↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大谷吉継 転生録 〜義は滅びず、再び剣を取る〜  作者: ひさめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

110/142

第108話 三路の密令

 月のない夜、帝国軍の前進野営地では三つの天幕だけに灯りが残っていた。


 チヨネは荷車の影から影へ渡り、最も大きな天幕の下へ潜り込む。中では帝国の書記官が、三枚の命令書を読み上げていた。


「第一隊、セレト村。指揮はケイス・サナリア将軍。夜明けと同時に村を押さえ、住民の逃走を防ぐ」


 一枚目へ、灰紫の蝋が落とされる。


「第二隊、石荷道(いしにみち)。指揮はヴェイラ・バイゼン将軍。王国の補給隊を壊滅させ、関所への食料と薬を断つ」


 二枚目には、白い剣を刻んだ封印。


「第三隊、旧アルデン街道関所。守備兵を拘束し、他二隊への救援を妨げる」


 三枚目が封じられる。書記官は砂時計を返した。


「三隊は、明後日の朝鐘二つで同時に動く。遅れは許されない」


 天幕の外で、伝令馬が鼻を鳴らした。


 チヨネは床へ落ちる燭台の影を細く伸ばす。机上に残った下書きの端へ影を滑らせ、紙を一枚ずつ重ねた。


 文字を読めなくても、形なら写せる。


 細い炭を影で動かし、命令書の文字、三つの印、地図に引かれた線を写し取る。最後の一画をなぞった時、天幕の入口で兵が足を止めた。


「今、何か動かなかったか」


 灯りが床へ近づく。


 チヨネは息を止めた。影の中で、小さな体をさらに丸める。


 兵の靴が、写しのすぐ横へ下りた。


「鼠だろう。書状を運べ。クラウス閣下は失敗を二度許さない」


 灯りが遠ざかる。


 チヨネは鼻を鳴らさなかった。写しを胸元へ隠し、荷車の影を伝って野営地を抜ける。


     ◇


 夜明け前、旧アルデン街道関所跡の戸が、音もなく開いた。


 吉継は地図を前に座っていた。病毒魔法の反動で右腕には布が巻かれているが、目だけは眠っていない。


 机の下からチヨネが顔を出す。


「戻ったか」


「ふん……」


 得意げに鳴らそうとして、声が掠れた。外套の袖は裂け、右手には炭がついている。


 チヨネは三枚の写しを机へ並べた後、いつものように頭を差し出した。


「よく戻った」


 吉継が左手で撫でる。チヨネの肩から力が抜け、今度は小さく「ふんふん」と鳴った。


「次は、見つかる前に戻れ。書状よりお前の命の方が重い」


 チヨネは不満そうに頬を膨らませたが、最後には頷いた。


 呼び出されたアリスティとカドゥが、机を挟んで写しを読む。


「村、補給隊、関所。こちらの兵を三つに分けるつもりか」


 アリスティが石荷道の線を指でなぞった。


「三百を百ずつに割れば、ヴェイラの部隊に押し潰される。増援を頼む時間もない」


「ならば、三つとも守ればよい。私はどこへ行けばよい?」


 カドゥはすでに兜を抱えていた。


「三つとも正面から守る必要はない」


 吉継はセレト村へ置いた駒を取り除く。


「村人は今夜のうちに避難させる。竈(かまど)の火と家畜だけは残し、外から人がいるように見せろ」


 次に、補給隊を示す荷車の駒から米俵を外した。


「石荷道を通る荷車は、食料と薬を先に別の道へ移す。空俵と水樽を積み、補給隊に見せる」


「関所はどうする」


 アリスティが尋ねる。


「四十人を残す。旗を多く立て、守備兵が多いように見せる。敵は偽装だと疑うだろうが、先の挟撃で警戒している。すぐには踏み込めぬ」


「残る兵は二百六十か」


「負傷者を除けば、動かせるのは二百五十ほどだ。その全てを石荷道へ伏せる」


 カドゥの赤紫の目が輝いた。


「一番強いヴェイラを叩くのだな」


「殺すだけでは足りぬ。生け捕りにする」


 アリスティが眉を上げる。


「敵将を捕らえれば、帝国はさらに兵を出すぞ」


「ああ。だから交渉に持ち込む」


 吉継は帝国側の地図へ目を向けた。


「捕虜と敵将を返し、帝国が敗れた事実を公表しない。その代わりに全軍を国境から退かせる」


「帝国が、それで引くと思うか」


「手ぶらでは帰さぬ。バルトロメウスを永久に隠居させ、息子へガリア家を継がせる。家の政務と帝国との交渉役も、その息子へ渡す」


 王国はバルトロメウス本人から権力を奪える。帝国はガリア家を守り、王国との橋を残したと主張できる。


 そして、指揮官を捕らえられた敗北は表へ出ない。


「帝国にも、戦を終えたと言える成果を持たせるのか」


 アリスティの問いに、吉継は頷いた。


「敵の面目まで潰せば、面目を取り戻すための戦が始まる。勝って終えるには、相手が退く道も残さねばならぬ」


 カドゥが腕を組む。


「なるほどな。勉強になる」


「本当に理解しているか」


 カドゥは胸を張ったまま、そっと吉継から目を逸らした。


 吉継は三枚の命令書を見比べた。


 問題は、三隊が同時に動くことだった。一隊でも予定より遅れれば、互いに助けられない。


「チヨネ。日が落ちるまで休め。その後、もう一つだけ頼む」


 チヨネは眠そうな目を擦りながら、それでも背筋を伸ばした。


「殺すな。使者は麻痺毒で動けなくした後、お前が使者に化けろ。密令は半刻遅れて届け、第三隊の行軍を遅らせる。できるか」


「ふん」


「終えたら、すぐ戻れ」


 今度は全力で頷いた。


 地図には、帝国軍の三本の進路が残っている。


 吉継はそのうち二本へ黒い石を置き、ヴェイラの向かう石荷道だけを白い指で押さえた。


「三つの攻撃を、一つずつ孤立させる。まずはヴェイラを捕らえる」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。