↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大谷吉継 転生録 〜義は滅びず、再び剣を取る〜  作者: ひさめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

133/136

第131話 隠居公の爪

 白い祈祷蝋燭が、音もなく折れた。


 王都のガリア公爵邸。その最奥にある隠居部屋で、バルトロメウスは折れた蝋燭の底から銀紙を引き抜いた。


 家督も公職も失った今、届く書状は王国の監視を受ける。だが、礼拝用の蝋燭まで砕いて調べる兵はいなかった。


『白薔薇救済口、凍結。救貧局の人事権と支出権は政務院へ移管。王妃殿下の非公式命令は無効』


 銀紙に刻まれていたのは、それだけだった。


 バルトロメウスは怒鳴らなかった。薄い唇を結び、蝋燭の火へ銀紙を差し出す。文字は赤く縮れ、すぐに灰となった。


「エレオノーラは、仕留め損ねたか」


 娘は拘束されていない。だが、人と金を動かす手を奪われた。


 大谷吉継は、王妃を裁く証拠が足りないと見るや、別の急所を切った。首へ刃が届かなければ、まず手足を動かなくする。戦場だけでなく政でも、判断が早い。


「厄介な男だ」


 バルトロメウスが指輪を机へ置くと、室内の燭台が一斉に暗くなった。


 静謀結界(サイレント・チェンバー)。


 外を歩く監視兵の足音が遠のき、部屋の中からも物音が消える。バルトロメウスは、誰もいない天井へ顔を向けた。


「入れ」


 梁から藍色の影が落ちた。


 藍紫の長い髪を低く結び、口元を薄布で覆った女だった。着地した足は、床板を鳴らさない。


 女は片膝をつき、古い魔導巻物を差し出した。


「親帝国派六家。光神教を追われた聖職者は三人。二人は迎賓館の一件を知り、王都を離れた」


「逃げた者は捨て置け。追えば、こちらの行動がミセリアにばれる」


 バルトロメウスは巻物を開かなかった。


「次は、大谷吉継を見張れ」


 女の青灰色の瞳が、わずかに動いた。


「暗殺か」


「まだ殺すな。あの男と会う貴族をすべて調べろ。会った回数、動いた金、増えた警護、出入りする荷車までだ」


 バルトロメウスは机へ指を滑らせた。赤い魔力の線が浮かび、王国内の貴族家を結んでいく。


 王妃へ伸びていた線は細くなった。だが、軍務局、穀倉、軍馬の買い付けを担う家々への線は、まだ太い。


「大谷は次に、我らの兵を動かす家を狙う。接触した家があれば、その書状を奪え。見られた時だけ、目撃者の口を閉じろ」


 女は立ち上がらなかった。膝をついたまま、バルトロメウスの前に浮かぶ赤い線を見る。


「それは、裏切りを調べる命令ではない」


 バルトロメウスの指が止まった。


「裏切ったと疑うための理由を、私に集めさせるのか」


「よく理解している」


「まだ裏切っていない者も、貴方は切る」


「切るかどうかは、私が決める。お前は事実を持ち帰ればよい」


 穏やかな返答だった。


 女の胸元に、白い羽の痕が浮かんだ。


 次の瞬間、細い体が大きく震えた。喉を押さえ、息を吸おうとするが、胸の奥へ食い込んだ見えない鎖がそれを許さない。


 魂封傀鎖(ソウル・チェイン)。


 バルトロメウスが魂の核へ打ち込んだ呪縛が、命令への疑問さえ反抗と見なして締め上げる。


「嫌なら、断ってみるとよい」


 女は片手を床についた。もう片方の手が短刀へ伸びる。刃先はバルトロメウスへ向きかけ、苦痛に耐えきれず床へ落ちた。


 それでも、彼女は顔を上げた。


「私は……貴方の刃ではない」


「いずれ、そう言える日が来ればよいな」


 バルトロメウスは冷たい目で見下ろした。


「今は動け。大谷吉継が誰に銭を渡し、誰をこちらから奪おうとしているのか、すべて持ち帰れ」


 白い痕が強く燃えた。


 女は何度か息を詰まらせた後、震える指で短刀を拾った。


「……命令を、確認した」


 承諾ではない。


 魂に刻まれた言葉を、声に出させられただけだった。


 藍色の女は梁へ跳び、闇の中へ消えた。


     ◇


 同じ夜、吉継は王宮政務院の一室で、王国西部の地図を広げていた。


 ミセリアが救貧局の引き継ぎへ向かった後も、カレンだけが残っている。彼女は机へ積まれた軍務資料を見て、長い溜息を吐いた。


「ハアーーー……王妃の財布を一つ潰しても、ガリア派の兵は消えないわよ」


「分かっている」


「王国西部の要衝と、千を超す常備兵を握る家が残っている。バルトロメウス本人が隠居していても、第一王子派の武力は消えないわ」


 吉継は西部の街道へ指を置いた。


「なら、最も多くの兵と要衝を握る家を割り出してくれ」


「味方に引き込むの?」


「まず会う。兵を持つ者が何を望み、何を恐れているのか。それを知らずに、味方へ来いとは言えぬ」


「話を聞くだけなら、千金はいらないでしょう」


「話を聞かせるには、相応の手土産がいる」


 吉継は静かに首を振った。


「強欲な者を銭だけで買えば、さらに高い銭を出す者へ売られる。だから、忠誠ではなく、まず互いの利を結ぶ」


 カレンの目から眠気が消えた。


「取引から懐へ入る気ね」


「相手が取引に値する男ならな。そのための銭は、白蝶城にある」


 座銭と関所税を廃したことで、白蝶城を通る商人と荷は大きく増えた。倉の貸し出し、船着場の利用、荷運びの仕事から得た利益が、領主の金庫へ積み上がっている。


 民から新たに取り立てた銭ではない。商いを自由にしたことで生まれた千金だった。


「兵糧も、民へ渡す米も減らさぬ。その利益を使う」


 カレンは口元だけで笑い、軍務資料の束へ手を伸ばした。


「いいわ。朝までに、ガリア派の軍を支える一番大きな武門を見つけてあげる」


 窓の外では、藍色の影が王宮の屋根を走っていた。


 吉継の名と、カレンの姿。


 最初の二つを、その冷たい瞳へ刻みながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。