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大谷吉継 転生録 〜義は滅びず、再び剣を取る〜  作者: ひさめ


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第147話 光に焼かれる男

 白銀の扉には、幾重もの聖印が刻まれていた。


 吉継が手を触れるより先に、同行していた若い司祭が前へ出る。


「この扉は、内側の儀式とつながっています。力ずくで壊せば、聖騎将の加護まで傷つけるかもしれません」


「ならば、開く方法を知っているな」


「はい。ですが、開ければ私は教団へ戻れなくなります」


 若い司祭の指が震えていた。


 吉継は急かさず、その横顔を見る。


「名を聞いていなかったな」


「ルカ・フェルナーです。大神殿の戦闘司祭として、儀式書庫を守っています」


「ルカ。戻れなくなるのが怖いなら、ここで待っていてもよい」


「怖いです。だからこそ、今ここで逃げたら、一生自分を許せません」


 ルカは腰から銀の鍵を抜き、扉の中央へ差し込んだ。


「光神よ。私は教団の命令に背きます。けれど、教えには背きません」


 聖印が一つずつ消えていく。


 最後の印が消えた瞬間、吉継は扉を蹴り開けた。


     ◇


「侵入者だ!」


 地下礼拝堂の護衛が剣を抜く。


 吉継へ三人、ルカへ二人。さらに奥から、弓を持った聖兵が駆け込んできた。


「チヨネ。弓兵を頼む。ルカ、右を抑えられるか」


「任せてください」


「ふん!」


 チヨネの足元から、もう一人のチヨネが立ち上がった。


 双影(ツイン・シャドウ)。


 本物は短刀を手に弓兵の横へ回り、影は床を滑って別の弓兵の足を払う。二人のチヨネが互いの死角を補い、黒い髪と外套が鏡のように入れ替わった。


 ルカが左腕の銀環へ触れる。


 身の丈を超える白銀の盾と長大なランスが光の中から現れた。さらに、背後へ浮かんだ光の守護者が薄い板金となり、司祭服の上から全身を包む。


 聖鎧化身(アーマード・セラフ)。


「ルカ、貴様まで病毒持ちへ寝返ったか!」


 顔見知りらしい護衛が、怒鳴りながらルカへ剣先を向ける。


「違います。私は、殺されようとしている人を助けに来ました」


「それを裏切りと言うのだ!」


 護衛たちが一斉に光弾を放つ。


 ルカは一歩前へ出て、聖塞盾(サンクト・バスティオン)を床へ突き立てた。白い障壁が広がり、光弾を正面から受け止める。


 衝撃で石床がひび割れても、ルカは退かなかった。


「私は、皆さんを殺したくありません。武器を捨ててください」


「黙れ、裏切り者!」


 護衛が盾の左右へ分かれる。


 ルカはランスを引き、穂先へ盾が受けた魔力を集めた。狙ったのは人ではない。二人が踏み込もうとした間の床だった。


 天穿聖槍(ルクス・ランス)。


 突き出された穂先から衝撃が走り、床石が一直線に砕ける。左右の護衛は身体ごと吹き飛ばされ、壁際へ転がった。


 ルカは倒れた元同僚を一瞬だけ見た。それでも、次の敵へ盾を向けた。


 護衛の一人が、吉継の頭上へ聖剣を振り下ろす。


 吉継は半歩だけ内側へ入り、刀の鎬で刃を逸らした。そのまま肩をぶつけて体勢を崩し、柄頭を顎へ打ち込む。


 倒れた男の向こうから、光の槍が飛んだ。


 吉継は左手を掲げる。


 黒い腐蝕糸(ふしょくし)が網となって広がり、槍を絡め取った。聖光と病毒が触れた途端、白い火花が弾け、吉継の指先が焼ける。


「ぐっ……」


 黒い軟膏が煙を上げた。


 痛みに腕が震える。それでも糸を緩めず、光の槍を壁へ逸らした。


 壁が砕ける音に、高位司祭たちの詠唱が一瞬だけ乱れる。


「ルカ! あの者たちの声を止められるか!」


「詠唱は床に刻まれた七つの聖印と連動しています。一つ削れば、足並みを崩せます!」


 だが、聖兵三人が祭壇までの道を塞いでいる。


 ルカはジゼリアへ向かう光の流れと、削るべき聖印を見比べた。盾で同僚の刃を受け続けていては、そこへ届かない。


