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大谷吉継 転生録 〜義は滅びず、再び剣を取る〜  作者: ひさめ


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第133話 野盗の仮面

 ヴァルグレン侯爵との三度目の面会は、西倉の検分で終わった。


 軍馬も米も荷車も、提示された品に偽りはない。ディートハルトは強欲だが、粗悪な品を売って信用を失うほど愚かではなかった。


 吉継は契約書へ黒印を押し、侯爵と別れた。


 その夜、王都西側の炭焼き小屋で、吉継はアリスティと向かい合っていた。


 アリスティの銀灰色の髪は頭巾の中へ押し込まれ、濃紺の軍服も裏返されている。傭兵団の者たちも、鎧の紋を泥で隠し、拾い集めた外套をまとっていた。


「千金を払った相手の荷を、今度は私たちに襲わせる。吉継殿は商人よりも金の使い方が荒いですね」


「奪うのは侯爵個人の酒と贅沢品だけだ。米、薬、職人への給金には触れるな」


「殺しもなし。奪った品は売らず、森の廃坑へ隠して保管する。ずいぶん行儀のよい野盗です」


 皮肉を口にしながらも、アリスティの琥珀色の目は楽しげだった。


「本物の野盗になるつもりはない」


「承知しています。契約外の罪まで背負えば、報酬が割に合いませんから」


 アリスティは地面に引かれた線を軍用長靴の先でなぞった。


 狙うのは四台の私用荷車だった。王都の商人から買い付けた葡萄酒、香油、色硝子、異国織りの布を積み、人目の少ない旧林道から侯爵邸へ運ぶ。


 表の街道を避けるのは、ディートハルトが浪費を王宮や領民に知られたくないからだ。


「それで、何を確かめるのです?」


「秘密の道を知られ、私物だけを奪われた時、侯爵が自分を守るためにどこまで兵を動かすかだ」


「抱えている兵の練度と、当主の判断を見る。目的はそれだけですか?」


「まずは、それでよい」


 アリスティは低く笑い、頭巾で片目を隠した。


「肝心なところを話さない依頼主には、報酬を上乗せしていただきたいですね」


「終わった後で相談しよう」


     ◇


 月が雲へ隠れた頃、四台の荷車が旧林道へ入った。


 護衛は十二人。先頭の騎兵が道へ倒れた枯れ木を見つけ、片手を上げる。


「止まれ! 御者は馬を下げろ。二人、枯れ木をどかせ!」


 荷車が一列に止まった。


 その瞬間、後方で短刀が回転しながら飛んだ。


 刃は最後尾の荷車の脇へ突き刺さる。


「重力不変の土(グラビティ・テラ)」


 アリスティの呟きと同時に、短刀の重さが数十倍へ膨れ上がった。


 地面が沈み、荷車の後輪が深い窪みへ落ちる。傾いた車体が道を塞ぎ、四台の退路を一度に奪った。


「襲撃だ! 剣を抜け!」


 護衛たちが武器を構える。


 だが、抜いた剣が腕ごと地面へ落ちた。槍の穂先が土へ突き刺さり、盾を持つ者は肩から引き倒される。


「な、なんだ、この重さは!」


「武器を捨てろ! 素手で迎え撃て!」


 護衛隊長だけは即座に剣を手放した。腰を落とし、頭巾姿のアリスティへ拳を振るう。


「よい判断です」


 アリスティは半歩だけ外へずれた。


 拳をかわし、伸びた腕へ自分の腕を絡める。長靴で膝裏を払うと、隊長の体が宙へ浮き、背中から落ちた。


 周囲では武器を持たない傭兵たちが、縄と手甲で護衛を次々に地面へ伏せさせていた。抵抗した者の手首を取り、肘を極める。倒れた者はその場で縛る。


 剣も血も使わない。重い武器に頼る者だけが動けず、最初から武器を捨てていた者だけが走れる戦場だった。


 一人の護衛が、空いた手に火を集めた。


 火弾が形を持つより早く、アリスティが小石を蹴る。宙で重さを増した石は護衛の足元を穿ち、片膝をつかせた。


「命が惜しければ伏せていなさい。次は手に当てます」


 護衛は青ざめ、両手を上げた。


 勝負は、わずかな時間で終わった。


 傭兵たちは荷を改め、侯爵家の私印がある箱だけを運び出す。薬箱と御者の給金袋には触れない。護衛の傷も、打撲と擦り傷だけだった。


「団長。葡萄酒が十二樽、香油が六箱、色硝子が四箱です」


「廃坑へ運べ。封を壊すな。一本でも飲んだ者は、私が報酬から十倍引きます」


 部下から小さな不満の声が漏れた。


 アリスティは頭巾の奥で笑い、倒れた護衛隊長へ視線を落とす。


「侯爵へ伝えなさい。次はもっと大勢で守ることですね」


     ◇


「私の道を、野盗が知っていただと!」


 翌朝、ディートハルトの怒声が王都屋敷に響いた。


 割れた杯が床を転がる。


「護衛十二人は全員生存しております。奪われたのは閣下の私物のみ。薬と給金、それに御者の財布まで残されていました」


「だから気味が悪いのだ! ただの盗賊なら、金になるものはすべて持っていく!」


 ディートハルトは椅子から立ち上がった。


 秘密の道を知り、品を選び、護衛を一人も殺さない。狙われたのは積み荷ではない。自分へ、いつでも手が届くと示されたのだと、ディートハルトは受け取った。


「王都詰めの私兵を三倍に増やせ。馬場と西倉の出入口には、それぞれ三十人を置く。屋敷の夜番も増やせ!」


「しかし、急に兵を集めれば、ガリア公爵家から疑われます」


「私が殺されてから弁明するつもりか!」


 命令を受けた家臣が駆け出していく。


 屋敷の向かいにある鐘楼。その陰で、藍色の女が増えていく兵の数を黙って見ていた。


     ◇


 同じ頃、吉継の前には封をした一通の書状が置かれていた。


 チヨネは椅子の背から身を乗り出し、その書状と吉継の顔を交互に見る。


「ふん?」


「ヴァルグレン侯爵へ届ける。道中は双影に持たせろ」


 吉継が書状を差し出すと、チヨネは自分の胸を指して首を傾けた。


「お前は離れて追え。襲われても深追いはするな。相手の顔と武器を覚えて戻れ」


 チヨネの眉が警戒するように下がる。その足元から、もう一人のチヨネが音もなく立ち上がった。


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