↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大谷吉継 転生録 〜義は滅びず、再び剣を取る〜  作者: ひさめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

118/135

第116話 月下の晩餐

 帝国軍との対峙を終えてから、三日が過ぎた。

 王都政務院の執務室で、ミセリアは銀色の封蝋が押された招待状を開いていた。

 差出人は、王都の水運を取り仕切る商会主と、それを後援する貴族たちである。


 国境問題が大きな戦へ発展せずに収まったことを祝い、今後の水運と街道整備について話し合いたい。七日後、王都水運迎賓館で晩餐会を開くため、宰相ミセリア・イシダに出席してほしい。

 丁寧な文章だった。

 しかし、招待状を読み終えたミセリアの表情は変わらない。


「祝いだけが目的ではないな」


 向かいの椅子に座っていた吉継が言った。


「その通りだ。帝国との交渉で、王国の力関係が変わった。彼らは誰につくべきか見定めたい」


「ガリア家が実権を失い、其方が国境へ千五百を動かした直後だ。商人も貴族も、次の流れを知りたがるだろう」


 ミセリアは招待状を机へ置いた。


「護衛と使用人のほかに、同伴者を一人連れてよいと書かれている。大谷吉継、貴殿も参加するのはどうだ」


「俺をか」


「白蝶城の水路と街道は、今後の議題になる。領主である貴殿が直接答えた方が早い」


 吉継は招待状へ目を落とした。

 白霧境を立て直すには、米を作るだけでは足りない。余った米や木材、薬草を運び、必要な鉄や塩を買い入れる道がいる。

 その道を広げるには、商人の力が必要になる。王都の貴族と商会主へ顔を覚えさせることも、領主として避けては通れない。


「悪くない。味方になり得る者と、敵に回る者を知る機会にもなる」


「では、出席で返答する」


「ああ。だが、俺は王都の宴の作法には詳しくない」


「心配はいらない。余計なことを言いそうになったら、私が止める」


「俺より、カドゥを止める用意をした方がよいと思うが」


 部屋の隅で護衛をしていたカドゥが、勢いよく顔を上げた。


「なぜ私が参加することになっている」


「其方を白蝶城へ置いていけば、勝手に宴を始めそうだからだ」


「それは否定できないな!」


 カドゥの笑い声が執務室へ響く。

 ミセリアは無言で新しい紙を取り、招待への返書を書き始めた。


     ◇


 それから七日後、王都水運迎賓館には、百を超える魔力灯が輝いていた。

 迎賓館は大河へ張り出すように建てられている。二階の大広間からは、月明かりを砕いて流れる水面が見えた。

 その夜、王国の有力貴族や商会主たちが招かれていた。名目は、帝国との緊張が収まったことを祝う晩餐会である。


 だが、吉継には別の戦に見えた。

 誰がミセリアへ近づくのか。誰が目を合わせず、誰がガリア家の話題にだけ耳を傾けるのか。

 杯を持つ指と、言葉を挟む間。その一つ一つが、槍の穂先よりも雄弁だった。


「白霧境へ、さらに銭を入れるおつもりですかな」


 腹の突き出た伯爵が、赤い酒を揺らした。


「白蝶城は辺境の城にすぎません。水路と街道を整えても、王都へ戻る利益は少ないでしょう」


 ミセリアは青灰色の正装をまとい、伯爵を正面から見た。黒髪には、吉継が贈った青い硝子の髪飾りが挿されている。


「水路が完成すれば、白霧境から王都までの輸送は四日短くなる。米、木材、薬草の損失も減る。三年で費用を回収できる」


「しかし、また帝国が動けば」


「そのための白蝶城だ。守れない道へ銭は使わない」


 ミセリアの声には、怒りも愛想もなかった。ただ、覆しようのない数字だけが並ぶ。

 伯爵は返す言葉を失い、笑ってごまかしながら人垣へ戻った。

 少し離れた場所で、吉継はその様子を見守っていた。


 白を基調とした礼装に、深い青の帯。顔の病を隠す白布も外していない。腰にあるのは軍配ではなく、儀礼用の刀だけである。


「ずいぶんと窮屈そうですね、大谷殿」


 黒い礼装鎧をまとったカドゥが、首元を覆う高い襟へ指を入れた。人前でデュラハンだと悟られぬよう、鎧と幻惑の魔具で正体を隠している。


「首が締まる。いっそ戦場の方が楽ではないか」


「それは俺も同感だ。しかし、ここで刀を抜けば国境の戦より面倒になる」


「では、料理を食べて耐えるとしよう」


 カドゥは大皿へ手を伸ばしたが、その手を給仕姿のチヨネにぺしりと叩かれた。


「ふん」


「まだ取るなというのか」


 チヨネは料理を運ぶ侍女に化けていた。白い前掛けを整え、澄ました顔で首を縦に振る。


