そう言って、彼女は傭兵たちを連れ、霧の中へ戻っていった。

 吉継はその背を見送る。

 アルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタイン。

 吉継の知らぬ後世で名を残す者。

 前世の記憶はない。

 だが、あの魂は戦場を知っている。

 敵に回せば厄介だ。

 味方にできれば、白霧境の力になる。

 吉継は軍配を握った。

 青綿会の鎖は断った。

 だが、新しい縁もまた、霧の中に現れた。

お読みいただきありがとうございます。

青綿会は白霧境での支配力を失い、代わりにバルシュタイン傭兵団の団長・アリスティが登場しました。吉継との一対一の決闘で、彼女の重力魔法と傭兵としての誇りが見え始めます。

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