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大谷吉継 転生録 〜義は滅びず、再び剣を取る〜  作者: ひさめ


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第137話 宰相の独断

 王宮の軍議室には、夜更けにもかかわらず魔力灯が六つとも点いていた。


 ミセリアは長机の中央で、ディートハルトから届いた書状を見つめている。


 文字の形は整っていた。だが、末尾へ近づくほど筆圧が強くなり、最後の一画だけが大きく乱れている。


 書き直す時間もなかったのだろう。


「侯爵邸の守備兵は百二十前後。侵入者は百ほど。屋敷内で戦闘が続いている」


 王都の守備官が報告した。


「ヴァルグレン家の西部三要衝に動きはありません」


「ガリア家の正規兵にも、出動記録はない。侵入者は私兵、雇兵、または命令権を失った者へ従う旧臣です」


 ミセリアは書状を置いた。


「正式な王命のない武力行使。違法です」


 扉が開き、トモエリアが入ってきた。


「吉継へ伝えてきた。カドゥと兵三百を出すそうだ」


「本人は」


「晩餐会で受けた聖矢の傷が治っていない。馬へ乗れば開くと言って、軍議への出席を断った」


 ミセリアの目が、わずかに細くなる。


「血は出ていましたか」


「いや。だが、背中を押さえていた」


「そうですか」


 返事は短かった。


 その時、廊下から重い足音が近づいた。


 黒い甲冑をまとったカドゥが、兜を小脇に抱えて入ってくる。


「三百、南門へ集めた。命令を聞きに来た」


「吉継から、何を命じられましたか」


 カドゥは一瞬、黙った。


「現場では、其方の命令を優先しろと言われた」


「その前の命令です」


 ミセリアは目を逸らさない。


 カドゥは、吉継から伝えるよう命じられた言葉だけを口にした。


「バルトロメウスと帝国がつながっている可能性は大いにある。この争いが帝国の意図的なものだったら、下手に打って出るより、しばらくは帝国に動きがないか見定めるべきだ、と」


 トモエリアが腕を組んだ。


「確かに、隠居公は帝国との窓口だった。王都で騒ぎを起こし、その隙に国境を動かす可能性はあるな」


「可能性は否定しません」


 ミセリアは西部の地図を広げた。


「帝国への警戒は必要です。しかし、三百だけで両家を止めることはできません」


 カドゥが首を傾けた。


「屋敷の中にいる敵は、合わせて二百ほどだ」


「今、見えている数にすぎません。ヴァルグレン家は戦時に三千を動かせる。ガリア側にも、まだ姿を見せていない旧臣や雇兵がいるはずです。片方の増援だけが先に着けば、鎮圧ではなく加勢と受け取られます」


 部屋にいた守備官たちが息を詰める。


「帝国軍の動きを確認してからでも、遅くはないのでは」


 一人の守備官が慎重に口を挟んだ。


「確認を待つ間も、侯爵邸では王国の兵が死に続けます」


 ミセリアは、侯爵邸を示す駒へ指を置いた。


「今夜一人死ねば、西部を守る兵が一人減る。負傷者が増えれば、畑へ帰れない者と家族を支えられない者も増えます。帝国を警戒するために王国の力を失う判断は、不合理です」


 さらに、侯爵邸の周囲には民家と商店が並んでいる。戦いが長引き、火魔法や火矢が使われれば、私闘では済まない。


「夜明けまで待てば、両派だけでなく周辺の民も巻き込みます。待つ理由はありません」


「では、ヴァルグレン侯爵へ味方するのか」


 カドゥが問う。


「違います。王国の法を執行します」


 ミセリアは宰相印を取り出した。


「王命も政務院の許可もなく兵を動かした者は、その所属を問わず武装解除。抵抗すれば反逆として捕縛します。ヴァルグレン侯爵にも門を開かせ、私兵を中庭から下げさせます」


「両方を止めるのか」


「今なら止められます。ガリア側の兵は、旧監察印しか持っていない。こちらが正式な宰相印を掲げれば、従う者と反逆する者が明確に分かれます」


 吉継は、帝国を警戒するために待てという理由を残した。


 ミセリアはその危険を認めたうえで、両家が戦い続けられないだけの兵を集めようとしている。


 帝国との国境危機と迎賓館襲撃以来、王都守備隊と諸家の兵は、日暮れ後も武具を解かない非常待機を続けていた。通常なら数日を要する招集でも、今夜は各詰所へ命令を届ければ動かせる。


「カドゥの三百は、すぐに南門から出してください。トモエリアは王国騎士団の機動兵千を招集。フェイには重装歩兵五百を率いてもらいます。カレンには王都守備隊七百の編成と、全軍の補給を任せます」


