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大谷吉継 転生録 〜義は滅びず、再び剣を取る〜  作者: ひさめ


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第2話:光に焼かれる男

異世界で目覚めた吉継。

しかし、彼を救おうとした光の回復魔法は、なぜかその身を焼いてしまう。

光が、肉を焼いた。

 それは炎ではない。

 刃でもない。

 施療師の女が差し伸べた、善意そのものだった。

「やめろ」

 大谷吉継がそう告げたときには、もう遅かった。

 淡い白光が、包帯の巻かれた右腕に触れる。

 次の瞬間、包帯の下で皮膚が泡立つような感覚が走った。

 肉が熱を持ち、血管の奥に潜んでいた黒い何かが、光を拒むように暴れ出す。

「っ……」

 吉継は声を殺した。

 関ヶ原で受けた刃の痛みに比べれば、耐えられぬほどではない。

 病に蝕まれ、皮膚が崩れ、息をするたびに肺の奥が軋んだ日々に比べれば、まだ堪えられる。

 だが、それは確かに異質だった。

 癒やすはずの光が、吉継の身体を壊している。

「な、なんで……」

 施療師の女が、青ざめた顔で後ずさった。

 まだ若い。

 栗色の髪を後ろで結い、白い施療服を着た娘だった。

 震える両手には、消えかけた光の魔力が残っている。

「回復魔法なのに。傷口が、悪く……」

「悪いのは、あなたではない。助けようとした手を、責めるつもりはない」

 吉継は右腕を押さえながら言った。

 声は思ったよりも落ち着いていた。

 いや、落ち着かせた。

 怯えた相手に、さらに恐怖を与える必要はない。

「善意を受け損ねた。こちらの身が、光に耐えられぬだけだ」

「でも、そんな……光神の癒やしが効かないなんて。そんな人、聞いたことがありません」

 施療師の女は、吉継の腕を見つめた。

 包帯の隙間から、黒ずんだ皮膚が覗いている。

 そこにはただの傷ではなく、腐敗に似た魔力の脈動があった。

 施療院の奥で、誰かが息を呑む。

「病毒……」

 その一言で、空気が変わった。

 先ほどまで吉継を囲んでいた者たちが、一歩、二歩と下がる。

 老いた薬師。

 施療師見習い。

 荷運びの少年。

 怪我をした兵士。

 誰もが、吉継から距離を取った。

 そこにあったのは、恐怖と嫌悪、そして神罰を見るような目だった。

 吉継は、その視線を知っている。

 前世でもそうだった。

 病に蝕まれた身体を隠す白布。

 触れれば穢れるとでも言いたげな目。

 同情よりも先に浮かぶ、拒絶。

 世界が変わっても、人の目は変わらぬらしい。

「……ここは」

 吉継は問いを変えた。

 痛みよりも、情報が必要だった。

「どこだ」

 誰も答えない。

 先ほどの施療師が唇を震わせる。

「サンクトゥス・レガリア王国。東境の施療院です。あなたは、黒森の瘴気溜まりで倒れていました」

「黒森」

「魔物も出るし、瘴気も濃い危険地帯です。普通の人なら、半日も保ちません」

 なるほど、と吉継は思った。

 自分は死地に落とされたらしい。

 だが、死んではいない。

 むしろ、身体の奥に沈む病毒の魔力は、瘴気と奇妙に馴染んでいた。

 この世界における自分の身は、清浄な場所よりも穢れた場所に適応しているのかもしれない。

「名は」

 老薬師が問うた。

 問いというより、詰問に近い声音だった。

「大谷吉継。忘れたくない名だ」

「オオタニ……?」

 老薬師が聞き慣れぬ響きを転がす。

「家名か」

「そうだ」

「どこの国の者だ」

「分からぬ」

「分からぬ?」

「この世界の国を、まだ知らない。知らぬことばかりで、正直に言えば不愉快だ」

 施療院に沈黙が落ちた。

 怪我人の兵士が小さく舌打ちする。

「記憶喪失か、異端者か、魔族の類か」

「人だ。少なくとも、化け物として扱われる筋合いはない」

 吉継は即答した。

 兵士が鼻で笑う。

「光で焼ける人間がいるか」

「ここにいる。光に焼かれても、まだ人として息をしている」

 言い返すつもりはなかった。

 ただ、事実を述べた。

 兵士は押し黙る。

 吉継は寝台の端に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。

 身体は重い。

 血の流れも鈍い。

 それでも、前世の最期とは違う。

 若い。

 関ヶ原で死んだあの身体よりも、はるかに若い。

 病の呪痕は魂に残っている。

 病毒の黒い魔力も、肉体の奥で脈打っている。

 だが、足は動く。

 腰は落とせる。

 刀を振るうだけの力が、まだある。

「待ってください。まだ動いては」

「ここにいては、迷惑になる」

