↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大谷吉継 転生録 〜義は滅びず、再び剣を取る〜  作者: ひさめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

104/136

第102話:帰路を焼く白

クラウスの命令を受け、帝国は吉継たちの帰路へ手を伸ばす。

そこに現れたのは、小柄な姿に冷たい殲滅の理を宿す将、ヴェイラ・バイゼンだった。

 旧アルデン街道の西側には、白霧境へ戻る細い浅瀬があった。


 荷車が二台並べば詰まるほどの狭い道。


 右は低い林。左は乾いた土手。水は浅いが、馬と荷を通すには都合がよい。


 その浅瀬の前に、灰白色の外套を着た小さな将が立っていた。


 背は低い。


 遠目には、従軍してきた貴族の子供にも見える。だが、周囲の帝国兵は誰一人として気安く近づかない。


 灰白色の長い三つ編みが、小さな背中を越えて垂れている。


 高い襟。大きめの肩飾り。白と黒の特注軍装。どれも身を大きく見せるために整えられていたが、それでも身体の小ささは隠しきれない。


 若い帝国兵が、思わず息の中で笑った。


「子供みたいな――」


「聞こえたぞ」


 小さな将は振り返らなかった。


 声は低く、冷たかった。


 兵の背筋が伸びる。笑いは一瞬で消えた。


「成人だ。次に間違えたら、貴様の判断力を処分対象に入れる」


「も、申し訳ありません、ヴェイラ将軍」


 ヴェイラ・バイゼン。


 ヴォルガノン軍事帝国、殲滅軍団長。


 クラウスの盤面を、現実の死で完成させる女だった。


 ヴェイラは浅瀬を見た。そこには、まだ王国兵はいない。避難民もいない。あるのは、帰るための道だけだ。


「馬小屋を焼け。飼葉も燃やせ。浅瀬の石は半分だけ崩せ」


 命令は短い。


 兵が動く。


 だが、ケイス・サナリアだけは一歩遅れていた。


「避難民は?」


「いない」


「通りかかった者がいれば?」


「逃がせ。今日は殺す日ではない」


 ヴェイラは、腰の白鞘へ指を添えた。


「今日は退路を壊し、生き殺しにする日だ」


 彼女の足元から、白い乾いた魔力が地面へ染み込んだ。


 白坑の軍令(ホワイト・ピット)。


 浅瀬の土が、音もなく白灰色へ変わっていく。


 掘るのではない。


 土そのものの結びつきがほどけ、粉末のように崩れていく。道も、建物の基礎も、城壁の根も、支える土を奪われれば形を保てない。


 濡れていたはずの泥が乾き、踏み石の下だけが空洞を抱えたように沈んだ。


 兵が槌を振るう。


 石は派手に砕かれない。


 だが、荷車の車輪が乗れば、必ず片側だけ落ちる形に崩された。


 馬小屋へ火が入る。


 黒い煙が、朝の空へ上った。


 ケイスはその煙を見て、薄く息を吐いた。


「大谷吉継は、これで慌てるでしょうか」


「慌てねば、さらに焼く」


「逃げ道を焼けば、追い詰められた兵は強くなることもありますよ」


「その時は、兵糧を焼く」


 ヴェイラは迷わない。


 その小さな横顔には、怒りも得意げな色もなかった。


「帰る道を守る男なら、帰る道を失った時、必ず何かを守ろうと動く。動けば、次の手が見える」


 ケイスは返事をしなかった。


 煙だけが、高く昇っていく。


     ◇


 旧アルデン街道関所跡の天幕にも、その煙は見えた。


 最初に気づいたのは水汲みの兵だった。


「背後です! 西の浅瀬から煙が上がっています!」


 声に、天幕の周りがざわつく。


 荷車のそばにいた商人が、顔を青くした。


「あそこを潰されたら戻れませんぞ! 馬も荷も通れません!」


「騒ぐな」


 吉継の声は静かだった。


 白布の下の表情は見えない。だが、近くにいた兵は、その声で動きを止めた。


「まずは状況把握だ。敵の位置、燃えている場所、味方の被害。これをつぶさに報告させろ。動揺する兵は落ち着かせろ。勝手に動けば、被害が大きくなる」


「は、はい!」


 兵が走る。


 吉継は地面に膝をつき、街道の土へ指を置いた。


 乾いた震えがある。


 火の音ではない。土が、不自然に息を失っている。


 しばらくして、チヨネが影から現れた。


 手には、白く乾いた土の欠片が握られている。もう片方の手で、自分の頭の少し上に掌を置いた。


「ふん……」


「小柄な指揮官がいたか」


 こくり。


 チヨネは次に、胸の前で両手を小さく握った。可愛いと言いたいのではない。小さいが、兵が震えていた、と伝えている。


「見た目で侮れる相手ではない、ということだな」