「光神教にはどう伝える」


「ジゼリア・ルミエールへ、民を守るための出動だと伝えてください。光神教騎士団の協力を求めます。さらに、王命へ従う四つの貴族家から計七百。目標は総勢五千です」


 命令を聞いた伝令たちが、一斉に軍議室を出た。


     ◇


 半刻後、再び開いた扉から、赤を差した白銀の鎧が現れた。


「光神教騎士団、千八百。迎賓館襲撃後、王都近郊の三宿に分けて非常待機させています。日の出を待たずに動かせます」


 ジゼリアは胸元の十字架へ手を置き、まっすぐミセリアを見た。


「これは、どちらかの貴族を勝たせる戦いではありませんね」


「はい。王国の民と兵を、私闘から守るための執行です」


「ならば、私たちが出ない理由はありません」


「俺の五百も忘れるな!」


 廊下へ響く大声とともに、フェイが丈八蛇矛(じょうはちじゃぼう)を担いで入ってきた。


「重装歩兵五百、北門に揃えた。で、どちらをぶちのめせばいい?」


「どちらもです。ただし、先に武器を捨てるよう命じます」


「両方か! 分かりやすくていいな!」


 その後ろでは、カレンが分厚い配置表を片手に深いため息を吐いていた。


「ハアーーー……夜中に五千を食べさせて動かすなんて、銭が悲鳴を上げるわ。王都守備隊七百は揃えた。協力する四家の七百も、東西の街道へ分けるわよ」


「助かります」


「礼より、あとで戦費を返して。利息は負けてあげる」


 トモエリアも長刀を腰へ差し、外套の留め具を締めた。


「王国騎士団千、私が率いる。これだけ並べば、どちらも軽々しく剣を抜けないだろう」


「抜かせないために集めるのです。兵力で囲み、法に従う時間を与えます」


 ミセリアは地図の上へ、六つの駒を置いた。


「カドゥの三百は先行し、侯爵邸の門前を押さえる。ジゼリアの千八百は周辺住民を退避させ、四方の通りを封鎖。トモエリアの千は、両家から来る増援を止めてください。フェイの五百は北側へ回り、ガリア派旧臣の合流路を塞ぎます」


 次に、残る二つの駒を街道と後方へ置く。


「協力貴族の七百は東西の街道。カレンの七百は中央予備隊として、負傷者、捕虜、物資を管理します。誰か一人の功績にしないため、すべて宰相府の執行軍として動かします」


「帝国国境はどうする」


「西部三要衝の守備兵を動かしません。国境監視は既存の部隊へ警戒を命じます。侯爵邸の私闘に三要衝を巻き込まないことが、最も早い帝国対策です」


 カドゥの胸甲から、低い笑い声が響いた。


「何がおかしいのですか」


「うれしいのだ。吉継が守ろうとする者は、守られるだけの女ではなかった」


 ミセリアは表情を変えなかった。


「私は宰相です。守られることは職務に含まれません」


「ますます気に入った」


 カドゥは兜を被り、胸を張った。


「現場の指揮は、其方に従う」


 ミセリアも外套を羽織った。


「私も行きます。正式な命令だと示すには、命令を出した者がその場にいるのが最も確実です」


「其方は戦えないのだろう」


 カドゥが円盾へ手を置いた。


「だから、最前線の三百は貴女に預けます。私は命令を示す。貴女は、命令が届くまで私と兵を守ってください」


 戦えないことを隠さず、必要な相手へ守りを頼む。


 カドゥは胸甲の奥で、今度は笑わなかった。


「承知した。其方の命令も命も、私の盾で守る」


     ◇


 白蝶城へ報告が戻ったのは、総勢五千の執行軍が王都の各門から動き始めた後だった。


 吉継は椅子に深く腰掛け、ミセリアの出動命令を最後まで聞いた。


「両者を止める、か」


 予想していた通りの答えだった。


 だが、法を掲げて私闘そのものを断つなら、バルトロメウスとディートハルトの双方から兵を奪う大義が立つ。


 ミセリアなら、帝国への警戒だけを理由に目の前の命を見捨てはしない。だからこそカドゥへ、本心を伏せたまま現場では彼女に従えと命じた。


 吉継は目を閉じた。


 三成もそうだった。


 計算だけなら、もっと安全な道があった。それでも、正しいと信じた場所へ自分から立ち、周囲まで巻き込んだ。


「三成……お前は、今世でも俺を困らせる。だが、その危うさこそが、俺が守りたかったお前の魂なのだな」


 苦笑し、椅子から立ち上がる。


 背中に痛みはない。


「チヨネ。馬を用意してくれ」


 影の中から、呆れたような鼻息が返ってきた。


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