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大谷吉継 転生録 〜義は滅びず、再び剣を取る〜  作者: ひさめ


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第123話 絨毯の使者

 王宮が二つに割れた翌朝、吉継は再び小評議室へ呼ばれた。


 眠れなかったのは自分だけではないらしい。机の向こうに座るミセリアの顔は普段と変わらないが、手元には処理を終えた政令が昨夜から積み上がっている。


「休んでいないな」


「貴殿も同じだ」


「俺は少し眠った」


「一刻は睡眠と呼ばない」


 即座に返され、吉継は苦笑した。


 ミセリアは書類から目を上げる。その視線が、吉継の背中へ回った。


「傷は」


「イーナ殿の薬が効いている。無理をしなければ問題ない」


 机の下で、チヨネが吉継の袖を二度引いた。


 その言葉を信用するな、と言っている。


「チヨネ。ミセリア殿へ余計なことを伝えるな」


「ふん」


「すでに伝わった」


 ミセリアが立ち上がった時、扉の外から侍従の声がした。


「リベルタス商業共和国の使節がお着きになりました」


 帝国との緊張により、二度も延期されていた謁見である。共和国は帝国とも王国とも交易するため、どちらか一方の味方ではない。


 だからこそ、王宮が割れた直後に会う価値があった。


     ◇


 謁見の間には、第一王子リシャールとガリア派の貴族も集まっていた。


 リシャールは玉座の下に置かれた椅子へ座り、退屈そうに肘をついている。向かいにはミセリア、その半歩後ろには吉継が立った。


 共和国の使節団が運び込んだのは、大きな絨毯だった。


 深い青緑の布地に、金糸で海と大河が織られている。両端を持つ男が四人。それでも中央が不自然に沈んでいた。


「友好の証として、共和国の織物を献上いたします」


 使節団の男が頭を下げる。


 近衛兵は布を調べたらしい。魔力反応なし、刃物なし。共和国の印章を持つ献上品として、そのまま通された。


 だが、吉継は絨毯から目を離さなかった。


 中央の膨らみが、わずかに上下している。


 布の端から、青みを帯びた黒髪が一本だけ覗いていた。


 チヨネも気づいたらしい。足元の影を細く伸ばし、絨毯の中央をつつく。


 中の何かが、くすぐったそうに身じろぎした。


「いつまで隠れているつもりだ」


 吉継が声をかけると、使節団の男たちが固まった。


「息を殺すのは上手い。だが、布まで息を止めることはできぬ。出てきたらどうだ」


 短い沈黙の後、絨毯が内側からほどけた。


「あら。もう少し驚いてくださると思ったのに」


 現れた女性は、乱れた髪を指先で払って立ち上がった。


 陽光を含んだような淡い褐色の肌。切れ長の琥珀色の瞳。青緑と象牙色の長衣は片方の肩を薄い外套で覆い、首元には細い金鎖と青緑の石が重なっている。


 腰まで流れる黒髪の一部は細く編まれ、金環が揺れていた。


 近衛兵が一斉に剣へ手をかける。


「動くな!」


「怖い顔をしないで。武器は持っていないわ。高価な指輪はいくつか持っているけれど」


 女性は両手を上げた。指には色も形も異なる指輪が並んでいる。


 チヨネの影が、その指先へ向いた。


「ふん」


「あら、小さな護衛さんには見抜かれているみたいね。正確には、武器として使える指輪もあるわ」


「説明しろ」


 ミセリアの声に、温度はなかった。


 女性は笑みを保ったまま、胸へ手を当てた。


「リベルタス商業共和国全権交渉人、パトリア・クレア。人と商品の両方を見落とす王国とは、大きな取引ができません。少し試させていただきました」


「王宮へ無断で潜入した」


「提出した名簿には、全権使節一名と、献上織物一巻と書いたわ。両方が別々に運ばれるとは、一言も書いていないでしょう?」


 ミセリアが侍従から入宮名簿を受け取り、記載を確かめる。


「記載そのものに虚偽はない」


「正式な使節として、正式な献上品と一緒に入ってきただけよ。少しばかり梱包が過剰だったかしら」


 数人の貴族が、つられるように笑った。


 先ほどまで警戒していた近衛兵まで、剣の柄から指を離しかけている。


 微笑魅了(チャーム・ヴェール)。


 敵ではない。話を聞いてもよい。そう思わせる、ごく薄い霧が謁見の間へ広がっていた。


 右腕の病毒が熱を持つ。


 だが、吉継の心には何も入り込んでこない。義か否か。それを測る場所へ、好意を差し込む隙はなかった。


 病毒もまた、触れた魅了の魔力を外側から食んでいる。


 隣のミセリアも笑っていない。クレアの顔ではなく、共和国の印章と使節団の人数を順に確認している。


「魅了か」


 吉継が問うと、クレアの瞳がわずかに見開かれた。


「効いているのに、私を信用しないのね」


「好意を抱くことと、信用することは別だ」


 クレアの笑みが深くなる。


 その瞬間、吉継の脳裏へ聞き覚えのない名が浮かんだ。


 クレオパトラ。


 遠い異国で国を背負い、富と交渉を武器にした女王。吉継の前世には知る由もなかった名だが、この世界が眼前の女性に宿る魂を告げている。


 また一人、時代も国も異なる者がいる。


「面白い男ね。お名前を伺っても?」


「大谷吉継」


「覚えたわ、吉継殿。無料で驚きを奪われたのは久しぶりよ」


 リシャールが椅子の肘を叩いた。


「道化を見せに来たのか。用件を言え」


 クレアは王子へ向き直った。


 笑顔は残っている。だが、声から軽さが消えた。


「王国との通商条件を決めに来ました。陸路、水路、倉庫、穀物、鉄、そして情報。すべてが交渉対象です」


「王国は売り物ではない」


 リシャールの声が低くなる。


「国を買うつもりはありません。ただ、今の王国には二つの値札が下がっている」


 クレアは、王子の後ろに並ぶ貴族を見た。


 次に、ミセリアと吉継を見る。


「第一王子とガリア家が示す値段。宰相と白蝶城が示す値段。共和国の船を、どちらへ着ける価値があるのか」


 琥珀色の瞳が、楽しげに細められた。


「今日は、それを確かめに来たのよ」


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