 施療師の女が言葉に詰まった。

 否定したかったのだろう。

 だが、周囲の怯えた目を見れば、否定できない。

 吉継は白い布を探した。

 寝台の脇に、血と泥で汚れた布が畳まれている。

 前世で顔を覆っていたものとは違う。

 だが、白い。

 吉継はそれを手に取り、顔の下半分を覆った。

 布を結ぶ動作だけは、驚くほど手慣れていた。

「それは……」

「人を怯えさせぬためのものだ。顔一つで無用な恐れを増やしたくない」

 施療師の女が、わずかに目を伏せる。

「私が、怯えたからですか」

「あなた一人の話ではない。怯える者を責めるほど、俺は強くない」

 吉継はそう言って、施療院の外へ出ようとした。

 そのとき、戸口の向こうで騒ぎが起きた。

「どけ! 瘴気持ちが運び込まれたと聞いた!」

 荒い声。

 扉が乱暴に開かれ、鎖帷子を着た男たちが入ってくる。

 先頭に立つのは、白い聖印を胸に下げた壮年の男だった。

 兵ではない。

 神職だ。

 だが、腰には短剣を帯びている。

「光神教の巡察司祭、マルクだ」

 男は名乗り、すぐに吉継を見た。

 目が細まる。

「貴様か。病毒持ちというのは」

「そう呼ばれる理由は、今しがた知った。だが、呼ばれた名に膝を折る気はない」

「しらばっくれるな。病毒魔法は魂の腐敗。光神に背く不浄の力だ」

 施療師の女が慌てて口を挟む。

「司祭様、この方は黒森で倒れていただけで」

「黙れ。お前も光の癒やしが逆に傷を悪化させたと報告したな」

「それは」

「証拠だ」

 マルク司祭は杖を掲げた。

 先端に白い光が灯る。

 吉継の身体が、また本能的に拒んだ。

 この光は危ない。

 施療師の回復魔法よりも強い。

 触れれば、今度は腕だけでは済まない。

「不浄の者は、光によって正されねばならぬ」

 司祭が光を放とうとする。

 その瞬間、吉継の視界が戦場になった。

 施療院の間取り。

 寝台の位置。

 窓の高さ。

 怪我人の数。

 司祭の護衛二名。

 後方にいる施療師。

 逃げ道。

 光の射線。

 情報が、一瞬で並ぶ。

 吉継は理解した。

 これが軍師魔法の芽だ。

 戦場ではない場所すら、戦場として読める。

 ならば、やることは一つ。

 勝つことではない。

 誰も死なせず、この場を抜けること。

「伏せろ」

 吉継は短く言った。

 施療師の女が、反射的に身を屈める。

 同時に、吉継は寝台の脇に立てかけられていた古びた刀を掴んだ。

 誰のものかは分からない。

 施療院に運び込まれた時、荷物と共に置かれていたのだろう。

 柄を握った瞬間、身体の奥に残っていた武士の感覚が戻ってくる。

 吉継は刃を抜かず、鞘のまま床を打った。

 乾いた音が響く。

 護衛の視線が一瞬、足元へ落ちた。

 その隙に、吉継は半歩だけ前へ出る。

 鞘の先で一人目の膝裏を払った。

 返す動きで、二人目の手首を打つ。

 護衛が崩れる。

「なっ」

 司祭の光が放たれた。

 吉継は正面から受けない。

 寝台脇の木板を蹴り上げる。

 光が木板を焼く。

 その一瞬の陰に、吉継は身を沈めた。

 右腕の病毒が疼く。

 使えば、この場の誰かを傷つけるかもしれない。

 ならば、使わない。

 吉継は倒れかけた護衛の肩を押し、司祭との間に人の壁を作らぬよう、斜めへ流した。

 次に鞘の石突で天井近くの魔導灯を打つ。

 魔導灯が揺れ、施療院が一瞬、暗くなった。

「逃げる気か、病毒持ち!」

「違う。逃げるのではない。ここで死ぬ理由がないだけだ」

 吉継は、司祭の背後へ回っていた。

 マルクが振り返るより早く、吉継の指がその手首に触れる。

 ほんの一点。

 そこに、病毒魔法を流し込んだ。

 殺す毒ではない。

 血の流れを鈍らせ、筋を一瞬だけ眠らせるだけの、極小の病毒。

「ぐっ」

 司祭の手から杖が落ちた。

 吉継はそれを足で遠ざける。

「あなたを殺す気なら、今ので終わっていた。命を残した意味を考えろ」

 司祭が膝をつく。

 怒りよりも先に、恐怖が顔に浮かんだ。

「ば、化け物が」

「そう見えるなら、それでよい。今は化け物と思われた方が、互いに近づかずに済む」

 吉継は息を吐いた。

 右腕が熱い。

 さきほど光に焼かれた傷が、内側から疼いている。

 病毒魔法をわずかに使っただけで、体力が削られた。

 なるほど。

 この力は便利ではない。

 代償がある。

 むしろ、それでよかった。

 代償のない力は、人を誤らせる。

 施療院の者たちは、誰も動けなかった。

 吉継は落ちた杖を拾い、老薬師の方へ滑らせる。

「この司祭の腕は、半刻もすれば戻る」

「なぜ、殺さなかった。あいつは本気であなたを焼こうとしたんだぞ」

 兵士が呆然と尋ねる。