「毒見の後だ。従え」


「私より小さいのに厳しいな」


「ふんふん」


 チヨネは胸を張り、銀の匙で肉汁を確かめ始めた。その得意げな横顔に、吉継はわずかに目を細める。


「大谷吉継」


 ミセリアが人垣を抜け、三人のもとへ来た。


「北の商会主が、白霧境との共同倉を受け入れた。次は西部の二家を説得する」


「随分と骨の折れる戦だな」


「剣が使えない分、面倒だ」


 ミセリアは手にした杯へ視線を落とした。


「この場では、誰も結論より先に本音を言わない。貴殿と話す方が早い」


 声はいつもと変わらない。

 それでも吉継には、百人の中で一人きりになっている三成の姿が、一瞬だけ重なって見えた。


「俺でよければ、いつでも聞こう」


 ミセリアが顔を上げる。


「貴殿は領主だ。暇ではない」


「話を聞く時間くらい作れる。其方が一人で抱えるより早く片づく」


 青い髪飾りに、魔力灯の光が差した。

 ミセリアの目元から、ほんのわずかに力が抜ける。


「ならば、今の言葉も記録しておく」


「約束を帳面にまで縛られるとは思わなかった」


「貴殿は放置すると無茶をする。必要な措置だ」


 カドゥが吹き出した。


「反論できぬな、吉継」


「其方まで言うのか」


 その時だった。

 チヨネが銀の匙を皿へ置いた。

 かすかな音が三度、続けて鳴る。


 彼女が決めていた警告の合図だった。

 吉継は表情を変えず、杯へ手を伸ばすふりをする。チヨネは盆を抱えたまま、大広間の南側へ視線を送った。

 一人の給仕が、窓の厚い幕を閉じている。


 月を眺めるため、今夜は開けておくと決められていたはずだ。

 別の給仕は東階段の前へ花台を動かしていた。飾りにしては位置が悪く、人が通れる幅を狭めている。

 さらに、香の匂いに紛れて、鼻の奥を刺す清涼な気配があった。


 ジゼリアが聖魔法を使った時と似ている。だが、あの光ほど温かくない。


「カドゥ。東階段の花台を見ろ」


 吉継は笑みを崩さず、小声で告げた。


「宴には邪魔だな」


 カドゥの目から酔いの気配が消える。


「トモエリアは外周か」


「ああ。屋根と川岸を見ている」


 吉継はミセリアの半歩前へ出た。

 大広間の扉が閉じる。

 直後、百を超える魔力灯が、すべて同時に消えた。


 悲鳴が上がる。

 杯が割れ、椅子が倒れた。誰かが出口へ走り、人と人がぶつかる音が暗闇の中で重なる。


「魔力切れか!」


「動くな!」


 吉継の声が広間を貫いた。

 魔力灯は別々の魔石で動く。百の灯りが同時に尽きることなどあり得ない。


「ミセリア、俺の手を取れ。灯りが消えたのではない。消された」


 伸ばされた手を、ミセリアが迷わず握った。

 次の瞬間、細い風切り音が走る。

 吉継はミセリアの腕を引いた。彼女が立っていた場所へ短い矢が突き立ち、床板に白い光が散る。


「……聖属性の矢」


 ミセリアの声が低くなる。


「ああ。ここは宴の場ではない。俺たちを仕留めるための狩場だ」


 闇の中で、カドゥが円盾を構えた。


「カドゥ。ミセリア殿を東階段へ。外にいるトモエリアと合流しろ」


「吉継はどうする」


「俺とチヨネが残り、追手を分ける」


「断る。私はお前の盾だ」


「敵の狙いはミセリア殿だ。ここで全員が固まれば、まとめて射抜かれる」


 吉継はカドゥの肩をつかんだ。


「其方にしか任せられぬ。必ず生きて外へ出せ。これは命令だ」


 カドゥは歯を食いしばる。


「……必ず追いつけ」


「ああ」


 ミセリアは吉継の手を離さなかった。


「貴殿も来い」


「すぐに追う。そのために、まず其方が動いてくれ」


 暗闇の中でも、ミセリアの視線だけは分かった。

 やがて指が離れる。


「約束を破るな」


「承知した」


 カドゥはミセリアを盾の陰へ入れ、花台を蹴り倒した。塞がれていた東階段へ突入し、待ち伏せていた男を盾で壁へ叩きつける。


「道は開けた! 行くぞ、ミセリア殿!」


 二人の足音が遠ざかっていく。

 吉継は儀礼刀を抜いた。

 隣では、チヨネが侍女の帽子を脱ぎ捨てている。前掛けの下から二本の短刀を抜き、吉継の背へ自分の背を重ねた。


「怖ければ、影から俺を援護してもよい」


「ふん!」


 チヨネは怒ったように鼻を鳴らし、床を一度踏んだ。

 置いていくな。そう言っている。


「分かった。共に帰るぞ」


 大広間の奥で、弦を引く音がいくつも重なった。

 闇の中に、白い矢じりだけが次々と灯った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。