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大谷吉継 転生録 〜義は滅びず、再び剣を取る〜  作者: ひさめ


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第33話:白霧境の毒土

吉継はチヨネ、エルネとともに白霧境へ向かいます。

今回は、辺境領の問題点である綿花偏重、商売許可制、そして毒土に向き合う内政回です。

王都を離れる朝、フェイ・チャンは門の前で腕を組んでいた。

 丈八蛇矛を肩に担ぎ、いつものように豪快な笑みを浮かべている。

「行くのか、吉継」

「ああ。白霧境を見ねばならぬ」

「俺も行く、と言いたいところだがな」

 フェイは王宮の方を顎で示した。

「俺は王国の将だ。勝手に辺境へついていくわけにはいかん」

「分かっている。貴殿を無理に連れ回せば、王都の守りが薄くなる」

 吉継は静かに頷いた。

 フェイは吉継の家臣ではない。

 御前試合で認め合い、枯れ川で背を預けた仲ではある。だが、彼女には彼女の立場がある。

「貴殿には、王都にいてもらう方が助かる」

「ほう。俺を使う気か」

「ガリアが動くなら、王都も荒れる。ミセリア殿の近くに、貴殿のような将がいる意味は大きい」

 フェイは少しだけ目を細め、それから大きく笑った。

「いいだろう。ミセリアの方は俺が見ておく。だが、困ったら呼べ。すぐ殴りに行く」

「その時は頼む。貴殿の拳は、俺の策より早い時がある」

「必ず呼べよ。勝手に全部片づけるな」

 その言葉に、チヨネが吉継の袖を引いた。

「ふん」

 同意らしい。

 エルネも荷物を抱えながら言う。

「私もそれに賛成です。吉継様は、放っておくと全部自分で背負います」

「気をつける。だが、背負うなと言われて捨てられるほど、器用ではない」

「それ、信用できる返事ですか? 今の返事、だいぶ危ないです」

 吉継は少しだけ笑った。

「努力はする」

 エルネは肩をすくめた。

「まあ、努力するだけ前進ですね」

 チヨネは小さく、ふんふん、と鳴いた。

 旅立ちの荷馬車が動き出す。

 フェイは門の前で蛇矛を掲げた。

「白頭巾! 辺境でも死ぬなよ!」

「死ぬ予定はない。白霧境でやることが山ほどある」

「予定で死ぬ奴はいない! だから俺が言ってるんだろうが!」

 豪快な笑い声を背に、吉継たちは王都を離れた。

   ◆

 白霧境しらぎりざかいは、名の通り霧の多い土地だった。

 朝も昼も、低い白が畑の上を這っている。遠くには廃砦が見え、旧街道は石が抜け、荷馬車の車輪が何度も跳ねた。

 村は三つ。

 人はいる。

 だが、顔に力がない。

 畑には背の低い綿花が並んでいた。

 白い綿は風に揺れ、遠目には雪のようにも見える。

 美しい。

 しかし、腹は膨れない。

 村長たちは、古い館の広間に集められた。館と言っても、壁はひび割れ、雨漏りの跡が天井に残っている。

 吉継は卓の前に座り、エルネに記録を読ませた。

「この領内の耕作地をすべて食糧向けに使えば、おおよそ五百石相当の収穫が見込めます。ですが、今は綿花畑が多く、食糧として回収できているのは百石ほどです」

 エルネは眉を寄せた。

「数字だけ見ると、かなり危ないです。帳面の上でも腹が減ります」

 村長の一人が慌てて言う。

「ですが、綿花は売れます。商人が買いに来るのです」

「その銭で穀物を買うのか」

 吉継が尋ねると、村長は目を伏せた。

「買えれば、ですが。冬の穀物は、商人の気分ひとつで値が跳ねます」

 別の村長が答える。

「冬前になると、穀物の値が上がります。綿を売っても、食う米や麦を買うには足りませぬ」

「なら、まず食う物を作る。銭は食えぬ。米は人を立たせる」

 吉継の声は静かだった。

「綿花をすべて捨てる必要はない。だが、領民の腹を満たせぬ畑は、領を守らぬ。水の届く場所は米に戻す。乾いた場所は麦や豆。綿花は余った土地に絞る」

 村長たちは顔を見合わせた。

 チヨネは吉継の隣で、机の上に置かれた綿を指でつついている。

 ふわ、と白い綿が揺れる。

「ふん」

 柔らかいのは気に入ったらしい。

 吉継はその様子を見て、少しだけ声を和らげた。

「綿も必要だ。衣になる。売れば銭にもなる。だが、順がある。まず食わせる。次に着せる。その後で売る」

 エルネがすぐに書き取る。

「食糧優先、綿花は制限。水利の確認も必要ですね」

「ああ。水路を見る」

 吉継は続けて、帳面の別の列を指した。

「年貢は今まで六割か」

 村長たちの顔が強張った。

「はい。領へ六、民へ四でございます」

「多い」

 吉継は即座に言った。

 広間が静かになる。

「これより四公六民とする。領へ四、民へ六だ」

 村長の一人が、聞き間違えたように目を開いた。

「領主様、それでは領の取り分が減ります」

「減る」

「よろしいのですか」

「民が飢えれば、来年の田は起きぬ。田が起きねば、領も死ぬ。今は搾る時ではない。生かす時だ。腹の空いた民に、忠義だけを求めるほど俺は鈍くない」

 エルネの羽ペンが止まった。

「かなり思い切った数字です」

「数字は戻ってくる。民が残ればな」

 チヨネが村長たちを見て、それから吉継を見上げた。

「ふん」

 誇らしげな音だった。