「殺す理由がない。怒りで斬れば、あとに残る者がもっと怯える」

「襲われたんだぞ」

「彼は彼の教義に従った。俺は俺の都合で避けた。それだけだ。許したわけではない」

 言葉にしてから、吉継は自分でも奇妙だと思った。

 前世の自分なら、もう少し冷たく切り捨てていただろう。

 だが、この世界で最初に受けた善意は、回復魔法だった。

 その善意が自分を傷つけた。

 ならば、世界を単純に敵と味方へ分けるのは早い。

 吉継は戸口へ向かった。

「待って」

 施療師の女が呼び止めた。

 吉継は振り返る。

 女は震えながら、小さな包みを差し出した。

「乾いたパンと、薬草です。光は使えませんけど……せめて、痛み止めくらいなら」

 周囲がぎょっとする。

 マルク司祭が呻く。

「不浄に施しをするな……」

 女は唇を噛んだ。

「でも、痛がっていました。顔は平気そうでも、手が震えていたんです」

「私は」

「顔は変わらなかった。でも、手が震えていました」

 吉継は、自分の右手を見た。

 たしかに、わずかに震えている。

 隠したつもりだった。

 戦場では、弱さを見せれば兵が揺らぐ。

 前世では、苦痛を隠すことに慣れていた。

 だが、この娘は見ていた。

「名は」

「リナです。リナ・フォルテ」

 現地人。

 偉人の転生体ではない。

 吉継には、なぜかそれが分かった。

 魂に触れるような感覚がない。

 関ヶ原の記憶に響くものもない。

 ただ、この世界に生きる一人の娘。

 それが、妙に尊かった。

「リナ殿」

 吉継は包みを受け取った。

「この恩は忘れぬ」

「恩なんて。私は、ちゃんと治せなかった」

「あなたは治そうとした。その心まで失敗にしてはならぬ」

 吉継は、静かに頭を下げた。

「それで十分だ。助けたいと伸びた手は、俺には眩しすぎるほどだ」

 リナは目を見開いた。

 施療院の誰もが、白布の男が頭を下げる姿を見ていた。

 病毒持ち。

 不浄。

 化け物。

 そう呼ばれた男が、自分を恐れた娘に礼を尽くしている。

 吉継は踵を返した。

 外へ出る。

 東境の空は、前世の関ヶ原とは違っていた。

 高い。

 青い。

 そして、どこか冷たい。

 遠くに黒い森が見える。

 その向こうに、街道が延びている。

 さらにその先には、王都へ向かう道があるという。

 サンクトゥス・レガリア王国。

 光神教。

 病毒魔法。

 異世界。

 分からぬことばかりだ。

 だが、吉継の中で、ひとつの仮説が形を取っていた。

 この世界には、転生した偉人がいる。

 自分だけが前世を覚えている。

 そして、自分にはおそらく、その魂を見分ける力がある。

 ならば探す。

 石田三成を。

 名が違っても。

 姿が違っても。

 女に生まれ変わっていても。

 前世を覚えていなくても。

 必ず見つける。

 吉継は歩き出した。

 だが、三歩目で膝が揺れた。

 光に焼かれた傷と、病毒魔法の反動が同時に身体を蝕んでいる。

「……情けない」

 苦笑が漏れる。

 この身体は、前世より若い。

 刀も振れる。

 だが、まだこの世界の魔法を知らない。

 水。

 火。

 土。

 風。

 この国に住み、この国の理を学べば、いずれ四大魔法も身につくのだろう。

 それを兵法に組み込めば、戦い方は大きく変わる。

 だが今はまだ、届かない。

 鍛えねばならない。

 武術も。

 魔術も。

 精神も。

 今のままでは、誰も守れない。

 そのとき。

 足元の影が、不自然に揺れた。

 吉継は目を細める。

 風ではない。

 雲でもない。

 影そのものが、何かに怯えるように震えている。

 黒森の方角から、かすかな気配がした。

 小さい。

 弱い。

 だが、鋭い。

 獣ではない。

 魔物でもない。

 人だ。

 そして、泣いている。

 声は聞こえない。

 だが、影が泣いている。

 吉継は街道ではなく、黒森へ向きを変えた。

 背後から、リナの声が飛ぶ。

「そっちは危険です! 瘴気溜まりが」

「だから行く。病んだ場所を見て見ぬふりはできぬ」

 吉継は答えた。

「病んだ場所には、置き去りにされた者がいる」

 白布の男は、森へ入っていく。

 右腕は焼け、身体は軋み、力はまだ足りない。

 それでも、足は止まらなかった。

 関ヶ原で守れなかった男の名を、胸の奥に抱いたまま。

 大谷吉継は、異世界で最初の闇へ歩み出した。

お読みいただきありがとうございます。

吉継にとって、この世界の「善意」すら傷になることが明らかになる回でした。

次回、彼は黒森の奥で小さな影と出会います。

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