 白銀の盾を手放す。全身を覆う光の鎧も砕け、細かな光となって両脚とランスへ集まっていく。


 破鎧迅光(ライト・オーバードライブ)。


 次の瞬間、ルカの姿が消えた。


 三人の武器が空を切る。ルカはすでに背後へ抜け、祭壇脇へランスを突き立てていた。


 儀式書の頁を見ながら、床へ膝をつく。


 盾も鎧も捨てた今、背後から斬られれば防げない。速さへ回した力を、削る手の守りにまで残せてはいなかった。


 それでも振り返らず、聖印の一節を銀の鍵で削り始めた。


 追ってきた聖兵の前へ、双影が音もなく降り立つ。


     ◇


 礼拝堂の中央で、ジゼリアは光の鎖に縛られていた。


 胸元から引き出された白い魔力が、細い川のようにカタリナへ流れ込んでいる。


「吉継殿……なぜ、ここへ」


「助けに来た」


「私は、貴殿の隣には立たないと――」


「俺を赦す必要はない。だが、其方が死ぬ理由にもならない」


 ジゼリアは唇を噛んだ。


 名を勝手に使われた怒りは消えていない。すぐに許すつもりもなかった。それでも、自分の光に焼かれながら迷わず近づく男を、拒む言葉は出てこなかった。


「……本当に、貴殿は自分を大切にしない」


「説教は、生きて戻ってから聞こう」


 吉継は鎖へ刀を振り下ろした。


 硬い音が響き、白い炎が刀身を伝って両腕へ走る。


 皮膚が裂け、白装束の袖が焦げた。それでも、刀を離さない。


「やめてください! その光は、貴殿には毒です!」


「知っている」


 もう一度、斬る。


 鎖に細い亀裂が入った。


「大谷様、私を止めて!」


 カタリナが泣きながら叫んだ。


「光輪が言うことを聞かないの! お姉様の光が、私の中へ入ってくる!」


 八つの光輪はカタリナの周囲で激しく回り、その輪郭を少しずつ白く薄めていた。


 加護だけではない。


 ジゼリアの命を奪い、受け取るカタリナの自我まで光へ溶かそうとしている。


「止める必要はない」


 老司祭が杖を掲げた。


「個人の迷いは消え、純粋な聖女だけが残る。それこそ、光神教が求める器だ」


「それは聖女ではない。ただの人形だ」


 吉継は床に連なる七つの聖印へ目を落とした。


 光はジゼリアからカタリナへ流れ、混じった不純物を外側へ弾いている。


 ならば、より大きな異物を入れればよい。


 先ほど、腐蝕糸へ触れた光の槍は、病毒を焼こうとして火花を噴いた。この聖印も、流れへ混じる異物を外へ弾いている。


 術式を外から壊せば、二人へ力が逆流する恐れがある。だが、儀式の中へ病毒を入れれば、加護を移す力を異物の排除へ向けさせられるかもしれぬ。


 その代わり、排除される異物は吉継自身だ。


 吉継は亀裂の入った鎖をつかみ、自らの病毒魔力を流し込んだ。


「何をするつもりだ!」


「この儀式は、病毒を嫌うのだろう」


 床を走る白い線が、一斉に黒く染まった。


 地下礼拝堂が揺れる。


 ジゼリアとカタリナへ向かっていた聖光が向きを変え、病毒を排除するため、吉継一人へ殺到した。


 白い炎が全身を包む。


 軟膏は一瞬で焼け落ち、布の下の病毒痕まで光が食い込んだ。


「吉継殿!」


 ジゼリアの叫びが響く。


 吉継は膝をつきかけ、刀を床へ突き立てて身体を支えた。


「今だ、ルカ!」


「はい!」


 銀の鍵が、床の一節を削り切る。


 高位司祭たちの詠唱が崩れ、光の鎖が大きく揺らいだ。


 だが、儀式は止まらない。


 制御を失った八つの光輪が膨れ上がり、礼拝堂の天井を覆うほどの巨大な輪へ変わっていく。


「いや……私が、消える……」


 カタリナの指先が、光の粒となって透け始めた。


 ジゼリアは自分を縛る鎖ではなく、泣いている妹分へ手を伸ばす。


「カタリナ! 私の声を聞いて!」


 その声に応えるように、暴走する光の中で、一つの輪だけが震えた。


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