第128話 十二本目の羽根
焼け残った羽根は、王宮文書院へ運ばれた。
机の上には白い布が敷かれ、その中央に青く染まった羽根が置かれている。軸の先端には黒いインクが固まり、細い銀線が巻かれていた。
「遠隔筆記に使う魔具に見える。だが、文書院の記録だけでは種類を断定できない」
役人から報告を受けたミセリアは、焼けた羽根を見下ろした。
「なら、うってつけの者がいる。呼ぶ」
ほどなくして、気だるげな足音が近づいてきた。
現れたのは、黒と深緑の官服をまとった長身の女だった。胸元を大きく開け、長い深緑の髪を緩い団子にまとめている。髪には羽ペンと細い算盤棒が挿され、くすんだ金色の目の下には濃い隈が刻まれていた。
「ハアーーー……焼けた羽根一本のために、徹夜明けの女を呼び戻したの?」
「カレン・ヴェリタス。王国の軍事経済顧問だ」
ミセリアの紹介を受けても、カレンは頭を下げなかった。腰の銭袋を一度弾き、羽根へ顔を近づける。
その目が、眠気を失った。
「風渡り鷺の風筆ね。命令書の清書や、病床の王族が署名する時に使う魔具よ」
軍令、物資、兵の数。それらを一つの勘定として捉える女の目だった。
吉継の脳裏に、前世で読み込んだ兵法書の名が浮かぶ。
――『呉子』。
法と軍制を整え、兵と苦楽をともにした兵法家、呉起。その魂が、この気だるげな女の内にある。
「この羽根を知っているのか」
「軍令を離れた場所から書ける道具よ。悪用されたら、兵一千人を偽の命令で動かされる。軍事経済を預かる私が、知らない方がおかしいじゃない」
「誰でも扱えるのか」
「無理ね。術者の指輪と風筆を対にする必要がある。届くのは、長い回廊一つ分ほど。壁を挟めば、さらに短くなるわ」
吉継は王宮の見取り図を広げた。
王族礼拝室から長い回廊一つ分。
王妃の私室、第一王子の居室、東棟の侍女詰所、鐘楼。そして、北庭の一部までが入る。
「王宮に何本ある」
「十二本。購入費も維持費も高いから、私が支出を削ろうとして数え直したわ。すべて銀線の下に番号を刻んである」
「ならば、確認する」
ミセリアが即座に命じた。
◇
文書院の保管箱には、八本が並んでいた。
王族礼拝室の書庫には三本。
残る一本は、王妃付き救貧局へ貸し出されている。
「十二本、すべて揃っています」
救貧局の書記官が、最後の一本を差し出した。
パトリアは受け取らず、金の扇で軸を指す。
「カレン。番号はどこに刻むの?」
「銀線の下よ。正規品なら、外さなくても鑑定眼で読める」
カレンの金色の瞳に、細い数字が浮かび上がった。
やがて眉間に皺が寄る。彼女は目元を押さえながら、銀線を外した。
番号はなかった。
代わりに現れたのは、青く塗られただけの普通の鵞鳥の羽根だった。
「ハアーーー……十二番を買った金まで無駄になったわ。一本だけ、偽物へ替えられている」
ミセリアが救貧局の貸出記録を開く。
借り受けた日付は、迎賓館の晩餐会より十四日前。返却期限は、事件の翌日だった。
受取人の欄には、セレナ・オルディスの署名がある。
「また、セレナか」
トモエリアが奥歯を噛んだ。
「本人が借りた可能性はある」
吉継は署名を見た。
「だが、返却された偽物まで本人が用意したとは限らぬ。これを持ち込んだ者は誰だ」
書記官の顔から血の気が引く。
「分かりません。返却箱に入っていました。鍵が掛かっているので、救貧局の者しか開けられません」
「鍵を持つ者を挙げろ」
「侍女長セレナ様、局長、それから……王妃殿下です」
室内が静まり返った。
◇
「私の部屋も救貧局も、すべて調べてください」
照合を続けている最中、王妃エレオノーラが自ら文書院へ現れた。
白と淡紅のドレスをまとい、両手には三本の鍵を載せている。
「私の名を利用した者を、このままにはできません。疑いが私へ向いているのなら、なおさら隠すものはありません」
彼女はミセリアへ鍵を差し出した。
王妃の私室。
救貧局の保管庫。
王族礼拝室の内扉。
三本には、それぞれ部屋の名を記した白布が結ばれていた。急いで手近な鍵を集めたのではない。調べられる場所を先に選び、持ち出してきた形だった。
「お受け取りください、宰相閣下。王妃殿下がここまで協力されているのです」
後ろにいた第一王子派の侯爵が声を張った。
「何も見つからなければ、宰相は王妃殿下へ正式に謝罪し、捜査を終える。それが道理であろう」
周囲の貴族も頷く。
鍵を受け取れば、三室だけが調査範囲になる。
証拠が出なければ、王妃の潔白をミセリア自身が認めたことにされる。
拒めば、王妃が差し出した協力を宰相が退けたと騒がれる。
「実に親切な申し出だな」
吉継が言うと、エレオノーラは穏やかに微笑んだ。
「大谷殿にも、疑いを残してほしくありませんもの」
「では、三本の鍵は封印して預かる」
吉継は鍵へ手を伸ばさなかった。
「調べるのは、その三室だけではない。風筆を操作できた範囲にある部屋、屋根、鐘楼、庭、地下通路をすべて対象にする」
侯爵が眉をつり上げる。
「王妃殿下の厚意を疑うのか!」
「厚意と捜査範囲は別だ。相手が差し出した場所だけを調べるのでは、隠した場所を教えてもらうようなものだろう」
パトリアが扇で口元を隠した。
「商談でも同じね。売り手が見せたい品だけで、倉すべての価値は決められないわ」
ミセリアは三本の鍵を受け取り、薄い魔力の鎖でまとめた。
「国王陛下から委ねられた全権により、対象区域を封鎖する。証人を揃えた後、すべて同時に調査する」
「承知しました」
エレオノーラは、わずかな不満も見せずに頭を下げた。
あまりにも整った態度だった。
◇
王妃たちが去った後、トモエリアが息を吐いた。
「自分から鍵を差し出したのだぞ。王妃殿下を疑いすぎではないか」
「鍵を渡すことと、証拠が残っていることは同じではない」
吉継は偽物の羽根を持ち上げた。
「それに、王妃殿下は三本の鍵を用意してからここへ来た」
ミセリアの目が細くなる。
「誰かが知らせた」
「ああ。俺たちが救貧局の風筆を調べていると知った後、鍵を選び、貴族を連れてきた」
王妃の対応は早すぎた。
風筆を盗んだ者だけでなく、捜査の動きを伝える者も、この王宮にいる。
「十二本目の本物は、まだ犯人の手にある」
吉継は焼け残った羽根と、偽物を並べた。
羽根を燃やしたのは、番号と魔力の痕跡を消すためだろう。だが、遠くから操るには対となる指輪が要る。羽根を捨てても、術者の手元にはまだ半分が残っている。
「ならば次は、風筆ではなく、それと対になる指輪を探す」




