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大谷吉継 転生録 〜義は滅びず、再び剣を取る〜  作者: ひさめ


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第138話 五千の法

 夜明け前のヴァルグレン侯爵邸では、まだ剣戟が続いていた。


 西庭へ侵入した灰衣の兵は、すでに半数近くまで減っている。だが侯爵家の守備兵も無傷ではない。敷石には折れた槍と盾が転がり、負傷者のうめき声が回廊へ響いていた。


「西門を守れ! 夜が明ければ王宮から裁定が来る!」


 ディートハルトは血の付いた剣を握り、兵を叱咤した。


 その直後、屋敷の外から低い太鼓の音が届いた。


 一つではない。南、東、西。少し遅れて北からも鳴り始める。


 壁上の弓兵が、夜明け前の薄明かりへ目を凝らした。


「侯爵様……王国旗です。それに、光神教の白金旗も!」


「数は」


「分かりません。通りが、兵で埋まっています」


     ◇


 最初に動いたのは、ジゼリア率いる光神教騎士団千八百だった。


「この一帯に住む者を、東の礼拝広場へ誘導してください! 負傷者は所属を問いません。見つけた者から運びます!」


 ジゼリアの声に応じ、白銀の騎士たちが民家を一軒ずつ回る。


 泣く子供を抱き上げる者。動けない老人へ肩を貸す者。飛び火に備え、水桶を並べる者。騎士団は剣を抜かず、人と火の間へ壁を作った。


 西の街道では、トモエリアの王国騎士団千が横陣を敷いていた。


 ヴァルグレン家の要衝から駆けつけた増援二百が、その手前で馬を止める。


「我らは侯爵様を救いに来た! 道を開けろ!」


「その侯爵が求めたのは、王国の裁定だ」


 トモエリアは長刀を鞘へ納めたまま、宰相印の写しを掲げた。


「ここを通れば、救援ではなく私闘への加勢になる。侯爵の名を守りたいなら、武器を置いて待て」


 怒号は上がった。だが、千の騎士が整然と並ぶ前で、馬を進める者はいなかった。


     ◇


 北の旧街道には、ガリア家の旧臣二百余りが集まり始めていた。


 その前へ、フェイが重装歩兵五百を率いて立つ。


「止まれ! ここから先は宰相府の執行地だ!」


「退け! 我らはガリア公の命令を受けている!」


 先頭の魔術師が火球を放った。


 フェイは丈八蛇矛を大きく振り、穂先へ気力を流し込む。


「遅い!」


 気力解放(きりょくかいほう)をまとった一撃が、火球を正面から砕いた。


 熱風が左右へ分かれ、フェイの赤い髪を激しく揺らす。


「今ので一度目だ! 次に魔法を撃った者は、武器ごと地面へ埋める! 殺しはしない。だが、痛くないとは言ってないぞ!」


 フェイの背後で、五百の盾が同時に地面を打った。


 地鳴りのような音を聞き、旧臣たちは互いの顔を見る。やがて一人が剣を落とすと、それに続いて武器が次々と地面へ置かれた。


「最初からそうすればいい! 縛るのは後だ。まず座れ!」


     ◇


 侯爵邸の正門前には、カドゥの三百が進んでいた。


 門楼から放たれた矢を、黒い円盾が弾く。


「撃つな!」


 ディートハルトの怒声が壁上へ飛んだ。


 矢が止まると、兵の列が左右へ開いた。その中央を、濃紺の外套をまとったミセリアが歩いてくる。


 左右に並ぶ旗は一つの家のものではない。王国旗、光神教旗、協力貴族四家の旗。すべての先頭に、宰相府の青い旗が立っている。


「門の内外にいる全員へ告げます」


 ミセリアは宰相印を掲げた。


「旧軍務監察印は、すでに効力を失っています。その印を用いて侯爵邸へ侵入した者は、武器を捨てて投降してください」


 灰衣の指揮官が、血に濡れた剣を向ける。


「これはガリア公の命令だ! 宰相ごときが口を挟むな!」


 カドゥの盾が唸り、男の剣を根元から折った。


 続く一歩で懐へ入り、盾の縁を胸当てへ叩き込む。男は息を詰まらせ、その場へ崩れ落ちた。


「次に宰相へ剣を向ける者は、私が止める」


 カドゥの低い声が、門の内側まで届いた。


 ミセリアは倒れた男へ目を向けず、言葉を続ける。


「ヴァルグレン侯爵家にも命じます。門を開き、私兵を中庭へ集め、すべての武器を地面へ置いてください。従わなければ、そちらも反逆として扱います」


 しばらくして、門楼からディートハルトが姿を見せた。


「五千で屋敷を囲み、私にも武器を捨てろと言うのか」


「貴殿が求めたのは、王国の正式な裁定です」


「……違いない」


 ディートハルトは剣を鞘へ納めた。


「門を開けろ! 全員、武器を置け! 王国の裁定に従う!」


 重い閂が外され、正門がゆっくりと開く。


 侯爵家の兵が槍と弓を並べて退くと、戦い続ける理由を失った灰衣の兵も、一人また一人と膝をついた。


     ◇


 ディートハルトは中庭でミセリアと向き合った。


「伯父は、私を裏切り者と決めつけて兵を送った。今後もガリア家へ軍権を預けておけば、同じことが起きる」


「何を求めますか」


「西部三要衝の指揮権を、一時的に王国軍務院へ返す。私の潔白が証明されるまで、ヴァルグレン家の独断では一兵も動かさない」


 それは、バルトロメウスが長く頼ってきた王国西部の柱を、ガリア派から引き抜く申し出だった。


「受理します。ただし、今夜の戦闘と千金についても、すべて調査します」


「構わない。隠すものがないと、伯父へ教えてやってくれ」


 屋敷の外では、カレンが早くも捕虜と負傷者の数を怒鳴っていた。


「死者と重傷者を先に分けなさい! 所属は後! 五千人も呼んだんだから、立って見ている者には水でも運ばせるわよ!」


 フェイの笑い声と、ジゼリアが負傷者を励ます声が続く。


 夜明けの光が差す頃、二つの家の私闘は終わった。


 誰か一人が勝ったのではない。


 王国の法が、双方から武器を取り上げたのだ。


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