↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大谷吉継 転生録 〜義は滅びず、再び剣を取る〜  作者: ひさめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/138

第14話:水門の死地・後

水門跡で灰羽の追手と魔物に囲まれた吉継たち。

魔法と刃が飛び交う中、吉継は守るために斬る覚悟を固めます。

弓の男が矢を番える。


 狙いは吉継ではない。


 エルネだ。


 吉継は即座に右へ動いた。だが足元の水が遅い。間に合わない。


 弦が鳴る。


 その直前、チヨネがエルネの前へ飛び出した。


「チヨネ!」


 影が立ち上がる。


 矢は影に呑まれ、勢いを殺されて床に落ちた。


 だがチヨネの顔が歪む。完全には消せていない。影を無理に厚くした反動か、彼女の足元がふらついた。


 吉継の中で、何かが冷えた。


 弓の男が二本目を取る。


「便利だな、その娘。売れば高くつく」


 吉継は左手を振った。


 腐蝕糸(ふしょくし)が水面を走る。


 男は嘲るように後退した。だが糸は男ではなく、弓へ向かった。


 弦。


 留め具。


 矢筒の革紐。


 腐蝕糸は生き物のように絡み、音もなくそこを食んだ。


 男が矢を引いた瞬間、弦が切れた。


「なっ」


 吉継は走った。


 水を蹴る。血が喉に上がる。右腕が軋む。


 それでも走る。


 守るべきものが増えた。


 ならば、傷つく順も決まっている。


 最初は自分だ。


 弓の男が短剣を抜く。


 遅い。


 吉継の刀が男の手首を打つ。短剣が飛ぶ。次いで、肩口へ一撃。男は壁に背を打ち、息を詰まらせた。


「ま、待て。金なら」


「命に代えられるものなどない。お前が奪おうとしたものも、同じだ」


 吉継は刃を返した。


 男の顔から血の気が引く。


「俺は」


「聞かぬ。今さら命乞いで軽くなる罪ではない」


 刀が閃いた。


 男は崩れ落ちる。


 吉継は倒れた男たちを順に見た。


 まだ息がある者が、指先だけを動かしている。


 灰羽の印を持つ者を逃がせば、あとで刃がエルネの背に届く。チヨネの小さな肩に届く。


 吉継は目を伏せなかった。


「エルネ。チヨネ。奥を見ていろ」


 エルネが息を呑む。


 チヨネは一瞬だけ迷い、吉継の顔を見上げた。


「頼む」


 こくり。


 二人が鉄柵の方へ向いたのを確かめ、吉継は残った息を断った。


 水音が、短く途切れた。


 水門跡に、水音だけが戻った。


 エルネは壁に背をつけたまま、両手で口を押さえていた。


 チヨネは、倒れた男ではなく吉継を見ている。


 責めてはいない。


 ただ、見ている。


 吉継は血を払った。


「見るなと言うのは遅いな。だが、覚えなくていい。これは俺が背負う」


 エルネが震える声で言う。


「……殺したんですね」


「ああ」


「迷わず」


「迷えば、お前かチヨネが死んだ。俺は、その方がずっと怖い」


 エルネは目を伏せた。


 吉継は続けた。


「すまない。エルネには迷惑をかけた」


 その言葉に、エルネの肩が小さく震えた。


 チヨネが吉継の袖を掴む。


 ふん……。


 甘えではない。


 叱責でもない。


 痛いのか、と問う音だった。


「少しだ」


 チヨネがじっと見上げる。


「嘘ではない。少しで済ませる」


 納得していない顔で、チヨネは袖を離さなかった。


 その時、奥の鉄柵の向こうで水が盛り上がった。


 まだ終わっていない。


 泥噛み犬の残った一匹が、浅瀬を這うように起き上がっていた。口だけの顔が、チヨネへ向く。


 吉継は刀を構え直す。


 だが、その前にエルネが叫んだ。


「左の栓です! 古い水門なら、そこを抜けば水が落ちます!」


 吉継は視線を走らせた。


 左壁の腰の高さに、錆びた鉄輪。


 なるほど。


 この娘は、戦えない。


 だが、場を読む目がある。


「チヨネ、影であの輪を引けるか」


 こくり。


「エルネは俺の後ろへ」


 チヨネの影が鉄輪へ伸びる。錆びた輪がぎしぎしと鳴った。泥噛み犬が跳ぶ。


