第140話 褒賞の席
評議から三日後、王宮の謁見広間に五千の執行軍を率いた者たちが集められた。
玉座にはエドワード王が座っている。
背後には王室侍医長が控え、王の呼吸が乱れるたびに表情を曇らせていた。それでもエドワードは退室しようとしない。
「此度の争いが長引けば、西部の要衝まで二つに割れていた」
かすれた声が、静かな広間へ届く。
「それを一夜で止め、民家へ火を移さず、両家の兵を王国へ戻した。まず、宰相ミセリア・イシダの功を認める」
ミセリアが玉座の前へ進み、片膝をついた。
「私は、必要な兵を動かしただけです」
「五千を集めるだけなら、他の者にもできよう。だが、五千へ剣を抜かせず、法に従わせたのは其方だ」
エドワードは侍従へ合図した。
青い組紐で閉じられた王命書が、ミセリアへ差し出される。
「王都および王領で、貴族同士の私闘が民へ及ぶ恐れがある時、宰相府による緊急召集を認める。今回の五千も、宰相の私兵ではない。王国の執行軍であったと記録せよ」
「拝命します」
ミセリアは王命書を受け取った。
顔はいつもと変わらない。だが、紙を持つ指先から、わずかに力が抜けた。
これで五千を率いた行為を、政敵から反乱と呼ばれる恐れはなくなった。
◇
続いて、軍を率いた者たちが呼ばれた。
光神教騎士団千八百を動かし、周辺住民と負傷者を救ったジゼリア。
王国騎士団千で西街道を封じ、増援同士の衝突を止めたトモエリア。
重装歩兵五百を率い、ガリア家の旧臣を武装解除させたフェイ。
王都守備隊七百と全軍の食料、治療具、捕虜の収容場所を整えたカレン。
協力した四つの貴族家にも、王家から褒賞金と功績証書が与えられた。
「俺は火球を一つ割っただけだぞ」
フェイが金貨袋を片手で持ち上げる。
「その後ろに五百人が並んでいたから、相手は二発目を撃たなかったのよ」
カレンは自分の褒賞金を数えながら、深いため息をついた。
「ハアーーー……戦わずに済んだ功績ほど、数字に残りにくいのよ。ありがたく受け取りなさい」
「そういうものか!」
「声が大きい。ここは謁見の間です」
ジゼリアに叱られ、フェイが口を閉じる。
トモエリアは笑いを堪えるように顔を逸らしていた。
最後に、黒い甲冑をまとったカドゥが前へ進む。
「カドゥ・マサカ。先鋒三百を率いて侯爵邸の門前へ入り、宰相の命と王国の法を守った。その働きへ褒賞を与える」
侍従が金貨と銀の飾り板を差し出した。
カドゥは受け取らず、玉座を見上げる。
「一つ、確かめたい。この功績は、私のものか。それとも吉継のものか」
広間が静かになった。
「三百を送り出したのは大谷吉継。だが、先頭で盾を構え、ミセリアの命令を通したのは其方だ」
エドワードはゆっくりと言葉を継いだ。
「ゆえに、先鋒の功績は其方のものとする。白蝶城には、兵を即応させた褒賞を別に与える」
カドゥは満足そうに頷き、銀の飾り板を受け取った。
「ならば、遠慮なくもらおう」
◇
「大谷吉継、前へ」
呼ばれた吉継は、白と青の陣羽織を整えて進み出た。
「白蝶城の兵三百を即座に動かしたこと。また、夜半に余の病室まで報告を届けたことを褒する」
ミセリアの視線が、初めて吉継へ向いた。
「あの報告がなければ、余は朝まで何も知らぬままだった。五千が王命なく動いたと騒ぐ者も出たであろう」
広間の貴族たちが、小さくざわめいた。
あの夜、吉継が向かった先を知る者はほとんどいなかった。
「白蝶城へ金貨と兵糧を与える。受け取れ」
「ありがたきお言葉。しかし、金貨は此度の争いで傷を負った兵と、亡くなった者の家族へお渡しください」
「其方自身は何も求めぬか」
「白蝶城へいただく兵糧で十分です。兵を出したため、倉が少し寂しくなりましたので」
エドワードの口元が、かすかに緩んだ。
「よかろう。金貨は負傷兵と遺族へ回す。兵糧は減らさぬ」
「感謝いたします」
吉継は深く頭を下げた。
◇
褒賞の儀が終わった後、ミセリアは王宮の回廊で吉継を呼び止めた。
「吉継。確認したいことがあります」
「陛下の病室へ向かった理由か」
「そうです。貴殿は、私が五千を集めると知ってから動いたのですか」
「報告を受けた後だ。チヨネに馬を用意させ、戦場ではなく王宮へ向かった」
吉継は窓の外へ目を向けた。
「宰相が夜中に五千を動かせば、正しい命令でも、見る者によっては政変になる。特に第一王子派は、其方がガリア家を潰すため王国軍を私物化したと騒ぐだろう」
「だから、陛下へ報告した」
「ああ。其方の五千を、王国の兵にするためだ」
結果として、その判断はミセリアを守った。
同時に、目を覚ましたエドワード王はバルトロメウスまで救った。
「陛下が評議へ来ることも、赦免することも予想していたのですか」
「いや」
吉継は迷わず認めた。
「陛下なら、再び兵を動かしたバルトロメウスを切ると読んだ。俺の見誤りだ」
「では、貴殿の報告がなければ、処断できたかもしれない」
「そうだな」
回廊に沈黙が落ちた。
ミセリアは手元の王命書を見た。
「それでも、報告は必要でした。陛下の承認がなければ、今日の褒賞ではなく、反乱の取り調べを受けていた可能性があります」
「悔しくはないのか」
「悔しいです」
短い答えだった。
しかし、その声には確かな熱があった。
「私はバルトロメウスを止められなかった。貴殿も陛下の判断を読み違えた。ならば、次は二人とも間違えなければよい」
吉継は一瞬、目を見開いた。
やがて静かに笑う。
「ああ。その通りだ」
一つの報告が、ミセリアの五千を救い、バルトロメウスの命も救った。
同じ一手が味方と敵の双方を守ることもある。
だからこそ、次の一手はさらに慎重に選ばなければならなかった。




