第125話 金で買える真実
謁見の後、場所を王宮の小会議室へ移した。
室内にいるのは、吉継、ミセリア、パトリア・クレア、そしてチヨネだけである。
扉の外には近衛兵を置いた。窓は閉じ、カーテンの裏もチヨネが確かめている。
「随分と厳重ね」
クレアが椅子へ腰を下ろす。
「先日の迎賓館では、用心してなお聖矢を三本受けた。警戒するに越したことはない」
「それなら、私の指輪も預けましょうか?」
チヨネが机の下から手を出した。
「ふん」
「冗談よ。そんなに真剣な顔で取ろうとしないで」
クレアは両手を胸元へ引き戻した。
そのやり取りを見ても、ミセリアの表情は変わらない。
「情報の出所、入手時期、確度を示せ」
「契約前から条件を使うのね」
「貴殿が同意した条件だ」
「ええ。嫌いではないわ」
クレアは金属札を机へ置いた。
親指ほどの細長い札には、帆船と天秤の印が刻まれている。共和国商会が、遠方の支払いを保証するために使う為替札だった。
「出所は、リベルタス商業共和国の王都決済所。入手したのは今朝。原本の確認者は私と、決済所の支配人。確度は最上位よ」
「何の支払いだ」
「迎賓館襲撃に使われた品よ」
クレアは小さな革袋を開いた。
中から三つの品を取り出す。
一本目は、折れた聖銀の矢尻。
二つ目は、眠り蔓を束ねていた赤い糸。
三つ目は、火油壺の口に使われていた灰色の封材だった。
「聖銀は共和国西港の品。眠り蔓は南方商会。火油は王国産だけれど、壺の封材は共和国から輸入されている。別々の商人が売った物なのに、支払いはすべて同じ為替口座から出ていた」
ミセリアが金属札へ目を落とす。
「口座名は」
「白薔薇救済口」
王妃エレオノーラが支援する救貧院で使われる名だった。
だが、それだけでは王妃の関与を証明できない。セレナは救貧院の倉と資金を扱える立場にあり、自分が王妃の名を使ったと自白している。
「侍女長の説明と矛盾しない」
吉継が言うと、クレアは満足そうに頷いた。
「すぐ王妃へ飛びつかない。やっぱり、あなたは高く売れそうね」
「俺を売る話はしていない」
「今のところは」
チヨネの影が、クレアの椅子の脚へ巻きついた。
「ふふ。冗談だと伝えておいて、吉継殿」
「自分で態度を改めろ」
クレアは肩をすくめ、もう一枚の薄い札を取り出した。
「問題は、最後の支払いよ」
札には二つの日付と、同じ金額が刻まれていた。
「品物を受け取った時に半分。襲撃が終わった後、決済所へ合言葉を伝えれば残りを払う契約だった」
「合言葉は、事前に教えられた可能性がある」
ミセリアが指摘する。
「その通り。だから決済所は、支払いの直前に確認用の印を求める。最初の印と、最後の印。二つが揃わなければ、残金は出ない」
「最後の印が押された時刻は」
クレアの笑みが消えた。
「昨日の正午。セレナ・オルディスが拘束され、単独房へ入った後よ」
部屋が静まり返る。
セレナは、その時刻には近衛兵の監視下にいた。印を持ち出すことも、決済所へ使者を送ることもできない。
事前に別の者へ預けた可能性はある。
それでも、一つだけ確かなことが生まれた。
セレナ以外に、襲撃の成功と失敗を確かめ、残金を払える者がいた。
「決済所へ来た者は」
吉継が尋ねる。
「灰色の外套を着た若い女。顔は薄布で隠していた。印を置き、合言葉を伝え、受取証も持たずに帰った」
「追えなかったのか」
「私の者が気づいた時には、人の多い中央市場へ入った後だったわ。共和国の商人は追跡者ではないもの」
チヨネが小さく胸を張った。
自分なら追える、と言っている。
「分かっている。次があれば頼む」
吉継が頭を撫でると、チヨネは満足そうに目を細めた。
「その情報を、なぜ俺たちへ売る」
「第一王子へ売った方が高い、と言いたいの?」
「其方なら、両方の値を調べる」
「正解」
クレアは金属札を指先で回した。
「第一王子派が欲しがるのは、この札を消すこと。あなたたちが欲しがるのは、札の先にいる者を見つけること。今だけなら、消す値段の方が高いわ」
「それでも、こちらへ持ってきた」
「あちらへ売れば、一度で終わるからよ。あなたへ売れば、水路ができ、船が動き、次の取引が生まれる」
クレアは笑った。
「商人は、一番高い客より、何度も買ってくれる客を選ぶことがあるの」
それだけではない。
条件だけでなく、黄金天秤へ載せきれない吉継そのものを、もっと近くで見たい。その好奇心も含まれている。
だが、クレアは口にしなかった。
「対価は、先ほどの契約か」
「ええ。白蝶城での商い。水運整備。私個人を領主指定商人とすること。独占できないのは残念だけれど、最初の交渉権はいただく」
「情報が偽りなら、契約は結ばない」
「決済所へ照会して構わないわ」
ミセリアが札へ指を触れた。
記録の眼が、刻まれた日付、金額、印の形を保存する。
「照会する。事実なら、契約条件の精査へ進む」
「交渉成立ね」
「まだ成立していない」
「細かいわね、宰相閣下」
「契約は細部で人を殺す」
クレアは一瞬だけ目を丸くし、楽しそうに笑った。
「ますます気に入ったわ、この国」
吉継は、残金の支払い札を見つめた。
王妃へつながる証拠ではない。
だが、セレナ一人ですべてが終わったという筋書きは崩れた。
「この支払いが残っていることを、第一王子派には知らせるな」
「情報を独占するの?」
「違う。口座を閉じに来る者を、こちらから動かす」
白薔薇救済口には、まだわずかな残金がある。
吉継はクレアへ、王国にある休眠口座を三日後に政務院へ報告するという噂を、決済所の周辺だけへ流すよう頼んだ。
白薔薇救済口を残せば、支払いの流れを調べられる。閉じて残金を回収するには、確認印を持つ者が決済所へ現れなければならない。
事件を終わらせたい者ほど、三日間という期限に耐えられない。
吉継はチヨネを見る。
「決済所の影へ入れるか」
「ふんふん!」
傷を吊った肩をかばいながら、それでも力強く頷いた。
「無理はするな。双影を見張りに残し、本体は休め」
チヨネの足元から、もう一人のチヨネが顔を出す。
本体と双影は同時に胸を張った。
「便利な護衛ね。二人分の賃金を請求されない?」
クレアが尋ねると、二人のチヨネが同時に低く鼻を鳴らした。
「その話は、今しない方がよい」
吉継はそう答え、金属札を布で包んだ。
真実そのものは、金で買える。
だが、その真実を誰へ向け、誰を守るために使うかまでは、金では決まらない。
「クレア殿。次に売ってもらう情報が決まった」
「何かしら」
「この口座を閉じに来る者の名だ。今度はこちらから、真実に値をつける」