 吉継は真正面から迎えた。


 逃げない。


 魔物の口が開く。


 その寸前、鉄輪が抜けた。


 床下で何かが外れ、水門跡の浅瀬が一気に渦を巻く。泥噛み犬の体が足元から崩れ、流れに取られた。


 吉継は一歩踏み込み、首に当たる部分へ刃を入れた。


 黒い泥が割れ、水に呑まれていく。


 沈黙。


 今度こそ、敵はいなかった。


 吉継は二人を振り返らせなかった。


 左手を下げる。


 喰骸瘴手(くがいしょうしゅ)。


 黒灰色の瘴気が床を這い、倒れた男たちと散った血を布で包むように覆った。中で何が起きているかは見せない。ただ、湿った音だけが水門の石に吸われ、やがて瘴気は小さく萎んだ。


 残ったのは、濡れた石と、薄い黒染みだけだった。


 その瞬間、吉継の右腕に走っていた痛みが、ふっと遠のいた。


 包帯の下で裂けていた皮膚が、内側から寄せられるように熱を持つ。指先に残っていた痺れが薄れ、肺の奥の焼けつく感覚も、わずかに浅くなった。


 治った、のではない。


 光の癒やしのような清らかさはない。むしろ、誰かの体温と、誰かが戦場で覚えた動きの癖が、黒い水のように自分の内へ流れ込んだ感覚だった。


 吉継は眉をひそめる。


 なぜ、動ける。


 病毒魔法を使えば、肉は削れるはずだった。


 今、何を食った。


 吉継は刀を鞘に納めた。


 その瞬間、喉の奥から血が上がる。


 咳を殺しきれなかった。


 白布の内側が熱く濡れる。


「大谷さん!」


「寄るな」


 吉継は片手で制した。


 光魔法はない。だが、この世界の者が慌てて治療を試みれば、何が起こるか分からない。


 自分の体は、自分で押さえる。


 瘴息鎮め(しょうそくしずめ)。


 体内に暴れた病毒魔力を押し戻す。肺の熱が少しだけ沈む。代わりに、右腕の包帯の下で、針を束ねたような痛みが走った。


 チヨネが無言で吉継の袖を引く。


 休め。


 そう言っている。


「ここでは休めん。血の匂いが残る」


 エルネが震える手で、落ちた矢筒を拾った。


「この灰羽の印……やっぱり東境神殿の裏仕事に使われる仲介印です。ここで戻らなかったら、次はもっと大きい手が来ます」


「なら急ぐ」


「でも、あなた、その体で」


「体の都合で守る相手を減らすつもりはない。そんな勘定を始めたら、俺は俺でなくなる」


 吉継は水門の奥を見た。


 鉄柵の横に、人ひとり通れる隙間がある。西へ抜ける風がそこから来ている。


「エルネ。宿場まで、あとどれほどだ」


「半刻ほどです。西宿カラン。人は多いけど、書き屋の組合があります。そこで偽装ではなく、正規の紹介状を作れるかもしれません」


「正規か」


「はい。危ない橋ですが、私の名前で頼める人が一人います」


 危ない橋。


 吉継はその言葉を胸中で転がした。


 危ない橋なら、すでに渡っている。


 関ヶ原でも、敦賀でも、そしてこの見知らぬ世界でも。


 それでも渡る。


 守ると決めた者がいる限り。


「行くぞ」


 チヨネが、ふんふん! と鳴いた。


 今度は、少し興奮を帯びた強い音だった。


 任せて。


 そう聞こえた。


 吉継は短く頷いた。


「ああ。頼りにしている。お前の道案内が、今の俺たちの命綱だ」


 チヨネの影が、吉継の影に寄り添った。


 三人は水門の隙間を抜ける。


 背後で、水が血と泥の匂いを押し流していく。


 だが、吉継は知っていた。


 流れたものは、消えたわけではない。


 ただ、次の場所へ運ばれるだけだ。


 追手も、敵意も、己の病も。


 そして、守ると決めた誓いも。


 西の風の先に、宿場の屋根がかすかに見えた。

今回は水門跡での戦闘後半です。

吉継の病毒魔法、喰骸瘴手による不可解な回復、そして西宿カランへ向かう流れを描いています。


次回の展開が気になる!面白い!と思ってくださった方は、ぜひブックマークや、広告下の【☆☆☆☆☆】の評価(カクヨムなら★)での応援をよろしくお願いいたします!皆さんの応援が何よりの執筆の原動力です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。