第146話 汚された聖女
大神殿からの召喚状が届いたのは、カタリナが王都へ入った翌朝だった。
ジゼリアは封を切り、同じ文面を二度読んだ。
保存聖油の会計を混乱させた疑い。病毒持ちとの不適切な接触。聖騎将としての適性を確かめるため、大神殿の審問へ出頭せよ。
「罠です」
副官の聖騎士が、机へ拳を置いた。
「応じる必要はありません。騎士団千八百は、今もジゼリア様の命令に従います」
「だからこそ、行かなければなりません」
ジゼリアは召喚状を畳んだ。
「私が兵を集めて拒めば、教団は病毒持ちに操られて反乱を起こしたと言うでしょう。信徒と騎士を争わせるわけにはいきません」
「では、せめて我々も中へ」
「大神殿の外で待っていてください。日が沈むまでに戻らなければ、ミセリア殿へ知らせるのです」
吉継の名は出さなかった。
まだ、隣へ立つとは決められない。
◇
大神殿の正門で、ジゼリアは剣を預けた。
白い回廊を進み、審問の場だと案内された大礼拝堂へ入る。そこに待っていた小さな人影を見た瞬間、険しかった顔が崩れた。
「お姉様!」
カタリナが駆け寄り、その胸へ飛び込む。
ジゼリアは驚きながらも細い身体を抱き留めた。
「カタリナ。なぜ王都にいるのですか」
「お姉様を助けるためなのです。今度は私が、お姉様の重荷を持ちます」
「何を言っているのです」
カタリナの頭上で、八つの光輪が花びらのように回っている。
礼拝堂の奥から、白金の法衣をまとった老司祭が現れた。その後ろには、杖を持つ高位司祭たちが並んでいる。
「ジゼリア。聖女の加護を、次代へ返してもらいます」
「私を呼んだのは、審問のためではないのですか」
「貴女の心は病毒に汚された。正しい裁きを受け入れられる状態ではありません」
扉が閉まった。
床の聖印が白く輝き、光の鎖がジゼリアの手足へ巻きつく。
「お姉様!」
「カタリナ、私から離れなさい!」
「大丈夫です。これは、お姉様を傷つけないための輪なの」
カタリナが両手を広げると、八つの光輪がジゼリアの周囲へ降りた。
光輪は身体を包み、暴れる力だけを封じていく。ジゼリアなら鎖を引きちぎれた。だが力を放てば、すぐそばにいるカタリナまで聖光の衝撃へ巻き込む。
「カタリナ。教団から、儀式の後も私は生きていると説明されましたか」
「聖女の任を離れて、静かな場所で休むと聞きました」
「生きていると、はっきり言われたのですか」
カタリナの顔から、笑みが消えた。
「司祭様。お姉様は、儀式が終わっても生きているのですね?」
老司祭は答えず、杖の先を床へ向ける。
「聖女の光は失われません。純粋な部分だけが、次代へ受け継がれます」
カタリナの耳の奥で、甲高い音が鳴った。
論証聖言。
問いと答えが噛み合っていない。
「今のは、答えではありません」
「儀式を始めよ」
「待ってください! 私は、お姉様を殺すために来たのではないの!」
高位司祭たちが一斉に杖を掲げた。
床の聖印から光が噴き上がり、ジゼリアの胸元から白い糸のような魔力を引き出していく。
「やめて! 光輪よ、外れて!」
カタリナが命じても、八輪聖環は動かない。
床の術式が、彼女の光輪を儀式の一部として奪っていた。
ジゼリアは苦痛に顔を歪めながら、それでもカタリナを見た。
「貴女は悪くありません。泣かないで」
「私が、お姉様を縛ったの……」
「知らされていなかったのでしょう。ならば、今から一緒に止めます」
自分の命が削られている最中でも、ジゼリアは妹分を責めなかった。
◇
王都のヴァルグレン侯爵邸へ、若い司祭が駆け込んできた。
以前、高位司祭の会議でジゼリアを擁護した男だった。息を切らし、白い法衣の袖を泥で汚している。
「大谷様……聖騎将が、大神殿の地下礼拝堂へ連れて行かれました」
「審問ではないのか」
「加護を移す儀式です。第二聖女候補も中にいます」
男は懐から、儀式書から破り取った一頁を出した。
器より光を剥がし、残る肉を清める。
その一文だけで、儀式後のジゼリアがどうなるかは十分に分かった。
「なぜ、俺へ知らせた」
「教団を守ることと、嘘で聖女を殺すことは違います」
若い司祭は震えながらも、吉継から目を逸らさなかった。
机の影が膨らみ、チヨネが姿を現す。怒ったように短刀を握り、大神殿の方角を指した。
「ああ。行こう」
吉継が立ち上がると、イーナが薬箱から黒い軟膏を取り出した。
「聖属性の傷は治せない。でも、皮膚が焼けるまでの時間は延ばせるわ」
「十分だ」
「十分ではない。戻ったら、今度こそ寝台へ縛るから」
イーナは怒りながら、吉継の首と両腕へ軟膏を塗った。
ジゼリアは、しばらく自分の隣へ立たないと言った。
それでも、見捨ててよい理由にはならない。
◇
大神殿の地下へ続く石段には、白い光が満ちていた。
一歩下りただけで、吉継の手の甲から煙が上がる。黒い軟膏の下で、皮膚が焼け始めていた。
地下礼拝堂の奥から、カタリナの泣き声が響く。
「お姉様を返して!」
吉継は刀へ手を掛け、閉ざされた白銀の扉を見据えた。
「まだ間に合う」




