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大谷吉継 転生録 〜義は滅びず、再び剣を取る〜  作者: ひさめ


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第132話 千金の面会

 夜が明けても、カレンの机から灯りは消えていなかった。


 王都にある政務院の一室。机の上には貴族家の名を書いた紙が積まれ、その中央に一枚だけ、赤い線が引かれている。


「候補は一つよ。ヴァルグレン侯爵家」


 カレンは濃い隈の残る目で、吉継とミセリアを見た。


「ヴァルグレン家は、歴代の王に仕えてきた西部最大の武門よ。数々の国境戦争で戦功を挙げ、今も三つの要衝と常備兵千二百を抱えている。戦時には領兵を集め、三千まで増やせるわ」


 地図に引かれた赤線は、王都へ続く西街道へつながっていた。


「この家がバルトロメウス側で兵を動かせば、西部の守りが割れる。王都へ続く道まで脅かされるわ」


 ミセリアが赤線の先へ指を置く。


「当主はディートハルト・フォン・ヴァルグレン侯爵。王国西方軍総監。バルトロメウスの妹を母に持つ」


「血縁まであるのか」


「ある。酒宴と宝飾品に費やす額は、王都でも上から数えた方が早い。利益に敏く、損を嫌う。ただし無能ではない。自家の兵を養い、三つの要衝を維持する手腕は本物だ」


 カレンが大きく息を吐いた。


「ハアーーー……。兵力も領地も大きい。失えばガリア派が最も困る家ね。貴方、面倒な男を選んだものだわ」


「だからこそ、会う価値がある」


 吉継はヴァルグレン家の名を見つめた。


「会ってくる」


「千金で買収するのか」


 ミセリアの問いに、吉継は首を横へ振った。


「まずは取引を結ぶ。買うのは忠誠ではない。米と軍馬と荷車だ」


「取引を重ね、こちらの話を聞く理由を作るのね」


「ああ。銭だけで忠誠は買えぬ。だが、互いに利があれば、次の話をする席には着く」


「正規の取引として記録を残すのね」


「ああ。隠す必要はない」


 机の脇には、白蝶城から届いた黒印状が置かれていた。


 座と関所税を廃したことで、白蝶城へ入る商人と荷は増えた。通行そのものから銭は取らない。代わりに、公営倉の貸し出し、船着場での荷揚げ、秤量、荷運びといった実際の仕事から利益を得ている。


 積み重なった利益は、金貨千枚に達していた。


 民へ渡す米でも、兵の給金でもない。商いを自由にした結果、白蝶城が自ら稼いだ金だった。


「裏口を使えば、密談に見えるわよ」


 カレンが試すように言う。


「正門から入る」


「千金を見せたら、噂になる」


「俺には何も後ろめたいことはないからな」


 吉継がわずかに胸を張ると、カレンは片方の眉を上げた。


「その顔で堂々と相手の懐へ入るのだから、始末が悪いわ」


 ミセリアは否定しなかった。


     ◇


 ヴァルグレン侯爵の王都屋敷は、門からして金を見せつけていた。


 磨かれた真鍮の飾り。赤い石を埋め込んだ扉。庭には、季節に合わない花を魔法で咲かせている。


 その正門へ、白蝶城の紋を付けた馬車が止まった。


 護衛は四人。荷台には小さな鉄張りの箱が二つある。


「白蝶城主、大谷吉継。ヴァルグレン侯爵との面会に参った」


 門番の目が、吉継の白頭巾から鉄箱へ移った。


「しょ、少々お待ちください!」


 門番は声を裏返し、屋敷の中へ駆けていく。


 吉継は追わなかった。門の向かいにある鐘楼、その屋根へ一度だけ目を向ける。


 藍色の髪が、瓦の陰へ消えた。


 見られている。


 それでよい。


     ◇


 ディートハルト・フォン・ヴァルグレンは、肥えた男ではなかった。


 背は高く、厚い肩を葡萄酒色の上着で包んでいる。赤褐色の髪を後ろへ撫でつけ、整えた口髭の下には笑みを浮かべていた。


 指には宝石の指輪が並ぶ。だが、金貨の箱が開いた瞬間、その灰緑の目だけが冷静に枚数を測った。


「病毒持ちの新参領主が、私へ千金を運んできた。王都の酒場は、今夜この話だけで持ちそうですな」


「酒の肴にするのは自由だ。だが、これは貴殿を買う金ではない」


「ほう。では、何を買う?」


「軍馬五十頭。備蓄米百石。軍用荷車三十台。それらを一年、決めた値で白蝶城へ優先して回す契約だ」


 ディートハルトの笑みが消えた。


「白蝶城の兵は三百ほどと聞く。その数には多い。戦でも始めるおつもりか?」


 侯爵の指が、机の上で素早く動いた。


「軍馬五十頭なら、馬だけ渡して終わりにはできない。飼葉、蹄鉄、調教師も要る。米百石を雨季まで保たせるなら、乾いた倉をもう一棟。荷車三十台には予備の車輪が十二は必要になる」


 宝石を数えていた男の目ではない。兵を生かし、荷を目的地へ届かせる者の目だった。


 吉継は、カレンの評価が正しかったと認めた。


「城を守る兵だけが米を食うわけではない。街道を直す者も、水路を掘る者も、荷を運ぶ者もいる。軍馬は伝令と警護に使える。荷車は商人にも貸せる」


 吉継は鉄箱を閉じた。


「使わぬ時にも価値を生むようにする。それだけだ」


 ディートハルトは指輪の一つを回した。


「前金としては多い」


「不足を理由に、契約を破らせぬための保証金だ。納められなければ残りは返してもらう。納めた分は代金から引く」


「私が金を持って逃げるとは?」


「貴殿は強欲だが、愚かではない」


 一瞬の沈黙の後、ディートハルトが腹の底から笑った。


「ハハハッ! 面と向かって私を強欲と言った者は久しぶりだ。気に入った」


「それは何よりだ」


「だが、軍馬も米も現物を見ずに決めさせるつもりはない。明後日は馬場へ来い。その次は西倉だ。そこで数量と質を詰める」


 吉継は静かに頷いた。


「承知した。こちらも粗悪な品へ千金を払うつもりはない」


 最初の面会は、それで終わった。


 正門から二つの鉄箱が運び込まれたこと。


 吉継が二日後に馬場、その次に西倉で再び侯爵と会うこと。


 鐘楼の上にいた藍色の女は、そのすべてを見届けていた。


 まだ、侯爵がガリア派を離れると決めたわけではない。


 それでも千金が動き、三度の面会が決まった。藍色の女は、新しく結ばれた取引を一つ残らず記憶へ刻んだ。


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