 村長たちは、まだ信じきれていない顔で頭を下げた。

「水路は詰まっています」

 村長が言った。

「上流の土が黒く、作物が枯れる場所もあります。昔から毒土と呼ばれております」

 毒土。

 吉継は、その言葉に静かに目を向けた。

   ◆

 二つ目の問題は、市で見えた。

 白霧境の市は小さい。

 それでも、野菜、布、木炭、古い道具を売る者が並んでいる。

 だが、売り手の顔に活気がない。

 理由はすぐに分かった。

 市の入口に、許可札を配る小屋がある。

 商いをする者は、毎回そこで許可を得なければならない。払う銭も小さくはない。

 さらに、扱う品ごとに別の許可がいる。

 布を売る許可。

 米を売る許可。

 鍛冶物を売る許可。

 前世の座に似ていた。

 特定の者だけが商売を許され、新しく始める者は入口で止められる。

 守るための仕組みが、いつの間にか締めつけになっている。

「これでは銭が回らぬ」

 吉継は小屋の前で言った。

 許可札を持つ男が顔をしかめる。

「昔からの決まりです。勝手に売られては困ります」

「誰が困る」

「許可を持つ者が」

「領民は困っている」

 男は黙った。

 エルネが小声で言う。

「商人の組合みたいなものですね。これを壊すなら、反発が出ます」

「壊すのではない。通れる道を増やす」

 吉継は市を見渡した。

「今日より、白霧境の市では、領内の者が日用品と食糧を売る時、毎回の許可を不要とする」

 ざわめきが広がった。

 許可札の男が声を荒げる。

「そんなことをすれば、粗悪品が出回ります!」

「だから記録は残す」

 吉継はエルネを見た。

「名、品、場所。それだけを書く。嘘を売った者は市から追う。だが、売る前に止めぬ」

 エルネが頷く。

「簡単な帳面にできます。複雑な許可より、ずっと早いです」

「楽市楽座」

 吉継は前世の言葉を小さく呟いた。

 この世界では通じない。

 だから言い直す。

「自由市だ。銭を止めずに回す」

 チヨネが小さく首をかしげた。

「ふん?」

「難しかったか」

 こくり。

 吉継は、できるだけ簡単に言う。

「売りたい者が売れるようにする。買いたい者が買えるようにする。悪いことをした者だけ止める」

 チヨネは納得したように、ふんふん、と鳴いた。

 市の片隅で、老婆が小さな豆袋を抱きしめた。

「では、これも売ってよいのですか」

「売ってよい」

 老婆の目に、少しだけ光が戻った。

 それだけで、吉継はこの決定が間違いではないと分かった。

   ◆

 夕方、吉継は村の外れにある黒い畑へ向かった。

 土は湿っているのに、草が少ない。

 水路の近くには黒い泥が溜まり、近づくと鼻の奥に苦い匂いが残った。

 村人たちは遠巻きに見ている。

「毒土です。触らぬ方がよろしい」

 村長が震える声で言った。

 吉継は膝をついた。

 チヨネが袖を掴む。

「ふん……」

「心配はいらぬ」

 吉継は優しく言い、土へ手を置いた。

 冷たい。

 だが、その奥に澱んだものがある。

 水に混じった毒。

 腐った根。

 長く放置された土地の病。

 普通の者には害だ。

 だが、吉継の病毒は、それを拒まなかった。

 むしろ、呼んでいる。

毒脈呑浄どくみゃくどんじょう

 土の下で、黒い筋が動いた。

 毒が水のように吉継の手へ集まる。

 村人たちが息を呑んだ。

 黒い泥から、細い煙のようなものが立ち上がり、吉継の掌へ吸い込まれていく。

 危険だ。

 普通なら、体が腐る。

 だが、吉継の中では違った。

 病毒魔法が、毒を食う。

 毒が毒を満たす。

 背中の矢傷の痛みが、急速に薄れていった。

 光に焼かれた熱も引く。

 体の奥に残っていた重さが、消えていく。

 全身へ力が戻った。

 喰骸瘴手で得た回復とは違う。

 これは、土地の病を喰っている。

 吉継は静かに息を吐いた。

 黒かった泥の色が、少しだけ薄くなる。

 完全に清めたわけではない。

 だが、毒は確かに減った。

 エルネが目を見開いている。

「吉継様、顔色が……よくなっています」

「毒が、俺には薬になるらしい」

「普通は絶対に言ってはいけない言葉ですよ、それ」

 チヨネが吉継の手を取った。

 掌を見て、指を一本ずつ確認する。

「ふん……?」

「大丈夫だ。痛みも軽い」

 チヨネはまだ疑っている顔で、吉継の袖を掴み直した。

 村人たちは、恐れと希望の混じった目で吉継を見ていた。

 病毒持ち。

 不吉な者。

 そう呼ばれる力が、この土地では土を救うかもしれない。

 吉継は立ち上がった。

「この畑は捨てぬ。水路を掘り直し、毒を抜き、米を植える」

 村長が震えながら問う。

「本当に、戻るのでしょうか」

「戻す」

 吉継は静かに答えた。

「白霧境は、捨てられた土地では終わらせぬ」

 霧の向こうで、廃砦の影が見えた。

 畑。

 市。

 水路。

 そして、人。

 戦より難しい戦が、ここから始まる。

お読みいただきありがとうございます。

白霧境では、食糧不足、許可制で止まった市、毒を含んだ土地が問題でした。吉継は楽市楽座に近い自由市と、毒を喰らう新たな病毒魔法で、領地を立て直し始めます。

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