ep25 現実転生、いいえ、また転移です。
春香は、日に日に募る胸のざわつきを感じていた。
あのインチキ神が告げた『現実に戻る道』。
「帰る気はない」
そう言ったはずだった。
けれど、時間が経つにつれて、ふとした瞬間に思い出してしまう。
(……あっちに帰ったら、私は夏希なんだよな)
30歳で、何も持っていなくて、どん底だった自分。
今の春香とは違う。
異世界で築いた「メンズエステ春香」3店舗。
王宮にまで認められ、仲間もできた。
ルミカ、シルビア、アルム、リヨン、シャミール、ニーナ。
「……でも」
心のどこかで、わかっていた。
自分がこの世界の人間ではないことを。
いつか、このぬくもりを手放す時が来るのかもしれないと。
そして、その時は、思ったよりも早く訪れた。
昼下がり、王宮店でうたた寝をする春香の前に、インチキ神が現れた。
「ちーっす、元気~?」
相変わらず軽い調子。
「……何しに来た」
「そろそろ、決める時かな~って思ってさ。
現実に帰るか、このまま異世界で生きるか」
「……っ」
「いつまでも待てるわけじゃないからね。
帰るなら、もうすぐだよ」
胸がギュッとなった。
「……ちょっと、考えさせてくれ」
「オッケー、でも時間ないからね~」
神はひらひらと手を振って消えていった。
(……どうしよう)
答えは、決まっているはずだった。
ここに残るって、ずっと思ってた。
でも。今ならやり直せる気がする。
夜、春香はルミカを呼び出した。
王宮店の休憩室で、2人きり。
ルミカは明るい笑顔で駆け寄ってくる。
「春香さん、どうしたんですか?」
「……ルミカ、ごめん。今日、ちょっと大事な話があるんだ」
真剣な顔に、ルミカも表情を引き締めた。
「私……実は、ここに来る前、別の世界にいたんだ」
「え?」
「異世界っていうか……まあ、こっちからすれば向こうが異世界だけど……」
ぽかんとするルミカ。
それでも、話を止めるわけにはいかなかった。
「私は、もともと『夏希』って名前で、日本って国にいたの。
こっちとは全然違う世界で……正直、あんまりうまくいってなかった」
過去を語る春香の声は、少し震えていた。
「そんな時、こっちに来て……春香になって……ルミカたちに出会って……店も持てて……人生、変わったんだ」
「……春香さん」
「でも……向こうに戻れるかもしれないって言われた」
「……っ!」
ルミカの顔が強張る。
「行かないでください!」
「私だって、行きたくない。でも……」
声が詰まる。
ルミカは必死に涙をこらえながら、春香の手を握った。
「……もう決めてるんですね?」
「……うん。ごめんね」
ルミカは泣き出した。
春香も、もう涙を止められなかった。
「でもね、私はルミカに全部任せられるって思ってる。
あんたなら、3店舗、いや、絶対もっと大きくしてくれるって信じてる」
「……そんなの、寂しいですよ」
「……私だって、寂しいよ」
涙でぐしゃぐしゃになりながら、2人は抱き合った。
「でも……もしかしたら、また戻ってこれるかもしれないからさ。向こうでやり直して、現実と異世界の両方に店を持つメンエス王になってやるんだから。」
嘘だった。
戻ってこられる確証はない。でも、今はそれでいい。
「だから、待っててよ。私が帰ってきたら、もっと店増えてるくらい、頑張っといて」
「……はい。絶対、待ってますから」
涙を拭い、笑顔を作るルミカ。
「春香さんが帰ってきたら、また一緒に働けるように、私、もっともっと頑張ります!」
「……うん。ありがとう」
春香は、ルミカを強く抱きしめた。
翌朝。
春香は、3店舗を回った。
シルビアには「ちょっと旅に出る」と伝えた。
彼女は「いってらっしゃい」とおっとり笑ってくれた。
アルムとシャミールも「頑張ってください!」と送り出してくれた。
リヨンとニーナは少し寂しそうだったけど、「私達も本店、守りますから!」と力強く言ってくれた。
最後に、ルミカ。
「行ってきます」
「いってらっしゃい。また帰ってきてくださいね」
笑顔で見送るルミカ。
その表情を焼き付けて、春香は歩き出した。
(……私の、最高の仲間たち)
涙をこらえながら、目を瞑りインチキ神を呼んだ。
「お、決めた?」
神はいつもの調子で笑う。
「うん。……帰る」
「了解~。じゃ、いくよ」
光が包む。
仲間たちの笑顔を思い浮かべながら。
「……ありがとう」
春香は、異世界に別れを告げた。
夏希としての現実が、再び始まる。
(でも……いつか、また)
そう願いながら、夏希は目を開ける。