「ふん」


 今度は強い鼻鳴らしだった。


 吉継は白い土を受け取り、指先で砕いた。


 普通の焼け土ではない。


 水気を奪われている。荷車を壊すため、全部ではなく一部だけを崩している。


 嫌な壊し方だった。


 道を完全に断てば、こちらは別の道を探す。


 半分だけ壊せば、焦った者が通ろうとして事故を起こす。


「こちらの喉ではなく、踵を狙ったか」


 アリスティが濃紺の外套を翻して近づいてきた。


「大谷殿、追いますか。傭兵なら、火をつけた連中の尻くらいは噛めます」


「追わぬ。あの指揮官もそれを見越して、撤退させたのだろう。挑発に乗れば、全滅の恐れがある」


「怒っていないのですか」


「怒っている。だから、無駄に走らせぬ」


 アリスティは黙った。


 その答えだけで、吉継が何を見ているのか察したらしい。


 吉継は小石を三つ置いた。


 一つは関所跡。


 一つは焼かれた浅瀬。


 もう一つは、林の内側にある小さな窪地。


「敵は、俺たちが帰れなくなったと思わせたい。兵が不安になれば、俺は退路を直すために人を割く。そうなれば、ここを守る手が薄くなる」


「つまり、こちらを動かして数を見たい?」


「それもある。もう一つは、ここを牢にするつもりだ」


 商人が喉を鳴らした。


「牢、ですか」


「帰れないと思えば、人は内側で腐る。飯の減り方を見る。水の奪い合いを見る。逃げ出す者を見る。敵はそれを待つ」


 吉継は立ち上がった。


「なら、そうはさせぬ。浅瀬は直すな。燃えた道は、しばらく燃えたままでよい」


「直さないのですか?」


 若い兵が思わず聞き返す。


 吉継は責めなかった。


「敵が見ている場所を直せば、直す人数も道具も見られる。今は見せない」


 彼は林の窪地を指した。


「水を運べる者を十人。土を掘れる者を二十人。荷車の空樽を三つ持ってこい。林の内側に水溜めを作る」


「水溜め、ですか」


「そうだ。浅瀬が使えない間、馬と人の水をそこへ移す。敵には、こちらが水に困っているように見せる」


 アリスティの口元が上がった。


「やられたふりですか。嫌な領主ですね」


「嫌な相手に合わせているだけだ」


 吉継は土へ魔力を流した。


 派手な光はない。


 地面の窪みが、静かに深くなる。土を締め、水が逃げにくい底を作る。水魔法は細く、樽から流した水を内側へ導くだけに留めた。


 大きな魔法は使わない。


 今ここで力を見せれば、敵に手札を渡す。


 チヨネが窪地の周りをすばやく回り、枝と枯草をどかしていく。小さな手が土で汚れたが、本人はむしろ得意げに鼻を鳴らした。


「ふんふん」


「助かる。だが、頭を撫でるのは後だ」


 チヨネは一瞬だけ固まった。


 それから、ものすごく真剣な顔で作業速度を上げた。


 アリスティが横で吹き出しかける。


 緊張が、少しだけ緩んだ。


 吉継はその小さな緩みを見逃さなかった。


「兵に伝えろ。帰り道は焼かれたが、帰る手段は失っていない。飯は配る。水も作る。勝手に浅瀬へ向かう者だけが死ぬ」


「はい!」


「それと、焼けた浅瀬へ見張りを二人だけ置け。近づくな。見るだけでよい。敵が確認に来るなら、そこが次の入口になる」


 アリスティの目が細くなった。


「入口?」


「敵は、こちらが困ったかどうか見に来る。なら、見に来た者から敵の目をたどる」


 吉継は、白い土の欠片を布に包んだ。


「帰る道を焼く相手だ。次は、水か兵糧を狙う」


 その声は穏やかだった。


 だが、チヨネもアリスティも、そこに怒りが沈んでいるのを感じ取った。


     ◇


 夕刻、ヴェイラのもとへ報告が戻った。


「王国兵は逃げませんでした。浅瀬の修繕もしていません。林の内側で何かを掘っています」


 帝国兵は、失敗を告げる顔をしていた。


 ヴェイラは怒らなかった。


 小さな手で、白鞘の柄を一度だけ叩く。


「掘っている?」


「はい。水か、穴かまでは」


「ならば、困ってはいない」


 ケイスが横で静かに目を伏せた。


 ヴェイラは浅瀬の方角を見た。


「大谷吉継。帰らぬなら、飢えさせる」


 小柄な将の背後で、灰白色の兵たちが一斉に動き出した。


 次に狙われるのは、道ではない。


 補給路だった。


次回の展開が気になる!面白い!と思ってくださった方は、ぜひブックマークや、広告下の【☆☆☆☆☆】の評価(カクヨムなら★)での応援をよろしくお願いいたします!皆さんの応援が何よりの執筆の原動力です!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。