884.小さな騎士様の鍛錬を見守る
公爵家お抱えの医師の診断で、数日の隔離が言い渡された。熱は下がったし、吐き気も収まった。でも感染する病の場合、菌が消えるまで接触禁止なの。この時代でもその考え方があって、助かったわ。過去に何度か、感染する病を診察した経験からの判断だった。
治ったと思って他者と接触して、まだ残っていたウイルスや菌をうつしてしまう。前世でも聞いた話よね。お茶会に参加予定のユリアンやユリアーナはしばらくローズと接触できない。私もそうなのだけれど……ローズは泣くかしら?
心配していたのに、お昼過ぎに起きたエルヴィンに懐いてしまった。お茶会に参加せず、あと数日で伯爵領へ戻るエルヴィンは、快くローズの相手を引き受ける。お陰で私やヘンリック様がいなくても平気で……それもまた複雑な気分にさせられた。
「奥様、ご安心ください。私が責任を持ってお嬢様をお世話します」
ディが落ち着いたので、マーサがローズの世話のため移動となった。イルゼの差配ね、ローズが懐いている侍女なので助かるわ。
「よろしくね」
任せて部屋を出て、感染予防のためお風呂に入った。大急ぎで髪を乾かし、身なりを整える。夕方には消毒も兼ねた身支度が終わり、レオンと合流できた。しっかり寝たユリアーナは、お針子達とマスクに刺繍をする余裕もある。
立体マスクはひとまず数枚作ってお披露目となった。型紙を配布して、各家で作ってもらう算段よ。考えてみたら、すべての家の分をケンプフェルト公爵家で作る必要はなかったの。各家にお針子がいるんですものね。彼女らの仕事を奪ってはいけないわ。
当日使用する分と見本を作るだけなら、それほど忙しくなかった。お手伝いしようと申し出たけれど、丁重にお断りされた。それならとレオンとユリアンの鍛錬を見守る。周囲で侍女や侍従も待機しており、何かあればすぐ大人が助けに入れる体制が出来ていた。
これって育児では最強の布陣よ。保育園や幼稚園のように、たくさんの大人の目がある。外部から侵入して何かされる心配がないし、子どもが飛び出してケガをする懸念もなかった。自分一人で孤立した子育てをしないで済む環境は、とても恵まれている。
「お父様、かえって……くる」
空が赤く染まるのを見て、レオンが手を止めた。打ち込むレオンの剣を受け止めていたユリアンも、空を見上げて額の汗を拭う。すぐに侍女達がタオルを差し出した。立ち上がって近づき、小さな騎士様に手を差し伸べる。
「では玄関までエスコートしてくださる? 私の騎士様」
「うん!」
小さな手が指を絡めるように手を握る。レオンの温かな指先を握り返し、一緒に歩き出した。置いていかれたユリアンが「ちょ、俺も行くって」と言いながら、レオンの使った木剣を拾って歩き出した。
二本の木剣を器用に指先で回す。そんなことしていると、指にケガをするわよ? 注意する前に、壁にぶつけて跳ねた木剣で指を捻った。もう! ピアニストなんだから、指を大切にしなさい!




