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大谷吉継 転生録 〜義は滅びず、再び剣を取る〜  作者: ひさめ


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第107話 捕虜七十の代価

 戦いの翌朝、旧アルデン街道関所跡の中庭には、武器を取り上げられた帝国兵が並んでいた。


 吉継の右腕には、まだ痺れが残っている。腐霧帳(ふむちょう)と病鎖絡み(びょうさがらみ)を重ねた代償だった。


 指を曲げるたび、皮膚の下を細い刃が這う。白布の下で呼吸を整えていると、脇腹へ包帯を巻いたカドゥが椅子を運んできた。


「座れ、吉継。昨日、お前は私たちに生きて帰れと命じた。自分だけを、その命令の外へ置くな」


「将らしい忠言をするようになったな」


「二十四人も預けられたのだ。嫌でも考える。さあ、座れ」


 吉継は逆らわず、椅子へ腰を下ろした。


「お前の傷はどうだ」


「槍が一本、鎧の隙間へ挨拶しただけだ。実によい痛みだった」


「褒めた途端にそれか」


 カドゥが明るく笑う。その声を聞き、近くの兵たちもようやく戦が終わった顔になった。


 負傷者は王国兵と同じ天幕へ運ばれ、傷の深さで順番を決められている。敵味方で分けなかったため、治療を待つ帝国兵の方が戸惑っていた。


「なぜ、俺たちまで治す」


 肩へ包帯を巻かれた帝国兵が尋ねる。治療を手伝っていた若い王国兵も、同じ疑問を顔に出していた。


「こいつらは馬小屋を焼きました。飼葉も駄目になった。薬を使う必要があるんですか」


 吉継は二人の間へ立った。白頭巾の下から、帝国兵の傷と王国兵の怒りを順に見る。


「武器を捨てた者を殺せば、次に戦う敵は降伏しなくなる。追い詰められた者が最後まで刃を振れば、こちらの兵も死ぬ」


 若い兵は唇を結んだ。


「許せというのではない。捕虜として働かせ、知っていることを話させ、必要なら王国兵との交換に使う。そのために生かす」


「……分かりました」


「怒りまで捨てる必要はない。ただ、使い方を間違えるな」


 若い兵は帝国兵の包帯を結び直した。手つきは少し乱暴だったが、傷口を締めつけることはなかった。


 吉継は捕虜の列から離れ、積み上げられた押収品へ向かった。


 帝国兵の装備はよく揃っている。剣、槍、長方形の盾、三日分の固い携行食。だが、城門を壊す槌も、柵を越える梯子も、関所を修繕する工具もなかった。


「占領するつもりの荷ではないな」


 アリスティが盾を裏返し、帝国の製造印を確かめる。


「関所を取るだけなら、後から運び込むつもりだったのではないか」


「それなら、先行隊が入った直後に荷と工兵を動かす。丘に残った敵は、救援も占領準備もしなかった」


「では、何をしに来た」


 吉継は三日分の携行食を手に取った。


「見るためだ」


 その時、押収した外套の山が内側から持ち上がった。チヨネが隙間から顔を出し、細長い金属板を両手で掲げる。


「ふん」


「見つけたのか」


 チヨネは胸を張った。金属板には帝国文字と、いくつかの図が浅く刻まれている。


 焼けた浅瀬。開いた関所。南へ延びる撤退列。矢が飛んだ位置と、王国兵が現れた壁の場所まで記されていた。


 アリスティの顔から笑みが消える。


「戦いながら、こちらの動きを書いていたのか」


「ああ。関所を奪うことより、俺たちがどう守るかを持ち帰る方が重要だった」


 吉継は捕らえた隊長の前へ進んだ。男の右脚には添え木が当てられているが、意識ははっきりしている。


「貴官の任務は、関所の占領ではない。退路を失った俺が、どこへ兵を割くか調べることだったな」


「答えると思うか」


「答えは求めていない」


 吉継は金属板を見せた。


「すでに書いてある。確認したかったのは、これを見た時の貴官の顔だ」


 隊長の視線が一瞬だけ右へ動く。そこには、帝国兵から回収した伝令用の筒が置かれていた。


 中身は空だった。


「記録の一部は、戦いの最中に持ち出されたか」


 隊長は黙った。だが、顎に力が入ったことで十分だった。


 ヴェイラは味方を見捨てて逃げたのではない。吉継の策を見届け、記録を持つ伝令を優先して帰したのだ。


「勝った顔ではないな」


 アリスティが低く言う。


「関所は守った。民も兵も生きている。これは勝利だ」


 吉継は空の伝令筒を置いた。


「だが、敵も何も得ずに帰ったわけではない。次は、開いた門にも撤退列にも食いつかぬ」


「面倒な相手だ」


「だから、次の手を考える」


 チヨネが頭を差し出す。吉継が一度だけ撫でると、彼女は満足げに外套の山へ潜り直した。


     ◇


 鉄血の砦では、複数の光景が作戦室の壁に浮かんでいた。


 開いた門。泥へ沈む盾兵。黒い糸で盾と弓を腐らせる白頭巾。旧倉から二十四人を率いて現れた黒騎士。そして、門前へ戻ったアリスティ。


 鋼の盤面(アイアン・チェス)が、帰還した伝令の視界を再現している。


「先行隊百二十のうち、帰還十九。戦死二十八。残りは捕虜となりました」


 ヴェイラは背筋を伸ばして報告した。白鞘を握る手には、まだ爪の跡が残っている。


 クラウス・フォン・ベルンシュタインは眼鏡を押し上げた。


「北の別働隊は」


「戦死三。負傷十一。残りは帰還。私の判断で救援を打ち切りました」


「妥当だ。救援を足せば、損失が増えた」


 責める声ではなかった。それがかえって、ヴェイラの目を鋭くする。


「七十を超える兵を捕虜にされました。それでも、妥当と?」


「失った兵は戻らない。ならば、得たものを次の勝利へ変える」


 クラウスは壁に映る三つの光景を指した。


「大谷吉継は、民を先に逃がす。敵の魔法で崩れた地形さえ使う。そして、一つの危機へ全兵力を集めず、必ず別の道を残す」


 クラウスの指が、黒い糸を放つ吉継の像で止まった。


「さらに、本人も後方に留まらない。指揮を続けながら、陣が崩れかけた場所へ自ら入る。病毒魔法の代償まで計算に入れているかは不明だが、将を倒せば軍が止まるという常識は通じぬかもしれん」


「次はどうする」


「一つを選ばせなければよい」


 壁の地図に、三つの赤い点が灯る。


「村、補給隊、関所。同じ時刻に三か所を攻める。あの男がすべてを守ろうとするなら、三百は三つに裂ける」


 ヴェイラは地図を睨んだ。


「次の攻撃は、私に任せろ」


「よい。ただし今度は、彼の勝ち方を壊せ」


 クラウスが指を下ろすと、壁の光景が消えた。


 関所での勝敗は決した。


 だが、その勝利を材料にした次の戦いは、すでに始まっていた。


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